第6話 到着

 ルークスはローラント地方に到着した。いや正確には指揮官としての住宅に到着した。さすがに指揮官が孤立するのはまずいので他の兵士の住居も隣にあるが。


「シドル・ファストール指揮官はおられますか?」


「どのようなご用件でしょう?」


「後任者のルークス・アトカーシャが到着したと伝えていただきたい」


「少々お待ちを」


 門番が屋敷に入っていった。しばらくして三十代くらいの男性が出てきた。


「私がシドル・ファストールだがあなたがルークス・アトカーシャか?」


「はい。そうです」


「そうか、長旅で疲れただろう。こちらの屋敷に荷物を置いて今日のところは休んだ方がいいだろう。詳しい話は明日朝にしよう」



 次の日


 ルークスとシドルは二人で話し合っていた。


「ルークス殿、私には良くわからんのだ。なぜ今になって国王陛下が指揮官を交代を言い出したのだ?」


 良かった。この人はとりあえず私の年齢や経験での差別はないようだ。


「私自身も真実はわかりません。ただ推理することはできます」


「ならその推理を聞かせてくれないか?私はローラント地方に来て三年以上になる。王都のことはさすがに疎いのだ」


「結論から言えばエリック様、つまり第二王子の思惑の可能性が最も高いでしょう。まず私はこの間学園を追放になりました。おそらく私がここで何かの失敗をすると考えていると思います。その状況でエリック王子が大軍を率いて援軍にくれば第二王子の評判は上がります。そうしておいてエリック王子が戦闘で勝利すれば第二王子を跡継ぎにしようという声も出てくるでしょう」


「なっ!それは本当か?」


「……わかりません。証拠はひとつもないですし、証人もいません。あくまでも状況推理でしかないです」


「そうか、最初に推理だと言っていたな」


「ただ思惑がなんであれ、これが王命である以上拒否は難しいでしょう。幸い私が総司令官になる以外の命令はないのでシドル殿自身を副司令官に任命すれば命令系統の変更は最小限で済むでしょう」


 急に命令系統を大幅に変更したら混乱するかもしれない。戦争中にそれは致命的な失敗に繋がる可能性が高い。


「それでルークス殿はこれからどうする?」


「まずは現状把握ですね。少なくとも訓練の様子と近くの地形は把握したい。お飾りの司令官になるか本当に指揮をすることになるかはまだわかりませんが、最低限その二つは知っておく必要があるでしょう」


「ならまずは騎兵の訓練に案内しよう」


 訓練場に来てみたが、


「ひとつ質問があります。騎兵が同人数でゴルゴダルラ軍と正面衝突した場合、軍配はゴルゴダルラ軍にあがるのでは?」


「我が軍が勝つと言いたいところだが……現状では向こうの方が錬度も装備も上だからな……」


 なんとも答えづらそうだ 。なので持ってきたあぶみをプレゼントすることにした。


「……これは?」


「鐙というものです。とりあえず騎兵の方に使ってもらって感想を聞きたい」


「わかった。ネイザル騎兵団長。ちょっと来てくれ」


「お呼びでしょうかシドル指揮官」


「この鐙を使ってみて欲しい」


「……」


「……」


 ネイザル騎兵団長と呼ばれていた男性が鐙の感触を確かめて戻ってきた。


「この鐙…でしたか?いい物ですな。今までより簡単に馬に乗れます」


「そんなにか?」


「できることなら兵士全員分欲しいですな。ところでどうしてこんな物をシドル指揮官が持っているのです?」


「……正確には私の持ち物ではない。隣にいるルークス殿の持ち物だ」


「……初めましてルークス・アトカーシャと申します。その鐙の開発者です……それとローラント地方の司令官に任命されております」


 まさか総司令官に任命されたことを黙っているわけにもいかないから自分から言ってしまおう。いずれわかることだし。鐙の開発者も嘘ではないはず。生産はルビン商会に一任してあるけど。


「あー、ネイザル騎兵団長。ここで指揮権について詳しく話すのはまずい、質問するなら鐙のことにしてくれ……というか部屋でゆっくり話そう」


 確かに訓練場で不特定多数とまではいかないが大勢の人が聞いている所でさっきの王位継承権の話をするわけにはいかないかったな。任命されたことまで発言するのは悪手だったか。とりあえず部屋に移動することになった。


「………鐙は大量に手に入りますか?」


「既にルビン商会は生産しています。一応優先的に我々に売るように伝えています。なので安値で買い叩こうとしない限りは定期的に手に入るかと、ただ生産が始まったばかりなので定価はまだ未定ですし、生産ペースは流動的です」


「……できれば我が軍で独占したいですな」


「……うーん。未来永劫独占するのは難しいでしょう。少なくとも国軍を差し置いてローラント地方軍が独占したら、クーデターを疑われて処刑されかねない」


「それは……確かに」


 ネイザル騎兵団長は同意するしかなかった。こちらにその気がなくても国王の側近がなんて判断するかわからない。しかも今は誰かが私の失策を待っている可能性が高い状況だ。


「……ネイザル騎兵団長の気持ちもわかります。未来永劫は難しいですが直近の戦争だけでも有利に進めて、その後国に報告すればよろしいかと。さすがにゴルゴダルラ軍との直接戦闘をすればゴルゴダルラ軍にもばれます、いくら何でも一つも鹵獲ろかくされないというのは都合が良すぎる考え方でしょうから。我が国ならともかくゴルゴダルラ軍に大量に鐙が導入されるのは避けたいでしょう」


「ではルークス殿はどうするのが最適とお考えか?」


 シドル指揮官が聞いてきた。あ、違う指揮官は自分だった。まぁまだ正式には指揮権は譲渡されていない状態か。


「現状では時間稼ぎですね。鐙の確保と問題があればその改良も。後は状況把握でしょうか。情報収集にも時間がかかるでしょうから」


「ならゴルゴダルラ軍を刺激するようなことは避けるべきですな。大規模な軍事演習とかしなければ問題ないとは思いますが」


「……それなんですが、どうも一月以内にゴルゴダルラ軍が攻勢を駆けてくる、という噂というか情報が王都で流れていて」


「「……」」


「二人とも動じてないところを見ると、その情報自体は掴んでいるのですね」


「……一般人にも噂になっているのか?」


「……多分一般人には伝わっていないかと、私がローラント地方にくるために護衛を募集しましたが誰も噂にしていませんでした。この地に来るまでの道中でも誰もその話はしていなかったので」


「?…… ではルークス殿は誰から聞いてのだ?」


「父親からですね。父親はその直前におそらくですが国王陛下と会話してますね。で、その後に私にローラント地方軍の指揮官に任命するという話を持って来ました」


「……まぁ、国王陛下なら戦争相手の国の情報収集するのは当然か」


「ところで噂が事実だとして鐙はどうします?」


 ネイザルが聞いてきた。


「今回の戦闘には使わない方がいいでしょう。一月以内となると数が揃えられないですし、一部の兵を贔屓ひいきすると後々で不和の元になりかねませんし。一月以内に鐙を使った訓練が終わるのも期待薄です。さっきの話にも出ましたが一部だけゴルゴダルラ軍に鹵獲されて真似されるのが最悪のケースでしょう」


「確かにその通りだな。使うにしても実戦は訓練の後だ」


 こうして今回の戦闘には鐙は使用しないことが決定した。

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