第7話
綾乃は,数日ぶりに母親と兄と顔を合わせることにした。いつまでも避けたり逃げたりしていられないと思った。
浜辺に綾乃の姿を見ると,母は,ホッとした。
「やっと,来てくれたね!心配したよ。」
兄も,表情が明るくなった。
「ごめんな、心配かけて。僕は,もう痛くないから。」
妹を慰めようとした。
綾乃は,首を横に振った。
「これまでとは,何も変わらないからね。」
母が言った。
綾乃には,母親のこの言葉がカチンと来た。
「何も変わらない!?全てが変わったじゃない!私にとっても,海斗にとっても,全てが変わったというのに…。」
母は,綾乃の反応が意外だったようで,一瞬黙り込んでから,言った。
「色々変わったけど,この三人の関係は変わらないという意味ね。」
綾乃がまた首を横に振った。
「どうした?怒っている?それとも,怖い?話して。」
母が心配そうに綾乃に尋ねた。
綾乃は,何も言わなかった。
「あなたが人間でも,関係ないからね。私の大事な娘だからね。本当に,少しも気にしていないから,信じて。」
母が綾乃の気持ちを推測しようとした。
綾乃がまた首を横に振った。
母は,大きなため息を吐いた。
「何が違うの?話して。」
綾乃は,しばらく黙って考えてから,服を脱ぎ始めた。
綾乃が服を脱ぎ終わると,兄の海斗は,驚きの声をあげた。綾乃の母親は,少しも驚かずに平然としていた。
「いつから?」
綾乃の母親が綾乃の体を目でよく調べながら,尋ねた。
「…お父さんが出て行った時から,ちょっとずつ…。」
綾乃は,母や兄と目を合わせずに答えた。
「こういうことなら,ここに住むのはもう危ないから,一緒に来て。みんなで海で暮らそう。その方がいい。」
母が言った。
「嫌だ。それが嫌だから,ずっと黙っていた。」
「でも…。学校に行くのは,もう危ないし,ここにいてもしょうがないよ。」
「人間じゃなくても,人魚じゃない!学校には行きたいし…!」
綾乃が抗議した。
「綾乃,体がここまで変わっているんだから,もうすでに海で暮らすには充分だし,そのうち,海斗みたいに変わるから…海斗は,あなたがいたから,何とか,手遅れにならずに海まで来れたけど…あなたを一人で学校に通わせるわけには行かない。危ないよ。本当に,いつ変わってもおかしくないよ,ここまで来たら…。」
綾乃の母親が綾乃の体をまじまじと見つめながら,言った。
綾乃は,首を横に振りながら,また服を着て,立ち上がった。母と兄に背を向けて,歩き出そうとした。
「ちょっと!どこに行くつもり!?」
母が訊いた。
「お父さんのところへ行く!あの時,お父さんと一緒に行っていたら,こんなことにならなかったのに!」
「関係ないよ!遺伝は,遺伝。血から逃げられないよ。」
綾乃は,首をもう一度横に振ってから,走り出した。
「綾乃!ダメ!ここから離れようとすると、本当に変わっちゃうよ!」
綾乃の母親が必死で娘を引き止めようとしたが、無理だった。
「私は,もう一度だけ人間になる。追いかけて,止めなくちゃ。」
母親が言った。
「僕は?」
「あなたは,おじいちゃんとおばあちゃんのところで待っていて。これは,私がしなきゃならないことなの。」
母親が言った。
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