第13話

僕は,綾乃のことがまた心配になって,もう一度父親のところを訪ねた。ところが,前回の大歓迎とは,打って変わって,

「綾乃は,体調を崩して寝ているから,今日は,帰って。」とそっけなく言われ,門前払いされてしまった。


綾乃の父親の反応で,ますます心配になった。家の外を歩き回り,綾乃の部屋の窓まで行ってみた。


綾乃は,起きていた。僕に気づくと,すぐに窓を開けた。

「助けて。」


「どうした?」


「今は,言えない。とりあえず,私を早くここから出して。」


僕は,綾乃が家の窓から出て,地上まで降りるのを助けた。綾乃は,地面に足がつくと,すぐに僕に抱きついてきた。

「やめると言ったら,「途中でやめてはいけない。」と怒られて,部屋に閉じ込められたの。無理やりでも,打つつもりみたい。しかも,効いていないから,量を増やすって。」


「え!?」


「行こう!父にバレる前に逃げないと!」

綾乃が祐介の腕を引っ張って、言った。


しかし,綾乃の父親は,もう気づいて,家の裏まで出てきていた。

「どこに行くつもり?治療を続けないと人魚に戻ってしまうよ。少ししんどくなったぐらいで,やめるのは,情けないよ。人間になりたいって自分でも言ったじゃない?」


「少しどころじゃない!」


「この反抗心も,憎たらしい動物の血のせいだ!」


「…ど、動物じゃないよ!」


「どう見ても,動物だ!」


「じゃ,なんでお母さんと…?」


「騙された,美しい顔に。あなたも,気をつけた方がいいよ。」

綾乃の父親が僕の顔を見て,言った。


「余計なこと,言わないで。」

綾乃は,頭にきて,言った。


「あなただけでも,助かって欲しいから,逃げるな!」

綾乃の父親が彼女の腕を掴んで,言った。綾乃は,そのまま叫びながら父親に抱き上げられて,車に乗せられた。


僕は,追いかけたが,追いついた時には,車のドアは,すでに閉まっていた。そして,車より速く走るのは,もちろんとても無理な話だ。綾乃が車に乗せられ,どこへ連れて行かれたのか,知らないし,探す術もなかった。


どうしたら良いのかわからずに,しばらくそのまま自宅の前をまごついた。そこで,ふと思いついた。綾乃の母親を探し出せたら、きっと助けてくれる。


どこにいるかわからない,連絡も取れない,海の中を泳いでいる生き物を探し出すのは,車を追いかけるよりも,難儀かもしれないが,もし探し出せたら,確実に,綾乃を助けることに繋がる。そう思った。


綾乃の母親なら,綾乃の父親をよく知っている。知り合いの科学者も知っているかもしれないし,綾乃がどこに連れて行かれたのかも,わかるかもしれない。そして,それより,大事なことは,綾乃の母親の顔には,さっき父親の顔には,なかったものが光っていたことだ。娘への愛情だ。あの人魚が綾乃のことをとても大切に思っていることが,人間になって娘を追いかけてきた時や,一緒に車に乗っている時に伝わった。綾乃が人間に戻ろうとするのを止めようとしたのも,きっと父親から守るためだったに違いない。


僕は,決意して,綾乃の人魚の母親を探し出すべく,海岸へ向かって走りました。

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