第20話

その日,祐介は連休明けの初出勤で,朝から仕事に身があまり入らないまま,気がついたら昼休憩の時間になっていた。


職場近くの行きつけのお店で昼食を食べようと思って,交差点で待っていたら,視界に入ったのだ。交差点を渡ったところに,綾乃にそっくりの顔の女性が立っていた。


最初は,目を疑ったが,横断歩道を渡り始め,距離が縮まると,確信を得た。綾乃にそっくりの女性ではなく,綾乃だった。海岸で振られ,名残惜しく別れたあの日からは,もう六年も経つのに…。


祐介は,興奮を抑えられずに,思わずうわずった声で,綾乃の名前を呼んでしまった。相手の女性は,やっぱりすぐに振り向いて,僕と目が合った。人違いではなかった。間違いなく綾乃だった。


綾乃も,驚いた。

「なんで,ここに?」


「会社は,この近くなんだ。今から昼休憩だけど,一緒に食べない?」

祐介が誘ってみた。


綾乃は,すぐには返事しなかった。


「一緒にご飯を食べるぐらい,いいでしょう?」

と祐介が言ったら,ようやく頷いてくれた。


「久しぶりだね。」

いつものお店に入り,一緒に座っていると,六年前の振られた日を思い出し,祐介は緊張してきた。


「…そうだね。」


「綾乃も,この近くで働いてるの?」

綾乃も、スーツ姿だったから,祐介は気になっていた。


綾乃は,頷いた。


「いつから?」


「ちょうど一年ぐらい前から。」


綾乃は,警戒している。祐介には,そう見えた。何を訊いても,一言しか返事しない。そして,祐介には,何も尋ねようとしない。


「やっぱり,こっちで暮らしたいと思った?」

祐介は,もう少し踏み込んだ質問をしてみた。


綾乃は,少しためらってから,喋り出した。

「そっちで頑張ってみたよ。でも,ダメだった。まず,仕事というものは,ないの。相手を探して,子供を産んで,ずっとそれの繰り返し。海斗は,良い相手を見つけて,上手くやっているけど,私は,ダメだった。価値観が合わないというか…一人だけ付き合ってみたけど,すぐに破局して…。だから,母の赦しを得て,こっちに戻ってくることにした。


祐介は?」


「ん?」


「素敵なお出会い,あったの?」


「僕は,ないなぁ…やっぱり…綾乃のことを忘れられなかった…ごめん。」

祐介は,少し照れながら言った。


緊張が少し和らいで,心を開きかけているように見えていた綾乃は,これを聞くと,また厳しい表情に戻り,黙り込んだ。


でも,祐介は,このチャンスを逃したくなかった。このタイミングを逃したら,もう二度と綾乃に会うことはないかもしれない。六年前に言えずにいたことを今綾乃に伝えたい。そうしないと,いつまでも前に進めない。

「ずっと思っていることだけど…綾乃のお母さんとお父さんがダメだったからって,どうして僕たちもダメだって決めつけるの?僕は,綾乃のお父さんとは,違うし。綾乃だって,お母さんとは違うでしょう?僕たちは,上手くやれるかもしれないじゃん…。」


「悪いけど,上手くいくとは思えない。」

綾乃は,自分の感情を全く顔に出さずに,冷たく言った。


「なんで?僕の何がダメ?」

祐介は,ムキになって訊いた。


綾乃は,これを聞いて,初めて申し訳なさそうな顔をした。

「ダメなのは,あなたじゃない。私だ。前も,はっきりとそう言ったはずだ。」


「綾乃がダメかどうかは,僕が決めることじゃないの?綾乃は,僕がダメじゃないというなら,チャンスがあるじゃん。」


「そういうことじゃなくて…。ただ,傷つけたくないの。」


「綾乃は,ダメじゃない。僕は,綾乃がいい。綾乃じゃなきゃダメだ。」


綾乃は,首を横に振り、チラッとお店の時計を見上げた。


「もう行かなくちゃ!ごめん!」

綾乃が慌てて,お店から出て行こうとした。


「待って!連絡先ぐらい教えて…。」


綾乃は,首を横に振った。


「僕の話も聞いて欲しい…ちゃんと,最後まで。」


そう言われると,綾乃は仕方なく頷いて,電話番号を祐介に伝えてから,お店から走って出て行った。

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