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 先輩に手を引かれるがまま、私は駅を挟んで反対側にある公園までたどり着いた。

 炎天下の中を走ってしまったので、身体中汗びっしょりだ。シャツはおろか、下着まで湿っていて気持ち悪い。


「いやー、爽快そうかい爽快」


 そんな不快感を吹き飛ばすように、隣の先輩は笑う。


「……先輩は、全部わかっててやったんですか?」


 誰もいない東屋あずまや、その日陰にすっぽりと身体を収めてから、私は訊いた。


「まあね」


 元カレが今日あの場所でデートをすること。

 今の彼女に、元カノわたしという存在を話していないこと。

 ツイッターでちょっと調べればすぐにわかったよ、と浮かべる笑みが少しだけ嘲笑ちょうしょうはらんだものに変わる。


 それらを火種にして、先輩は今日の計画を実行した。あの二人の間に、何らかの焼け跡を残すだろう小火ぼやをつけた。それが、喜多村きたむら綾乃あやのが私の代わりに行った復讐というわけだ。


「よくうまくいきましたね」


 一歩間違えれば私も先輩もタダでは済まなかっただろうに。


「大丈夫だよ」


 先輩の口調には、確かな自信があった。


「あの彼女が、彼氏のことをそこまで好きってわけじゃないことは、ツイッター見てればわかったし」

「わかるようなつぶやきがあったんですか?」

「いや? 女の勘ってやつ?」

「……」


 それに、と先輩は続けて、


「恋愛なんて、そんなものでしょ」


 お互い心から好き合って、永遠の愛を誓いあう、なんてのは物語の中だけ。だからこそ、みんなそういう恋愛に憧れる。純愛や一途いちずなんて耳障りのいい言葉に酔いしれる。


「そうですね」


 蝉の泣き声がうるさい。だけど同時に、私たち以外の人間が誰も近づいてこないようにするための見えない障壁のようにも思えた。


「今回のことで、実感しました」


 振り返ってみれば、私も元カレに対してある種の幻想を抱いていたのかもしれない。彼が私のことを心から好いていて、私もそうで。なんて乙女な妄想にりつかれていたのかと思うと、恥ずかしくなってくる。


「次の恋は、私が主導権を握れるくらいでないと、ですね」

「おっ、藤花とうかも成長したしたみたいだね」

「何も得なかったらただのフラれ損ですから」

「はは、それもそうだ」


 東屋の外を見れば、目を覆いたくなるほどに太陽光が照り返している。夏本番はまだこれからだぞ、とでも言うように。


 これは少し日が陰ってから出た方がよさそうだな……なんて考えていると、


「――じゃあさ」


 一瞬、暑さゆえの幻聴かと思った。けれどそれは、たしかに隣から聞こえてきたものだった。

 声は続く。


「私と付き合ってみようよ」

「え……」


 反射的に顔を向けると、すでに先輩の顔は、身体は私の至近距離にあった。

 思わず後ずさる。だけど磁石みたいに先輩は距離を空けない。やがて、東屋の柱へと追い詰められた。


 私の目に映るのは、輝かしい金髪と整った顔。頬には微かに浮かんだ汗。だけどそれすらも美しく、宝石のようだった。


「別に女同士でもいいじゃん。いろんな恋愛しておくのも悪くないでしょ?」


 キスしてしまいそうなほどの距離で、先輩はささやく。


「少なくとも私は、あの元カレみたいにひどいフり方しないよ」


 汗と一緒に溶けてしまいそうな、甘い言葉。


「……」


 そのささやきに。

 私はこう答えた。


「それが、先輩の目的だったんですね」

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