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 箸が持ち上がる。

 それを運ぶ指、弁当箱からひとつ、おかずを取る。

 口に持って行き、食べる。それだけの行為。

「でさ、…」

 ただそれだけの…

「──おい、聞いてる?」

 覗き込んでくる目にはっとして、俺は摘まんだまま宙に浮いていた唐揚げを口に放り込んだ。

「聞いてる」

 見惚れていたなんて言えない。

 ざわざわとした教室の音が戻って来て、今が昼休みだということを思い出した。

 向かい合って弁当を食べている最中だ。

「嘘つけ、じゃあおれが何言ったか言ってみて」

「え──だから、…今度の、土曜だろ?」

「土曜は合ってる」

「で、………映画?」

「ぶー!」

 くしゃっと丸めたティッシュを俺に投げつける。指先を拭ったウエットティッシュだった。弁当箱の中に入りそうになって、慌てて俺は受け止める。

「展覧会! デジタルアートのっ」

 それだ。

「あーそうだったそうだった…」

「全然聞いてねえじゃん」

「聞いてるよ、昼集合だろ」

 残りの弁当に箸を伸ばす。向かい合わせに置いたそれぞれの弁当箱、俺のは母親の手作りだ。俺と父親と自分の分を、朝早くから作っている。

 でも、クラスメイトのは、どう見ても自分で作ったようにしか見えなかった。

 きれいに詰められていたけれど、何かが違う。

 何か欠けている感じ。

「駅だよ、西口の改札前」

「ああ」

「おれすっごい行きたかったんだ、楽しみ」

 声が弾んでいて、本当に嬉しそうに俺に笑った。

 どきりと胸が鳴る。

 ああ、なんか…

 土曜日まで、無理かも。

「わ、なに──」

 俺は指を伸ばし、取る振りをして口元に触れる。

「米」

 摘まんだ振りをして自分の指を口に入れた。

「なっ…」

「米ついてた」

 クラスメイトが目を見開いた。

「食うなよ、そんなの…っ」

 自分の顔をごしごしと擦っている。信じらんねえ、と目を逸らして傾けた顔の、真っ赤に染まった耳元に顔を埋めたくなって、眩暈がした。

 明後日の土曜日がひたすら遠い。

 そのあとの午後の授業に集中できなかったのは、完全に自業自得だった。

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