第4話

「一緒に男子トイレ来て!」

ある日,綾乃がいきなり,息を切らして僕の前に現れた。


「何で?」


「いいから,来て!」

綾乃がそう言って,また走り出したから,ついていくしかなかった。


そして,二人で男子トイレの前まで来た。

「海斗の友達から,トイレに行ったきり,顔は見ていないときいたの。まだ中にいると思う。」


「で?」


「一人では,出て来れなくなったと思う…今日,兄が学校に行こうとするのを母が必死で引き止めようとしたの。様子が変って。体が変わりそうだって。でも,海斗は,それでも来たの。私も母に頼まれて,止めようとしたけど,無理だった。」


「…で?…僕には,どうして欲しい?」

事情を聞かされても、自分に何か出来ることがあるとは,思えなかった。


「多分もう歩けないと思うし,私は一人では運べないから,一緒に海岸まで運んで欲しい。」

綾乃の目は,必死だった。


必要な説明を言い終わり,綾乃はすぐに男子トイレの中へ走り込もうとした。


「何をやっているの!?男子トイレだよ!」

僕が綾乃の腕を掴んで止めた。


「だから,そんなことを言っている場合じゃないって!兄が大変なんだよ!」


僕は,頷いて、綾乃と一緒にトイレの中へ入った。


「カイ!カイ!」

綾乃が呼んだ。


「綾乃?何で?」

個室の中から海斗の声がした。


「大丈夫!?」

綾乃が個室の前まで行き,呼びかけた。


「体が…すごく変わっている…身体中が痛い。動けない。」


「出て来れる?お母さんのところに連れて行くから!」


「無理だ…全く動けない。足も,手も,力が入らない。」


「なら,私が入る!」

綾乃がすぐに,個室の壁を登り始めた。


「見たら,びっくりするよ…。」


「いつもお母さんを見ているから,びっくりしない。」


「そんな綺麗なものじゃない…。」


気がついたら,綾乃は,上から個室の中へ入れていた。一体,何ものだ,この子!?と僕は,思った。


綾乃は,海斗を見て,少しだけ驚きの声を上げてから,すぐに個室のドアを開けた。


海斗の姿を見て,びっくりした。両方の腕から大きな鰭が生えて,シャツの袖を破り,伸び続けていた。腹部からも,同じようなものが生えていて,ズボンは履いたままだったが,ベルトを外し,ズボンのチャックも下げてあった。海斗が動けなくなる前に,自分でやって,楽になろうとしたのだろう。腕の鰭の周りにも,腹部の鰭の下にも鱗がたくさん出来ていた。


後は,服を着ていたから見えなかったが,これだけ見て,ホラー映画を見ているような気分になった。怖くて,目を逸らした。


一方,綾乃は,少しも動じていなかった。

兄の背中を撫で,宥めようとした。


海斗は,まだ服を破るほど大きくなっていなかったが,背中からも,何かが生えて来ているようで,綾乃が撫でると,海斗が痛みで声を上げてしまった。


「ごめん!」

綾乃が謝った。


「お願い。靴を脱がせて。足も変わろうとしている。」

海斗が綾乃にお願いした。


すると,綾乃がすぐに兄の靴紐を解き,靴を脱がせてあげた。足は,まだ靴下を履いたままでもわかるような大きな変化はなかったが,靴を脱いでもらうと,楽になったようで,海斗は,少しほっとした顔をした。


「早く海へ連れて行かないと。助けて。」

綾乃が恐怖で震えている僕を見て,冷静に言った。


僕は,一瞬躊躇ってから,頷いて,海斗の肩を持ち,綾乃が兄の脚を持った。


大変だったが,何とか近くの海岸まで海斗を移動させることが出来た。


すると,綾乃が僕にお礼を言った。

「ありがとう。もう帰っていいよ。」


「本当に,大丈夫?」

苦しそうにしている海斗を見て,僕が訊いた。


「母を呼ぶから,あなたがいない方がいい。ごめんね。」



「いやいや。」

僕は,ホラー映画から抜け出す言い訳ができて,喜んで学校へと戻った。戻っても,授業には身が入らなかったが…。

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