第281話 野外学習
「外で食べるお弁当ですけど、クレイドルとセルギウスだったら、どんな物を食べてみたいと思いますか?」
午後の授業となり、リストにあった補助魔法を全て教え終えたルーリアは二人に尋ねた。
お弁当を作ったことがないから、どういった物が食べたくなるか参考にしたいのだ。
「あぁ、明日の野外学習か」
護衛として付いてくれる軍事学科の生徒の分は、菓子学科の生徒が用意することになっている。
誰が誰の護衛に付くかなどの班分けは、当日に現地で決めるそうだ。
「私たちが護衛に付くとは限らないから参考にはならないと思うが」
「ルーリアの料理はどれも美味いから、自分が食べたい物を言っておいて、食べられなかったら虚しくなるぞ」
クレイドルに苦笑いされ、それもそうかと納得する。さり気なく料理が褒められて、ちょっと嬉しい。
「とりあえず、わたしの教える分は終わりました」
「では、次は私の番だな」
この後はセルギウスがクレイドルに補助魔法を教えられるか試し、ルーリアは交代して薬作りをする予定だ。
「まずはルーリアが教えていないものを一つ試してみるか」
ルーリアと同じ方法でセルギウスがクレイドルに補助魔法を教えてみると、問題なく習得できた。
リストなどは作らず、戦闘で役に立つと思ったものを教えていくとセルギウスが話していると、クレイドルは真剣な顔付きとなった。
「ルーリア、セルギウス、頼みがある」
表情を引き締め、背筋を伸ばしたクレイドルが二人に向き合う。セルギウスはクレイドルのまっすぐな視線に向き直り、ルーリアも姿勢を正した。
「……もし。もし、良かったらなんだが、他の魔法も教えてもらえないだろうか? 自分がどれだけ非常識な頼みをしているか、自覚はある。だが、強くなるためには今は本当になりふりなど構っていられない。頼む! 力を貸して欲しい!」
そう言ってクレイドルは二人に頭を下げた。
「……クレイドル」
今、教えている魔法は補助系のものだけだ。
他にも回復系、加護系、攻撃系と様々な魔法があるが、それらをクレイドルに教えていないのには理由があった。
「クレイドル、酷なことを告げるが、私たちの使う他の魔法は魔力を大量に必要とする。お前には属性も足りない。仮にクレイドルの持つ属性の魔法を教えたとして、お前はそれを無詠唱で使い、絶対に生命を削らないと約束できるか?」
そもそも補助魔法は本人の魔力が足りなければ覚えることが出来ないし、使用する分の魔力がなければ詠唱しても発動しない。
だが、他の魔法は覚えることが出来る上に、本人の魔力が足りなくても中途半端に発動させることが可能だ。
その結果、無茶をすれば魔力の枯渇を招き、生命を危険に晒してしまうこともある。
焦るように魔法を必要とするクレイドルに、セルギウスは鋭い視線を向けた。
「…………それは……」
「ルーリアの見ている前で、決して無理に使わないと口に出来ないのであれば、私としては首を縦に振ることは出来ない」
きっぱりと言い切る口調からも、クレイドルとルーリアのどちらのためにもならないとセルギウスが判断したのだと分かる。
過分な魔法を覚えたせいでクレイドルが魔力の枯渇を起こせば、ルーリアは間違いなく自分を責める。それは見過ごせないというセルギウスの意思を察したクレイドルは、自分の焦りから出た言葉を思い返して口を噤んだ。
「あの、セルギウス。今のクレイドルの魔力量で使えるものなら、少しは教えてあげても良いんじゃないでしょうか?」
どうにか力になってあげたいと訴えるような目のルーリアに見つめられ、セルギウスは小さく息を吐く。
「……それで何かあった時に傷つくのはルーリアではないか」
「……?」
聞き取れないくらいの囁きにルーリアが首を傾げると、「少し時間が欲しい」とセルギウスから仕方のないような声が返ってきた。
「魔力が枯渇しないように制御できる魔術具が作れないか、私の方で考えてみよう」
「くっそぉ~、お前らはいいよなぁ。ロリちゃんと一緒に果物狩りかよ」
「あたしも勉強よりぃ、そっちの方が良かったなぁ~」
そんなエルバーとリュッカの愚痴を聞かされた次の日の野外学習当日。この日は晴天だった。
チィリーナの実の採取地となるチィリーナ島は、地上界の中でも南側に位置しているので冬でも暖かい。シャルティエは真冬でも雪が降らないと言っていた。
……へぇー。外の世界には、そんな場所もあるんですね。
野外学習の参加者は、菓子学科の生徒が24名、軍事学科の生徒が48名。菓子学科と軍事学科の教師陣が5名、生徒の付き添い人が5名の計82名が正門に集合している。
学園から海を隔てた遠方のチィリーナ島へ、こんな大人数でどうやって移動するのだろう?
