真夜中の来訪者

 キイはなんとなく眠れなかった。


 いつものように父親と一緒に食事をとり、もう夜も更けてきたために半ば強引に寝かせられたのだ。


 いつもだったならば、すぐに夢の中に入り込んでしまうほどに寝付きのよいキイだったのだが、その日はなんとなく眠れずにいた。


 窓の外にはぽっかりと月が浮かび上がっており、ただ静けさだけが漂っている。


 真っ暗な部屋のなか。


 もう父親も眠っているのだろう。家のなかでさえも物音がしない。


 眠れない。


 どうしてこんなに眠れないのだろう。


 明日は早く起きて隣町までいかないといけないのにこのままでは起きれないかもしれない。キイは再び布団をかぶって寝ようとした。



 けれど、ダメだ。


 寝ようとすると余計に目がさえてきたしまう。


 どうしようかと考えていると、ふいに窓の外にある木々がゆれるような音が聞こえてきた。


 キイははっとして起き上がると窓の外をみる。ただの風だ。風が木々をゆらしているだけだったようだ。そのこと気づくとキイはほっとする。


 それと同時に村の友だちから聞いた噂話を思いだした。


 真夜中、だれもが寝静まった時間になると村中を亡霊が徘徊するというものだった。その亡霊というのは魔物によって無惨な死を迎えた村人という話もあれば、村に隣接する森のなかにポツンとある廃屋に取りつく悪霊ではないかという様々な噂だ。


 亡霊?


 そんなものが存在するのだろうか。


 そんなことを考えながら窓の外を眺めていると、だれかが横ぎる気配を感じた。


 キイはベッドから降りると窓の方はと近づき、外をみた。


 だれもいない。


 気のせいだったのだろうか。


 そうにちがいないと窓にせを向けた。


 ガサガサ


 するとまた背後になにかがいる気配がする。


 キイかはっとして振り向くとたしかに人がいる。


 気の向こう側に髪の長い女性が佇んみ、こちらをじっと見ていたのだ。


「うわっ」


 キイは驚きのあまり尻餅をついてしまった。


 その瞬間に窓の下の壁によって少女の姿がみえなくなる。


 キイは恐る恐る窓に近づくとまた外をみようとした。


 すると、少女の顔がすぐそこにあったのだ。


 少女は窓をガンガンと叩き始める。


「うわあああ!」


 キイは悲鳴をあげながら部屋の奥の方へと逃げようとした。


「そんなに驚かなくていいじゃないのよ! わたしは亡霊じゃないわ! 」


ハキハキとした彼女の声にキイはゆっくりと振り返る。


月明かりのなかで佇む彼女にはキイのイメージする亡霊とはまったく違っており、そこには確かに血の通った生きた人間の気配がする。それに気づいたキイはゆっくりと窓の方へ近づく。


キイよりも少し年上の少女だった。


「とにかくかけてちょうだい! 緊急自体なの! ここは鍵師さんのお宅でしょ! きみはここの子供だよね」


 キイは何度もうなずく。


 キイは彼女が生きた人間であり、なんとなく見覚えのある少女であることに気づいてはいたのだが、なぜか窓をあけようとはしなかった。ただ何度も開けるように促す少女を見つめているだけだ。


「どうした? キイ!?」


「父さん!」


 キイは父親に飛びこんできた。


「とうさん。へんなねえちゃんがいる」


そういって、キイは父のもとへと駆け寄った。


「だから、おばけじゃないの!」



 少女がむっとする。


 父親は幼いキイを抱き締めながら少女のほうをみる。


「おや。きみはランベルクさんのとこのシェリアンナじゃないか」


「そうよ。おじさん。お願いがあるのよ」


 父親は不安な顔をするキイをみる。


「大丈夫。俺の知り合いの娘だ」


 そういってキイを離すと窓をあけた。


「どうしたんだい」


「緊急事態! 緊急事態なのよ!」


 そういいながら小箱を父親にみせる。


「アクセサリーの入った箱があかなくなったのよ!せっかく明日のパーティーにはめよくと思ったのに、さっきあけようとしたらあかなくなって困っているのよ!」


「おいおい。何時だと思っているんだい。真夜中だよ」


「明日が早いのよ! 夜があけるまえにでなきゃいけないのよ。だから早く寝てさっき起きて準備してたのよ」


 そういわれてみれば、彼女は真夜中というのにきれいなドレスを身に付けて、ばっちりと化粧をしている。夜明けとともにいくパーティーとはなんだろうかとキイは思った。


「とにかくお願い! いますぐあけて!」


 そう彼女は懇願する。


「仕方ないなあ。ちゃんとお金は払ってもらぞ」



「もちろんよ。ほら! 銀貨三枚」


 少女は銀貨と箱をわたした。


 それから箱が開くまでさほど時間はかからなかった。


「ありがとう! おじさん!」


 そういって少女は意気揚々と帰っていく。


 そのようすをみながら、キイが「やっぱりへんはおねえちゃん」とつぶやくと、父親は苦笑を浮かべた。


 それ以来、キイは彼女のことを真夜中の変な姉ちゃんトゥーシーと呼んでいる。

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