第9話
海に着くと,綾乃の母親がすぐに綾乃を抱いたまま,車から飛び降りた。裕太がついて行こうとしたら,止められた。
「悪いけど,あなたに見せる訳には行かない…綾乃も,海斗も,助けてくれてありがとう。いい子だね。」
綾乃の母親がこの世のものとは思えぬほどの美しい笑顔を浮かべた顔で,裕太に言ってから,海に向かって駆け出した。
「もう綾乃には,会えないんですか?」
祐介が訊いた。
「諦めてください。」
綾乃の母親がやや冷たく言い放った。
綾乃の母親は,綾乃を抱いたまま,海に飛び込み,娘の服を全部脱がせた。
体が水に触れると,すぐに,海斗と同じように,体は変わり始めた。
「もう大丈夫だからね。痛いかもしれないけど,頑張って。」
綾乃の母親が娘の頭を撫でて,慰めた。
綾乃は,体が早く変わり始めると,怖くなって,また暴れ出した。
「綾乃!綾乃,聞いて!暴れないの!海斗は,暴れすぎて,回復するのに,とても長い時間がかかった。暴れない!戦っても無駄だ。身を任せて。」
綾乃は,頷いて,暴れるのをやめた。すると,すんなりと変われた。
体が出来上がると,綾乃は,自分の体を見て,咽び泣き始めた。母が娘の肩に手をかけようとしたが,すぐに乱暴に振り解かれた。
「なんで,こうじゃなきゃならないの!?」
綾乃が母親に向かって,怒鳴った。
「…ごめんなさい。」
綾乃の母親が他に何と言ったら良いのか,わからなかった。
「ここには,住まないから!今すぐ戻るから。」
綾乃がやけになって言った。
「…もう戻れないよ。」
「なら,さっき,どうやって私を追いかけて来た!?」
「簡単に,自然に,出来ることじゃない。」
「何,それ!?ちゃんと言って!」
「綾乃,落ち着いて。」
綾乃の母親が綾乃の手を握った。綾乃が,自分の手が母親の手に握られるのを見て,自分の手が母親の手と同じように人魚の手になっているのを見て,また咽び泣き始めた。
「綾乃,泣かないで…そんなに嫌?」
綾乃は,答えなかった。
「今日,一緒にいた子とは,どう言う関係?」
綾乃の母親は,口調を変えて尋ねた。
「…ただの友達だよ。」
「…そう?あなたのことを…大事に思っているみたいだよ。」
綾乃は,答えなかった。
「あなたがあの子に対して,どう言う感情を抱いているのか,わからないけど…諦めて。可哀想だから…あなたも,あの子も。」
「…お母さんだって,お父さんと結婚したんじゃない!?」
「私は,間違っていた。やり直せるものなら,やり直したいぐらい,後悔している。だから,あなたも,気をつけて。」
「でも,彼は,体を見せても,嫌がらなかったよ。」
「…見せた!?ダメだよ,綾乃!人間を恐れた方がいい。」
「人間を恐れるって…それは,お母さんに「人魚を恐れて。」と忠告するようなものだよ。」
「あなたは,人間じゃない!絶対に人間を信用してはならない!酷い目に遭うよ!」
綾乃は,首を横に振った。
「お父さんには,何もされていないでしょう!?」
「最初は,優しかったよ。でも,海斗が変わり始めると,急に変わった。あなたを連れて出て行こうとするし…あなたをどうするつもりだったか,知っている!?」
「一緒に暮らすつもりだったでしょう?」
「違う。知り合いの科学者にお願いして,人間にしてもらうつもりだった。」
「じゃ,本当だったんだ。お父さんと一緒に出て行ったら,人間になれた。こうならなくて,済んだ。」
「わからないの!?そんなの,実験されて,死ぬだけだよ!注射したり,薬を飲ませたりして,できることじゃないから。あなたの血に魔法が眠っているよ。簡単に取り出せるものじゃない。」
「魔法なんか,要らない!」
「とりあえず,もうあの子に近づくな。お父さんにも,絶対に近づくな。」
綾乃は,頷かなかった。
「人間に戻る方法を探す!お母さんは教えてくれないから,自分で探す!」
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