ギルドは忙しいので猫の手も借りたい

 冒険者ギルドというものは多忙だ。


 特に冒険者ギルドの本拠地であるアウルティア大陸のちょうど東に位置する国シャルマン国の首都ステラの本部は国内のみならず同盟国所属の冒険者までも立ち寄るような場所であるために多忙を極めている。


 それもこれもシャルマン国国内のみならず、周辺国家のあらゆる依頼も受け入れているためでもある。


 だから、冒険者の間ではここに来れば、依頼が選び放題というわけだ。


 だから、あらゆるレベルの冒険者がおとずれ、自分達の度合いにあった依頼を受けることになる。それを達成することで収入を得て、経験値といった類いをあげていく。


 経験値やレベルが上がるほどに依頼の度合いも上がり、達成したときに収入も高額になっていく。


 それらを管理しているのがギルドだ。


 ギルドは、冒険者たちのレベルなどを管理し、彼らにあった冒険を提供し、報酬を与えることを役割としている。そのためにとにかく間違いのないように書類を作戦することになるのだ。

 

冒険者たちのもつ“スマートフォン”をもとにして、一人一人の書類を作成することになるのだが、それを行っている事務員というものは現在三人しかいない状態である。



 受だから、所長に何度も事務を増やすようにといっているのだが、いっこうに事務に人が来る様子もなかった。


「皆さん。喜んでください。ようやく事務をしてくれるお方がみつかりました」


 そんなある日、所長はいつものように丁寧な口調で言った。


 その言葉にサラたちが心から喜んだのはいうまでもない。


「本当ですか?」


 サラが尋ねると所長のアランがにこにこと笑顔を浮かべた。


「本当ですとも。ぜひとも事務を手伝いたいとのことです」


 アランのそういいながら浮かべる笑顔にサラたちは果たして信頼していいのかという疑問が一瞬よぎらせた。


 なにせ、この所長というのはすでに齢90を越えた老人である。もとはシャルマン国の隣国であるアメシスト王国の王宮に長年仕え、かなり優秀な宰相だったそうだが、最後の数年はこの世界を救ったというティラシェイド王子の側近をえてこのシャルマン国のギルドの所長となったという経歴をもつ男である。


 ちなみにこの老人が所長になったのは数年前の話で、すでにサラはギルドの事務として働いていた。正直、この老人は大丈夫かという不安があったのだが、最近はそれに拍車をかけて不安を覚えてならない。とにかく、この穏和な老人は思いもよらないことをすることがあるのだ。

 

 だから、いったいどんな人材をつれてきたというのか。

 

 前回にようにまったく使えないドワーフの若者をつれてこられても困りものだ。脳裏にはドワーフのやる気がなさそうに本ばかり読んでいる姿が思い浮かぶ。


 とにかく使える人材がくることことを祈るばかりである。



「それでいつから……」


 そのとき、扉をノックする音が聞こえてきた。


「おお、ちょうど来ました。どうぞお入りください」


「失礼しますにゃ~」


 声が聞こえたとともに扉が開く。そしてそこから姿を現したのは……


「ねこ?」


 サラたちは二本足でちょこちょこと歩いてくる猫の姿に思わず所長をみた。


「かれは猫ではありません。ネコ族のアレクサンドロスです」


 所長がそう紹介するがサラたちにとってネコ族という言葉自体初めて聞くものだった。そんな種族がいたのだろうかとお互いに顔を見合わせたのちにサラが代表で尋ねる。


「所長。猫ですよね。どうみてもただの猫ですよね。ただ二本足であるくけど猫ですよね」


「いいえ、ネコ族です、大丈夫ですよ。アレクサンドロスくんは優秀です。ネコ族のなかでもエリート中のエリートで事務のプロです。それに猫の手も借りたいとおっしゃってたではないですか」


 たしかにそんなふうに愚痴ってはいた。けれど、まさか本当に猫をつれてくるなんて思いもしなかったのだ。


「大丈夫ですにゃ~、我輩は速読能力もありますにゃし、文章書くのも得意にゃ~」


「そうですよ。彼がいれば百人力。莫大な書類もあっという間に片付くでしょう」


 所長は自信満々でいう。


 どうしようかとも思ったのだが、猫の手もかりたいのも事実だ。


 とにかく、様子をみることにした。


「わかりました。さっそくだけど、そこにある書類をまとめてくれる? 魔物関連の記録なんだけど、魔物の種類とレベルがかかれているから、レベルごとに分けてくれるかしら」


「お安いご用にゃ~」


 サラが指示を出すとアレクサンドロスはさっそく作業に取りかかった。


 何百枚もありそうな書類の山。アレクサンドロスは鼻唄を奏でながら次々と分別していく。その早さは目を見張るものがあった。ものの十分。あっという間に分別されたのだ。


「すごーい」


 サラたちはちゃんと分別されたいるかを確認する。たしかに正確に分別されている。


「はははは。我輩にかかればこんなものにゃ」


 そういって高笑いするアレクサンドロスにたいして、サラは顔を歪める。


「じゃあ、次は数を集計して、そこの紙にまとめてくれる?」


「わかりましたにゃ~」


 アレクサンドロスはすぐさま分別した枚数をてきぱきと数えてメモする。


 すべての枚数をかぞえおえたのちにメモしたものを清書の紙に写しがきした。


 その時間はさほどかからなかった。


「できましたにゃ~。確認お願いしますにゃ~」


 アレクサンドロスは意気揚々と書類をサラたちにみせた。それをみた瞬間にサラたちは目が点になり、アレクサンドロスと書類を見比べる。


「すごいにゃろう。りっぱにゃろう! 完璧にゃろう」


 アレクサンドロスは自信満々にいう。


 サラたちは所長のほうをむいた。


「どうなさいましたか?」


 所長が首をかしげているとサラはアレクサンドロスがかいた書類を渡す。所長は「おやおや」とのんびりした口調でいう。


「所長! これはなんですか? 読めますか?」


 サラがつめよる。


「うーん。なんでしょうね。これは」


 所長はアレクサンドロスをみた。


「なにをいってますにゃあ。魔物の数の集計ですにゃ」


「いや、これはただの肉球がたくさん書かれているだけにしかみえませんよ」


 所長のことばにアレクサンドロスは首をかしげている。



 サラはもう一度書類をみる。


 🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾


 🐾🐾🐾🐾🐾🐾


 🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾



 としか見えない。


 どうしたものか。


 たしかに速読の達人で手先も器用らしい。


 だけど、致命的なものが人間の文字が書けないということだ。


 猫の手をかりてみたら、文字を教える必要があることに気づいたサラは余計に仕事が増えてしまったことに嘆くのであった。

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