88歳で去る側近が語る冒険の話
アラン=グリフィスがシャルマン国の冒険者ギルド本部の所長を勤めるようになったのはほんの数年前の88歳を迎えた年のことである。
元々シャルマン国出身でどういう経緯なのか隣国のアメシスト国王家に長年仕えていたのだが、ある日突然王宮を辞めて帰郷することを決めた。
長年、アメシスト王家の宰相としてアメシスト王とともに国を支えていた彼だったのだが、この数年間はアメシスト王国第一王位継承権をもつ第二王子ティラシェイドの側近として仕えていた。
なぜ第二王子が第一王位継承権をもつのかというと、彼がこの世界の危機を救った英雄であることもあるが、そこには複雑な経緯があるようだ。しかし、ここで語るようなことではない。
機会があれば、語られるだろう。
ここでは、そんなアランとティラシェイドのやりとりを語りたいと思う。
「お暇させていただくことになりました」
それは本当に突然の出来事であった。
いつものように食事を摂っていた王子ティラシェイドにいつものように穏やかな微笑みを浮かべながら言い出したのだ。
あまりの突然のことで一瞬何を言われたのかわからず、ティラシェイド王子はいましがたフォークにさして食べようとしていた大好物のウィンナーを床に落としてしまった。
そのことすら気づかずにティラシェイドの視線は呆然とアランを見つめる。
「だめですよ。食事は粗末にしてはなりません。王子」
すると、アランはティラシェイドの座るテーブルのほうへと近づくと、床に転がったフォークとウィンナーを拾い上げる。
「そんなことはどうでもいい! どういうのことだ!? アラン」
ティラシェイドはドンと両手をテーブルに打ち付けながら立ち上がった。
あいかわらず、驚きもせずににこにこと笑顔を浮かべるアラン。
「言ったとおりでございます。私も齢88になりました。そろそろ引退しとうございます」
「なにをいっている!? おや……父上は納得されているのか?」
「はいもちろんでございますとも。故郷へかえりゆっくりさせたいただくことになったのでございます」
「故郷? アランの故郷とはどこだ?」
「はい。隣国のシャルマン王国でございます」
「シャルマン? アメシスト王国じゃなかったのか」
それは初耳だった。俺が生まれたころにはずっと王宮で働いてたアランが実はシャルマンのものだったというのはどういうことなのか。いったいどういう経緯で王宮に使えることになったのだろうかとティラシェイドは勘ぐってしまった。
すると、それを察したのかアランは、口を開く。
「そうでしたね。王子にはお話していませんでしたね。実は私はかつて冒険者だったのですよ」
そういってアランは父上との出会いの話をしたくれた。
アランは冒険者だった。シャルマン王国は冒険者の国とよばれるほどに冒険者が多い国だった。もちろん冒険者ギルドはアメシスト王国にもあるのだが、シャルマン王国ほどの規模はない。とにかくこのアウルティア大陸でもっともギルドが存在し、冒険者があつまる国だった。
そこで生まれそだったアランもまた冒険者となって仲間とともにさまざまな場所を冒険していたらしい。
そんなおりに若いころの父上と出会ったそうだ。
(そういえば、そんなこといってたなあ。若い頃は冒険しまくっていたぞと自慢してた気もする)
脳裏には懐かしそうに語る父の姿がよぎる。
もちろんただ「若い頃はわしも冒険者として世界を回ったなあ」というだけで詳しくは語らなかった。それと同時に早くから王位をついで、父を自由にさせてほしいなどとほざいていたのだ。
(それは無理だ。まだ、親父にがんばってもらわないといけない。俺にはそんな素養はまだないからな)
ティラシェイドはそんなことを考えながらアランの話の続きを聞いた。
そんな父は冒険の旅のなかで、アラン=グリフィスと出逢い行動を共にするようになったそうだ。
いったいどんな冒険をしてきたのだろうか。
王が若い頃はまだ世界は災厄ではなかった。たしかに国同士のいざこざはあったにしろ、“魔王”の存在によるモンスターの暴走、国の崩壊といったものにはまだ縁遠い話だったにちがいない。だから、おそらく現在の冒険者たちに比べるともう少し楽な冒険をしていたのだろうとティラシェイドは勝手に想像した。
「そうでもないですよ。けっこう危険な冒険もしてまいりました。王とはほんの半年ほどの冒険でしたが本当に楽しい日々でしたね」
アランと王が出会って半年後、当時のアメシスト国王、ティラシェイドからいえば祖父にあたる人物が病に伏せた。それにより現王は帰国を余儀なくされ、そこで冒険の幕を閉じたのだ。
そのおりに父上が王宮へ仕えないかの誘ったそうだ。迷いはしたが、アランは承諾した。
それから数十年。アメシスト王国に仕えてきたのだという。
「なぜ、いまやめるのだ?」
俺は尋ねる。
「そういう契約なんです」
「契約?」
「そうです。ここにお仕えするときにわたしは条件を出しました。88歳になったら引退することです」
「なぜ?」
「わたしたち一族にとっては88歳がひとつの区切りなのです。その歳になれば、故郷へ戻ることが風習となっております」
「変わった風習だな」
「そうですね。本当に変わった風習です。されど、それが私たちの一族にとっては当たり前なのです」
「じゃあ、88になるまえに死んだ場合はどうなるのだ?」
その質問にはアランはしばらく考えこんでしまった。
「そのときは生きていれば88になる歳にそのものの遺品を故郷にもっていくのです。そして、それを埋葬するのが習わしです」
「ふーん、よくわからねえな。シャルマン国というのは……」
「そうですね」
その翌日アランは王宮を去っていった。
されど、定期的に手紙でのやり取りはしている。
アランはその後シャルマン国首都ステラで冒険者ギルドの所長をしているようだ。
もうあれから数年たつからすでに90はこえているのだが、元気に働いているようでティラシェイドは安心した。
そしてつい最近送られてきた手紙を読んだティラシェイドはその内容を興味深げ読んだ。
『最近できたパーティーの名前がおもしろいんですよ。うちの受付嬢がつけた名前で“史上最弱”っていうグループでしてね。メンバーが読書家にマッパー、ドラゴン、そして鍵師なんですよ。いかにも弱そうな組あわせでしょう』
ティラシェイドはドラゴンがいるのだからさほど弱くないのではないかと思った
しかし、それよりも興味をもったのは“鍵師”という存在だ。“鍵師”が冒険者になるもいうのは珍しい話だったこともあるのだが、その名前に見覚えがあったのもある。
『それで鍵師の名前がキイ=ロックウェルというんですが、聞き覚えありませんか』
「キイ=ロックウェル……。ロックウェル……」
手紙をテーブルに置いたティラシェイドは窓の外を見上げた。
空はどこまでも青く広がっていた。
鳥がどこかへ向かって飛び立っていく。風が暖かい空気を部屋へと運んでくる。
ティラシェイドはそれに髪をなびかせなが、頬杖をつく。
「史上最弱なパーティーか……。会ってみたいものだな」
そうつぶやきながら、楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
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