親子と逃亡



 ロイスは頭の中で結界がゴムのように伸びて、受け止め、弾く姿を想像する。

 次の瞬間、結界は歪むがままに任せてたわみ、そして反動で火の玉を村の外に弾き返した。

 

 魔王にはあてない。それでさらに怒りを助長させることはない。岩は、見当違いな方向に飛んでいく。村の防御壁で見えないので正確な位置は不明だが、遠くで音をたてて地面に落ちた。

 それをたしかめて、再び魔王に全意識を向ける。

 今も魔王はこちらを睨みつけていた。


 ──さて、どうしたものか。


 先程の攻撃。何度も防御するには魔力の消費が早いだろう。

 世界に、大気に混じる魔力。それを体内に留めることができるのが魔術師だ。

 しかし噂では魔族は無尽蔵むじんぞうに魔力をたくわえることができるという。人間であるロイスにはそこまでの許容量もなければ、蓄える速さも人間の中では比較的早いとう程度。人間の域をでるわけでない。

 しかし、と、ロイスは逃げる村人たちの背を見遣った。

 

 ──村人を守りながらだと、結界を張り続ける必要はあるか?

 

 魔王は、村人を追うだろうか。

 いや、とすぐに首を振る。

 おそらくその可能性は低い気がする。

 魔王は、家出娘を連れ戻しにきたら、男といた。という事実に頭がいっぱいなのだろう。親馬鹿魔王の視線はロイスとカレンから離れない。魔王の狙いはカレン。あるいはロイスなのだ。

 このままここにいれば、村に被害が出るが、村を出れば魔王は追いかけてくることで、少なくとも魔王の被害を村が受けることはない。

 はずだ。

 推測の域を出ないが。今日のロイスの勘は冴えている。残念ながら。

 

 それならば。

 

「勘弁してくれ」

 

 そう呟いた直後に、ロイスはカレンの腕を取って走りだした。

 そのまま村の外へ走り出る。

 魔王が村の入り口の外にいて助かった。

 横をすりぬけていくが、攻撃はされない。カレンがいるからだろう。

 

「貴様‼︎」

 

 魔王が叫ぶ。

 逃げるなと言いたいのか、カレンの腕を掴むなと言いたいのかわからないが仕方ない。

 ここでカレンだけ置いていって、それで万事解決ばんじかいけつとはいかないだろう。あらゆる可能性を考えるならばロイスとカレン二人が村の外に出る必要がある。

 魔王は、思惑通り二人の後を追ってきた。

 二人は森の方へと進路を向け、全力で走った。

 

  

 ◇ ◇ ◇

 

「ねぇ!」

 

 土を蹴り上げ、草を踏みつけて走る。

 青々とした木々の隙間かられる陽の光を浴びながら、ロイスは全力で森を走っていた。

 その背中に呼びかける声がある。

 

「ねぇったら! 村! 大丈夫なの⁉︎」


 カレンの声にロイスは走りながら振り返る。

 木々の間を踊るようにうように軽やかに走るカレンの姿が目に入る。 

 時に倒木を軽やかに飛び超える様子は、並の身体能力ではないことがはっきりとわかるほどに軽快だ。

 

 ──なるほど。魔族の身体能力が高いと言うのは本当らしいな。

 

 ロイスは関心しながら、声を張った。

 

「さっきの結界を残してきた! 時間稼ぎくらいにはなるだろ!」

 

「それでいいの⁉︎」

 

 と言うのはおそらく、その程度で村は大丈夫なのか。ということだろう。


「むしろこっちの台詞だ! 魔王は村を攻撃すると思うか?」


「しないと思う! パパは人間を殺したいわけじゃないもん! 多分魔物たちは便乗びんじょうしてきただけ!」


 とは言っても、はた迷惑な話である。


「その魔物たちはほうっておいていいの⁉︎」


 とカレンが叫ぶ。

 ロイスは前方に顔を戻して、叫んだ。

 

