再会と憎悪

 勇者レイと魔術師ロイス。

 二人の関係は、偶然によって成り立っていた。

 偶然旅の道中で出会い、偶然共に魔物と戦うことになり、そして偶然、勇者は魔界に行く方法を探していて、魔術師は魔界に用があった。

 そして、たまたま二人の相性が悪かった。

 ただ、それだけ。


 それだけの関係だったから、別れてしまえばまた会うことなどないだろうとロイスは思っていたし、勇者レイもまた、そのように考えていただろう。

 けれど、二人は仲違いをして、中途半端に別れてしまった。

 遺恨いこんを残したまま。


 ロイスには、この再会が偶然だと、断言できない。

 互いが持つわだかまりが、互いをひきつけた。

 そんなふうにロイスは思ってしまった。

 そんなふうに、魔術師の勘が彼に告げていた。



 まるで敵対するように対峙たいじする形になった二人は、互いになぜここにいるのかという疑問を隠せない。

 ありありと表情にそれが出ているのである。嫌でも互いの思考は読めてしまう。


 先に口を開いたのは、ロイスだった。暢気のんきな本心が飛び出る。


「お前、どうやって戻ってきたんだ?」


 ロイスの言葉に、レイの顔が歪む。それは怒りの感情を内包していた。

 しまった、とロイスは思った。今魔王に追われている状態で、レイを怒らせてどうなると言うものでもない。それよりも味方として魔王を倒して貰う方が得策。

 なのに、これでは喧嘩を売っているようなもの。

 レイの性格を考えれば、遠回しに嫌味と取ってしまっただろうと予測できた。

 実際、残念ながらロイスの予想通り、言葉はそのまま嫌味としてレイに届いたらしい。レイの表情はありありと怒りをたたえていた。


 ロイスは、ためいきを飲み込むと、レイに対してなんとか言葉を尽くすことにする。間違いなく敵に回してはいけない。今のこの状況下では。だからこその選択だったが──。

 

「すまん。向こうに……魔王がいる。なんとかできないか」

 

 お前は勇者なのだから……。そう続けようとして、しかしロイスは口をつぐむ。

 レイの表情は見たことがないくらいに恐ろしく歪んでいた。

 憎悪だ。怒りではなく、憎悪。

 レイが唸る。そしてすぐに怒鳴った。

 

「わかってただろ! 俺たちが困るってこと!」

 

 ──魔王無視か。

 

 ロイスは一瞬あきれを隠せずに呆然としてしまった。

 魔王を倒す役目をおった男が、そこに魔王がいるぞ。という言葉を無視してロイスには突っかかる。

 ロイスは呆れを隠せないまま、しかしなるほどなと、心の内で頷いた。

 要するにロイスが彼の一行から追い出されたあと、レイたちは非常に困ったことになったのだろう。それも相当。そして、それはロイスのせいだ。というようになった。

 なったというか、ロイスのせいにした。というか、実際ロイスのせいかもしれないが。


 ──いや、追い出したこいつが悪い。


 それが随分と腹にすえかねているらしい。

 魔王の存在をどうでもいいと思ってしまうほど。

  

「お前がいないと活動できなくなるなんて……肝心なことを何も言わずによくもっ!」

 

 ──いや、言ったと思うが……。

 

 などと言って相手を逆上させるのはどうかと、黙り込むロイス。レイは尚もロイスをののしる。


 ──面倒くさいことになってきた。


 思いながらも、正直それどころではないロイスは半分以上レイの言葉を聞き流すことにする。

 聞き流しながら、考える。

 まずい状況だ。

 愛娘をたぶらかした男。とでもみえているのだろうか、魔王はロイスに怒りを抱いしている。そして目の前の勇者もまた、ロイスを恨んでいるらしい。

 どちらもまったく迷惑な話だが。

 ともかくそんな状況からロイスがとれるもっとも有効な手段。それは、一人でトンズラすること。だ。

 できれば、勇者と魔王をぶつけて。


 ぶつけられるだろうか。

 どちらもロイスに恨みを向けているこの状況で。


「話聞けよ!」


 レイの叫び声に、ロイスは顔を上げる。

 今の今まで、まるで聞いていなかったから、何を言っていたのかは知らないが、とにかく確認したいことができた。まず一つ。


「お前、魔王と戦ったのか?」


 魔王は、勇者の顔を知っているか。

 知っていたなら、一緒にいた場合、勇者の味方だと思われる可能性があるか。


 それが知りたくて尋ねる。

 レイの額に青筋が浮かんだ。


 悪いことをしてるなとは、ロイスも思っていた。話を聞かないでこちらの質問を通そうと言うのだから、イラつきもするだろう。ついさっき、話を聞けと思ったばかりのロイスとしては、同じことをしている自分も愚かだとは思うのだが。

 しかし、冷静に見えるように真顔を崩さずに尋ねたが、実際のところ、ロイスは冷や汗を流していた。

 後ろから、魔王が近づいてきているのが嫌でもわかったからだ。気配が濃厚になり、じわじわと悪寒が足元から登ってくる。


 ──はやく答えろ。


 そんな焦燥しょうそうられる。

 ふと、レイの視線がロイスからそれた。

 いぶかしく思って視線を追えば、レイの視線はカレンに向けられている。

 その顔に浮かぶのは、驚愕きょうがく、そして嫌悪けんお


 ──なん……?


「裏切った上に、誘拐か……最低野郎だな、お前!」


「あ?」

 

 ロイスはぶちりと何かがキレる音を聞いた気がした。

 とことんこの男とは気が合わない。

 なにより、地雷を踏み抜いてくるこの男の言葉選びのセンス。

 最悪極まりない。

 ロイスの後ろでカレンが息を呑むのがわかった。しかしそれに気を割いている気持ちの余裕もない。


 ロイスの頭の中からは、計画がぽーんと飛んでいった。

 つまり、勇者の顔が魔王に知られているならば、その一派だと思われるのは問題ありだ。しかし同時に、魔王に勇者をぶつけることもやりやすくなる。勇者をまいて、姿を結界で隠し、二人が戦っている間に逃げる……。そんな計画だ。


 それが一瞬ですっ飛んでいく。追いかけるつもりもない。もうどうでもいいと思うほど頭にきた。

 誘拐。と言う言葉も気になりはした。しかしなによりも、裏切り者。そう呼ばれたのが我慢ならなかった。

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