第21話
次の土曜日に,綾乃と,昔彼女が暮らしていた海岸で会う約束をした。
「何故,ここなの?」
綾乃は,嫌そうな顔をして,前兄と暮らしていたぼろぼろの家を見た。
「思い出の場所だから。」
祐介が単純に答えた。
綾乃は,これに対して,何も言わなかった。
「綾乃は,六年前に僕のことが好きだって言ったけど,今は?」
祐介が勇気を振り絞って,切り出した。
「…私の気持ちは,変わっていないよ…付き合わないという答えも,変わっていない。」
綾乃は,祐介と目を合わせずに,俯いて言った。
「僕を傷つけたくないから?」
綾乃は,頷いた。
「どうして僕が綾乃と一緒にいることで,傷つくと思っているだろう?」
「違う生き物だから…父も,母のことが好きだと言った。でも,人間じゃない子供が産まれて,傷ついた。それで,出て行った…祐介だって,人間じゃない子供が産まれたら,困るでしょう?」
綾乃は,やっと祐介の目をまっすぐに見て,問いかけた。
「別に…困らないよ。子供が元気なら。」
祐介が単純に言った。
「でも,一緒に暮らせないよ。人間じゃなければ。」
綾乃は,祐介の単純さが可愛らしく思えたが,安心材料にはならない。この人は,わかっていないとしか,思えない。
「綾乃と海斗がしていたように,海の近くの家に住めばいいじゃん?」
「可哀想だよ,そんな。」
綾乃がまた祐介から目を逸らして,言った。
「可哀想じゃないよ。それで好きな人と一緒にいられたら。」
「そして,私も,今こうして陸で暮らしながら働けているけど,体調のこともあるし,いつまで続けられるかわからない。」
綾乃が海を難しい顔で眺めながら,言った。
「しなくていいよ。無理して陸で暮らさなくていいよ。」
「今だって,かなりしんどいし…一年ぐらい戻らずにいるから。」
「戻ればいいじゃん。無理しなくても。」
「一旦戻ると,痛いことをしないと,人間の格好ができないから…。」
「もう尻尾を切らなくていいよ。」
「え?なんで,そんなこと?」
綾乃は,驚きを隠さずに,祐介を見た。
「お母さんが言っていたから。」
「母があなたにそのこと,話した?」
祐介は,頷いた。
「もうしなくていいから。」
「でも,それだと子供も出来ないし,何も出来ないよ。」
「別にいい。子供が目的じゃないから…それより,綾乃に自分を傷つけずに,大事にして欲しい。
いつも,僕が傷つくんじゃないかと心配してくれるけど,綾乃は,いつも自分を傷つけてばかり…もっと自分を大事にして欲しい。」
祐介がこれまでの六年間ずっと考えてきたことを口にしてみた。
綾乃は,祐介の優しい言葉に心を打たれて,静かに泣き始めた。祐介に見られるのが,恥ずかしくて,彼に背を向けた。
祐介が綾乃に近づいて,彼女の頬に手をかけ,涙を拭った。
「六年経っても変わらない想いは、確かなものだと思う…やっぱり,僕は,綾乃が好きだ。」
「これが私じゃない…。」
綾乃が泣きながら言った。
「知っているよ。そのあなたも,好きだよ。」
「嘘だ。」
綾乃は,首を横に振った。
「そのあなたを好きになれないのは,僕じゃなくて,綾乃自身じゃない?僕は,全然嫌じゃないよ。」
綾乃は,しばらく黙って考えてから,頷いた。
「好きになれないよ…どう頑張っても。」
「頑張らなくてもいいんじゃない?頑張るから,好きになれないんじゃない?自然体でいいよ。」
「私は,逃げてばかり…。」
綾乃が言った。
「もう頑張らなくていいから,逃げないで。」
祐介が綾乃の肩に手をかけて,言った。
「わかった。」
綾乃は,涙を拭いて,笑った。綾乃の笑顔を見るのも,六年ぶりだった。
こうして,綾乃と付き合うことになったのだ。
終
あなたに惹かれて 米元言美 @yonekoto8484
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