「あの村には警備隊がいるし、旅人の中には戦士もいる! そいつらが間に合うだけの時間を稼げればいい!」

 

「本当なのね!」

 

 走りながらではどうしても怒鳴り合いのようになるが、仕方ない。とにかく二人は村から、魔王から離れることに全力を出していた。

 

「にしても、魔王の娘とはな! 確かにやんごとない身分だな!」

 

「………ごめん」

 

 カレンの声はこう言う時ばかり小さい。それも仕方がないかとあきらめながらロイスは走った。

 はっきりとした魔王の実力は今なお不明だ。

 ただ、魔族の中で最も強い者が魔王を名乗り、そして当代の魔王はすでに数百年代替わりしていない。それだけ強敵だと言うことは確か。

 噂程度の情報でしかないが、国一つ燃やし尽くした。なんて話もあるくらないなのだ。カレンの言うとおり、人間を滅ぼすつもりが魔王にないのなら、それは本当に信憑性しんぴょうせいのないただの噂だったのかもしれないが……。

 

 ──といっても火のないところに煙は立たないか。


 それにしても。


「まったく、猶予があるんじゃなかったのか!」



 ロイスはここぞとばかりに不満を爆発させた。嘘ではないと断じた手前、まさかそれも嘘だったのかと攻める気持ちもあった。


「ロイスのせいでしょ!」


「はぁ?」


「ロイスが私を結界の外に出しちゃうから!」


 カレンが随分と切羽詰まった様子で、半分八つ当たりのような勢いを感じる声音で叫んだ。


 ──結界の外……。


 一瞬考えて、昨日の夜のことだと気づく。

 たしかに部屋の外に追い出したときに、結界からも出した。

 あれが魔王の探査を除外していたということだろうか、とロイスは予想外の返答に眉を寄せる。


「それならそれでなんで言わないっ」


 吐き捨てるように言う。


「話す前に追い出したのロイスでしょ!」


「いいや! どうせ話さずにどうにかできると思ってたんだろう!」


「うっ……で、でも! 部屋から追い出されたあとにちゃんと呼んだのに! 大事な話があるって!」


「結界張って音も遮断したわ!」


「最低!」


「こっちのセリフだ!」


 そんな怒鳴り合いをする二人の背後で、突然轟音が響く。同時に感じる灼熱しゃくねつの風。

 ギョッとして振り返ったロイスは森の向こうで火柱が上がっているのを見た。

 

「な、何してんだ、あれはっ」


「怒ってるの!」

 

 同じく振り返って確認したカレンが叫ぶ。

 怒っているくらいで、あんな火柱を立てられたら、たまったものではない。それなりに距離が離れているのに、感じる熱量に肌が焼けそうだ。


 遺跡探しにいいな。という理由で、勇者の目的である魔王の実力も知らずに勇者に同行した自分の愚かさを、今になって悔やむ。

 ロイスとしては、ギリギリで逃げることも可能だと思ったからこそ勇者に同行したわけだが、相手の魔王があれとは。

 先程の火の玉しかり、今の火柱しかり、簡単にやってくれるあたり、正真正銘の化け物だ。

 再び前を向いて、速度を上げる。


 その時。

 茂みから何かが飛び出してきた。


 咄嗟とっさに脚を止めて構えたロイスは、現れた姿を目にして驚愕きょうがくした。


 黒髪。派手な鎧。背中の長剣。

 そしてこちらを見たそいつの瞳の輝き。

 その男は、こちらを見て目を見開いた。

   

「お前、ロイスか⁉︎」

 

 呼ばれたロイスはというと、こちらも瞠目どうもくして目の前の人物を呆然ぼうぜんと見つめた。

 まさかこんなところで遭遇そうぐうするとは思わなかったのだ。

 

 そこにいたのは、魔界で別れたはずの勇者だった。

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