遭遇と攻撃
何かではない。
これだけの強力な気配をもった魔物など存在しない。
魔界からやってくる者で、この威圧。可能性はただ一つ。
魔族。
それも。
──強い……。
それだけではない。気配ですでに、存在感ですでに、ロイスは気付いていた。そして気付いたことを後悔していた。
ロイスの勘が告げている。逃げろと。ロイスは舌打ちをしたい気分になりつつ、モヤを見据えた。
この気配、威圧感。
ロイスの予感は当たる。
ごくりと唾を飲み込んだロイスは、かすれた声で囁いた。
「──魔王……か……?」
ロイスのつぶやきに答えるように、暗いモヤの向こうからそれは姿を表した。
人間によく似た形をした、しかし間違いなく人間ではない気配の持ち主。
漆黒の髪。浅黒い肌。体格は巨体と言っていい。二メートルはゆうにこえる背丈に、服の上からでもわかるほど隆起した筋肉。
尖った耳。眼光はギラギラと鋭い。
全身を覆う黒い衣装はカレンの時と同じく見たこともないほど
それは、噂に聞く魔王の姿そのもの。
──嗚呼、最悪だ。
ロイスは自らの不運を呪いたい気持ちになった。
魔王の実力をロイスは知らない。噂程度しか流れてこないから。
それもそのはず。魔王は基本的に人間界に現れることはない。魔王と直接対峙した歴代の勇者たちが、ただ「あれは化け物だ」と断言したらしい。と聞いたことがある程度だ。
他の魔族についてもしかり。そうそうお目にかかれはしない。なにせ人間界に干渉してくることは、こちらも滅多にないからだ。
ならばなぜ人間が定期的に魔界に魔王退治のための勇者を派遣するのかといえば、魔物の被害が魔王の仕業だと信じられているから。である。
ロイスはそれを半ば
カレンは、否定してはいたが。今は、その真偽について考えている場合ではない。
ロイスは噂程度にしか魔王を知らない。なのにいまその魔王と対峙している。
これを不運と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
ロイスは魔王から目を逸らさずにごくりと
思い浮かべるのは、打倒魔王を
──なんでこんなところに。魔王がいるんだよ。勇者のやつ。倒し
期待していたわけではないが、多少は手傷を与えていてほしかったが、それも見受けられない。
魔王は万全の状態で人間界に現れた。もしかしたら、魔王と
──しかしいったい、何をしに?
ざわざわと胸が騒ぐ。わからない。わからないが、これはまずい状況だ。
魔王はゆっくりと歩いて村の入り口に近づき、そして手前で足をとめた。
──村に入るつもりはないのか?
そうは思っても、じりじりと後ずさるロイス。正直、まともに戦って勝てる気がしない。攻撃を防ぐことはできよう。それはロイスの結界ならば
だが、村人を守りながらとなると厳しい。
ロイスが退路を
「パパ?」
声がロイスの耳を打った。
いつの間にか後ろについてきていたカレン。
その口から。拍子抜けするほどあっさりとした調子で飛び出た言葉。
ロイスは
なんでここに。とカレンがつぶやく。その言葉を聞いて、ロイスは遅れてようやくカレンの言葉の意味を理解する。
そして、思わず叫んだ。
「ぱ……パパ⁉︎」
あまりの衝撃だった。
途端に魔王の視線がロイスを、そしてカレンを
はっとしたがすでに遅い。
鋭い眼光がロイスに向けられ、明らかに敵意を含んだ目でギロリと睨まれて、思わずロイスは体を固くした。
──どうする……?
退路を失った気配。
焦るロイス。
その耳をまた先ほどとは違うなんともズレた台詞が通りぬけた。
「カレン! そこにいたのか! パパがどれだけ心配したと思っているんだ!」
「あ?」
思わず間抜けな対応をしてしまったロイスだ。
それほどに力の抜ける発言が魔王から発せられた気がした。
親バカの声。
声色も本気で怒っているという感じではない。完全に親バカのそれだ。
ロイスは痛む眉間を揉む。
──つまり? 要するにあれか? つまりこいつは……。
魔王の娘。
──…………。
「っっっなんっで言わなかった‼︎」
「なんで叫ぶのよ‼︎ 見つかっちゃったじゃないの‼︎」
二人が互いに向けて叫んだのは同時だった。
そして魔王が「なんだそいつは!」とロイスに怒りをぶつけるのも。
親馬鹿魔王の頭の中でどのような組み立てが行われたかは知らない。
知らないが、敵視されたのは間違いない。
その証拠に、ギラギラと光る目には怒りが。ロイスに対する強烈な怒りが宿っていた。
直後に飛んできたのは火の玉。
否、馬鹿でかい燃える岩だ。
「いきなりだな!」
ロイスはほとんど悲鳴に近い声で叫び、目の前で両指を組んで【結界】をはる。
魔界の遺跡でゴーレムの攻撃を受けた魔術。【青の書】に書かれた【
しかし、ただの燃える岩ではないのだろう。魔力を多量に含んだその攻撃が衝突した時。結界はその形状をぐにゃり変化させた。
──魔術ごと歪めるか。熱というより魔力の塊だなっ。
魔力の衝突。それによって発生したこの現象。
突きつけられるのは、ロイスが結界に回した魔力が、魔王が発した火の玉にこめられた魔力よりも弱かったという事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます