第14話

海岸についてみると,人気は全くなかった。いたのは,カモメだけだった。


無理だとわかっていても,力の限り叫んでみた。

「助けて!綾乃が,大変だ!」


最初,返事はなかった。しかし,少しすると,波の中から,女の人の頭が現れた。綾乃の母親だった。

「綾乃は,どこにいるの!?」


「…わかりません。お父さんにどこかへ連れて行かれたんです。止められなかったです…。人間にするための注射を打ったり,薬を飲んだりしていて,しんどくなったからやめたいと言ったのに,無理やり連れて行かれたんです。」


「…あそこか。わかった。私が助けに行くから…もう,あの子ったら,何回私に尻尾を切らせるつもりなんだろう…。」

綾乃の母親がため息をついて,言った。


「僕も,一緒に行きます。綾乃を助けたいです。」


「いや,それは,危ないから,やめといた方がいい。あなただって,誰かの大事な子だから。」


「綾乃を助けたいです。助け出すまで,帰らないと決めています!」


「…ありがとう。それなら,仕方ないね…一緒に行きましょう。ちょっとだけ時間をください。」


「尻尾を切るって,どういうことなんですか?」


「文字通りの意味だよ。人魚が人間になりたければ,特別な石を使って尻尾を切らないといけない。他に,方法はない。では,ここで少し待っていて。」

人魚は,ずっと覗かせていた頭も,見せていない体と一緒に,水中へ消えた。


祐介は,二十分ほど待った。すると,ようやく人魚がまた現れた。しかし,水の中からではなく,洞窟の中から出てきた。服も着ていた。

「はい,行こう。急いだ方がいい。」

綾乃の母親が言った。


祐介は,綾乃の母親に導かれて,古い家屋の前まで来た。

「ここだ。もう寝ている時間帯だから,うまくいけば,すーっと救い出せるかもしれない。」


「どうやって入りますか?」


「裏口がいい。裏口は,いつも,鍵を掛けないから,この人。」


裏口のドアを引っ張ってみると,人魚の言う通り,確かに開いていた。


「すごい!詳しいですね!」

祐介が感心した。


「私も,一回ここから脱出したことがあるからね。」

人魚がさりげなく言った。


「え!?そうなんですか!?」

祐介は,驚いてみせた。


しかし,人魚は,それ以上話すつもりはないと言わんばかりに,足を忍ばせて,建物の中へと入っていった。


祐介もついていった。祐介は,不法侵入が初めての体験で,息をするのも,怖かった。


建物の中は,真っ暗で,何も見えない。しかし,綾乃の母親は見えているようだった。少しも立ち止まったりせずに,すいすいと歩き進む。


一方では,祐介は,完全に手探り状態で,周りのものどころか,綾乃の母親の輪郭すらも見えないくらい暗いところだった。


長い廊下へ出ると,人魚が迷わずに,あるドアの前まで移動した。鍵はかかっていたが,人魚は,右往左往せずに,すぐに服のポケットの中から道具を出して,錠に差し込んだ。すると,ぽっかりと開いた。


祐介は,目がようやく暗闇に慣れてきて,少し見えるようになっていた。部屋の中は,檻や水槽がずらっと並んでいた。


まさか,この中に綾乃がいるというのか!?祐介には,綾乃が檻に閉じ込められている姿を想像したくもなかった。

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