10
甘いパンケーキの匂い。
ふわふわしていてすごく好きだ。
甘いのはすごく好き。
「食べねえの?」
目の前で苦虫を噛み潰したような顔をしてコーヒーを飲むクラスメイトに、おれは笑った。
居心地悪そうに長い足を組み替える。
狭い店内は女の子でひしめき合っていた。こっちを見ているような気がしたけど気にしない。
「甘いのやだっけ?」
そういえばこないだ一緒に行ったドーナツ屋では、甘さ控えめのバナナブレッドを食べていた。おれが半分食べたけど。
低いテーブルには生クリームとクランベリージャムのたっぷりかかったパンケーキが大きな皿でふたりの間に置かれている。
「普通」
「美味いよ?」
パンケーキの何もついていないところを切り取って、フォークで差し出した。
「ほら、食べてみろよ」
「……」
え、なんで息詰めんの。
「…いいって」
「いいから」
「いらねえ」
「えー、食わず嫌いは駄目じゃん」
ほら、ともう一度言うと、観念したようにクラスメイトはため息をつき、少し身を乗り出してフォークの先のパンケーキを食べた。指先に伝わる、フォークに歯が触れた感触。
「美味い?」
「…胸焼けしそう」
「ははっ」
笑って、おれは生クリームがついたところを頬張った。
「あーあ…」
店を出ると雨はひどくなっていた。歩道のアスファルトに跳ねた雨が足下を濡らす。傘ひとつで駅に着くと、クラスメイトはおれにその傘を差し出した。
「え、なに」
「傘、おまえが持って帰れ」
「え、なんで? おまえが買ったんじゃん、おまえのだろ?」
「濡れたくねえんじゃねえの」
「そ…」
それはそうだけど。
改札を抜けた駅の出入口は、雨が途切れることなく降り続いている。まだ夕方なのに夜のように暗かった。
「じゃあまたな」
そう言って帰って行くクラスメイトの肩は、半分ぐっしょりと濡れていた。
おれはあんまり濡れてない。
いつも、あんまり濡れてない。
「…なに?」
気がつけば、おれは雨の中に歩き出したクラスメイトのコートの背中を引っ張っていた。
濡れるぞ、と手に持っていた傘を取られ、差し掛けられる。傘に当たる雨の音。
「なあ」
とおれは言った。
「…うち、来る?」
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