第18話

「びっくりするよ。」

綾乃が祐介に言った。


綾乃の母親がまたすぐに洞窟の中へ上がって来て,祐介と目を合わせずに,すぐに綾乃のそばへ移動した。

「あのね,私ね,お父さんに人間になって欲しいと言われて,あなたと同じように薬を飲んだりした時期があったよ。」


「え?お母さんが?」


人魚は,頷いた。

「でも,やめた。しんどかったからじゃない。

やめたのは,人魚であると言うのは,ただの体の問題ではないことに気づいたから。心の問題でもあるし,自分の文化でもある。それを失いたくなかったし,恥ずかしいものであるように振る舞うのが嫌になったの。やめた日から,誇りが持てるようになった。

綾乃があんなに意気込んでいたのに,やめたいと言ったのは,きっとしんどかったからだけじゃないと思うの…。」


綾乃は,小さく頷いた。

「動物の血だと言われて,嫌だった。」


綾乃の母親が初めて,振り向いて祐介と目を合わせた。

「ほら,逃げていないよ。


あなたは,お父さんの言ったことを人間の意見として鵜呑みにしなくていい。自分とは何なのか,自分で決めて。お父さんにも,誰にも決めさせないで。」


祐介は,黙って,綾乃の母親の姿に見とれながら,二人の会話を聞いていた。自分でも不思議だったが,恐怖を一切感じなかった。


「じゃ,私が海斗に会って来る。連れて来ようか,見舞いに?」

人魚が言った。


「会いたい!…でも,叱られるかな?馬鹿なことをしたって。」

綾乃の顔は,一瞬明るくなってから,また暗くなった。


「馬鹿なことをしたんだから,いいんじゃない?少々叱られても。」

人魚がそう言ってから,また海に飛び込み,姿を消した。


僕は,綾乃と二人きりになった。


「怖くなかった?」

綾乃が尋ねた。


「うーん,綾乃のお母さんは,少しも怖くないよ…演技力以外はね。」


「演技力…?」


そうだった。綾乃は,あの時は意識がなかったから,知らないのだ。

「綾乃を助けるためにすごい芝居をしたよ。お父さんとよりを戻したいとか言って。」


「えー,そうだったんだ。」


しばらく沈黙が続いた。


「またしばらく海に戻ることになるね?やっぱり。」


「…そうだね。そうなるね。」

綾乃が寂しそうに言った。


「そうなったら,もう,戻って来ることはないのかな?」


「…わからないね。」

綾乃が俯いて,言った。


一時間ほどすると,綾乃の母親が海斗を連れて戻って来た。


「海斗,お礼は?」

綾乃の母親が息子を促した。


「その節は,お世話になりました。」

海斗が頭を下げて,祐介に言った。


綾乃は,笑った。

「丁寧すぎる!カイらしくない!」


「あなたは,一体,何を考えてたんだ!?親父がよくしてくれるとでも思ったのか!?馬鹿じゃないの!」

海斗が綾乃を叱った。


「ごめんなさい。」

綾乃は,言い訳をするつもりはないようだった。

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