9


 落ちてきた雨が白い頬を滑り落ちて、顎からぽたりと下に落ちた。

「雨だ」

 見上げる横顔が一瞬頼りなく揺れる。

「今なら走れそうだな、なあ、どこ行く…?」

 小雨の中に踏み出した俺は数歩歩いて、振り向いた。

 クラスメイトはぼんやりと、会場入り口の前に立ち尽くして俺を見ている。

「どうした?」

 子供みたいにふるっと首を横に振る。俺は彼のそばに駆け寄った。

「雨に濡れるのやだ」

「え?」

「雨は好きだけど、濡れるの嫌いだ」

 俺を見上げたクラスメイトの目はなんだか今にも泣きそうに見えた。



 会場のショップで売っていた傘をひとつ買って戻る。雨はまだ小さくて、会場を出て行く人は皆小走りに近くの地下鉄の駅に駆け込んでいた。

「ほら」

 大きな大理石の柱に寄りかかって待っていたクラスメイトの前で、俺は買ったばかりの傘を開いた。

 綺麗な銀色の傘の内側には藍色の空があり、たくさんの星が散りばめられている。

「なんでいっこだよ?」

「充分だろ」

 傘を差しかけると彼は隣に入って来た。いつものように俺が傘を持つ。そのまま地下鉄の入口までゆっくり歩いた。

「どこ行く?」

 ひとつ隣の駅には、美味いパンケーキ屋があったっけ。

 俺は全然興味ないけど、こいつ甘い物好きだよな…

「なあ…」

 階段を降りようとすると、クラスメイトは俺の袖を引っ張った。

「もうちょっと歩こうぜ」

「濡れたくねえんじゃねえの」

「…傘、あるじゃん」

 それもそうか。

「な、おまえ濡れてるよ、こっち、──ほら」

 歩き出すと傘を持つ手をぐいと引き寄せられた。不意に近づいた体温に息が詰まる。

 俺よりも少し背の低いクラスメイトの髪が、鼻先で甘く香った。やたらとふわふわとした服を着た、甘い首筋。

「──」

 ケーキのように甘い匂いに、くらりと吸い寄せられそうになる。

 もしも、好きだと言ったら…

 抱き締めて、強く、抱き締めて──

「あ、パンケーキ」

 隣で声が上がった。

 気がつくと隣の駅の近くだった。指を差す先には小さな店がある。

「あそこ行きたい」

「……」

 甘い匂い。

 濃くて苦いコーヒーが飲みたくてたまらない。


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