5


 遠くからぱたぱたと聞こえてきた足音に、俺は顔を上げた。

「よお」

 教室の出入口で立ち止まったクラスメイトにひらりと手を振る。少し寝癖のついた髪がはねている。寝起きの顔で、目を丸くして俺を見ていた。

「なに、どしたのおまえ…」

「戻ってくるの待ってた。帰ろうぜ」

「あ──うん、てか」

 立ち上がり、クラスメイトのバッグを胸に押し付けるようにして渡す。両手で抱えるように彼はそれを受け止めて、俺を見上げた。

「先に、帰ればいいじゃん」

 俺を見る瞼の縁に、まだ眠りの端が引っかかっている。ぼんやりと気だるげで、ブレザーの下のシャツは皺くちゃだった。緩く首に引っかかっただけのネクタイ。

 見つめているのを気取られないように、俺は窓の外を指差した。

「雨」

「は?」

「傘、忘れてきた」

 きょとんとした顔に笑った。



「どこの馬鹿が朝から雨なのに傘忘れんだよ…」

「朝から降ってたっけ?」

 昇降口に並んで立ち、空を見上げる。突き出したコンクリートの庇からぽたぽたと落ちてくる雨のしずくがつま先にかかる。まっすぐに見渡せる校門までは、もう誰の姿もない。

「降ってただろ」

 ぱん、とクラスメイトが傘を開く。差しかけたその柄を持つ手ごと掴んだ。

「わ」

 ぱっと離れていく手が名残惜しい。

「おまえ、心臓に悪い」

「ああ、ごめん」

 笑って、傾いた傘を彼の頭上にかざす。降る雨がはみ出した俺の肩を濡らした。

「で、なんで…眠れないわけ?」

「…え?」

 ゆっくりとこちらを振り返る。

「保健室で爆睡するほど眠れないのって、なんでだ?」

 雨が傘に当たる音。その下で、クラスメイトは目を見開いて俺を見上げた。


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