そう思っていると、グレイスが正門の転移装置に変わった形の鍵を差し込んだ。
「こちらの転移装置は現在、チィリーナ島に設置してある転移装置と繋がっています。みなさん、順番にこちらを通って移動をお願いします」
さすが学園である。
そんな方法で移動するとは思っていなかった。
「わぁ、本当に暖かいですね」
「ダイアグラムと全然違うね。春みたい」
一瞬でチィリーナ島に着き、最初に班の組み合わせを行うことになる。ルーリアたちの班は四人いるから、軍事学科から八人の生徒が付くことになっていた。
どうやって班分けをするのか軍事学科の生徒は聞かされていないようで、戦って決めるようなピリピリとした雰囲気があちらこちらから漂っている。正直言って怖い。
しかし、ダジェット先生が「今から戦うだと? そんな時間あるか、馬鹿者。こういう時こそ序列順に決まってるだろうが!」と一喝したことで、生徒たちの視線が一斉に序列一位のリューズベルトに集まった。
……あれ? 昨日の放課後はいなかったのに。
いつ神殿から帰ってきたのだろう?
少し疲れた顔をしているけど、久しぶりに見るリューズベルトの無事な姿にルーリアはそっと胸を撫で下ろした。
……もしかして、お父さんたちも家に帰ってきているのかな?
そう思うと早く家に帰りたくて、気持ちがそわそわしてくる。フェルドラルが神殿から帰ってきたあの日から、ガインからの手紙はぱったりと来なくなっていた。
「リューズベルト、お前からだ。選べ」
「オレはこの班にする」
ダジェット先生に聞かれたリューズベルトが即答してルーリアたちの班を選ぶと、軍事学科の生徒たちから「ぐあぁぁ!」「やっぱりか!」と、悲鳴のような声が上がる。
ほとんどの生徒が狙っていたようだ。
リューズベルトが先に指定したことで、人族グループの生徒は完全に避けるようになった。
その結果、リューズベルト、セルギウス、クレイドル、ウォルクス、ナキスルビア、アトラル、ランティス、クラウディオという、とんでもない護衛グループが出来上がってしまう。
「何だ、お前ら。上位がごっそり固まりやがって、何と戦うつもりだ? この島には国から討伐依頼が出るような魔物はいないぞ」
そう言って豪快に笑うダジェット先生に、「そーゆーフラグ立てんの、止めてくれや」と、クラウディオが突っ込んでいた。
……うん。この護衛メンバーなら変異体のラウドローンも瞬殺だと思う。
「あの、リューズベルトはいつ帰ってきたんですか?」
誰にも聞こえないように、こそっと尋ねると、「昨日の夜だ。あっちはまだしばらく帰れないだろうな」と返ってきた。
「……そうですか」
二人の帰宅を期待していた気持ちが一気にしぼみ、その分だけ不安な気持ちが膨らんだ。
チィリーナの実の採取についてモップル先生から説明があった後、ルーリアたちは採取地となる森の奥へ向かう。
涙型のチィリーナ島は島の中ほどに大きな森があり、チィリーナの木はそこに生えているという。
その森へ向かう道中、何といっても目についたのは、ガチガチに緊張したマリアーデの姿だった。
誰が誰の護衛に付くか、シャルティエが作ったクジ引きという罠にかかったマリアーデは、ウォルクスと一緒に歩いている。
シャルティエはナキスルビアとクレイドル。
ルーリアはアトラルとランティス。
エイナはセルギウスとクラウディオ。
そしてマリアーデはウォルクスとリューズベルトという組み合わせである。
ひと仕事終えた顔のシャルティエは「これで完璧ね!」と、満足そうに頷いていた。
ひと言も言葉を発さず、視線も彷徨い、耳まで真っ赤なマリアーデには心の中で頑張れとしか言えない。
「アトラル、ランティス、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「ルリ、この前のシュークリーム美味しかった。ありがと。これ、約束してたお返し」
「えっ?」
隣を歩いていたランティスから手の平に、ちょこんと小さな革袋を乗せられた。袋越しにジャラッとした音とガラス玉のような丸い物がいくつも入っている感触が伝わってくる。
「これ、何ですか?」
革袋を縛っている紐に手をかけようとすると、ランティスはルーリアの手を掴み、慌てて止めた。
「今はダメ。これはルリが一人の時に開けて。出来るだけ寒いとこで」
「え?……えっと、分かりました。あの、ありがとうございます」
……寒い所?
この場で開けるのはダメらしい。
何が入っているのだろう。すごく気になる。
「チィリーナって、どんなの? 美味しい?」
「小さな丸くて赤い実で、甘酸っぱくて美味しいですよ」
「へぇ。でもさっきの説明だと、簡単に採取できる物かどうか分からないね」
アトラルが言うように、モップル先生の説明はよく分からないものだった。
「チィリーナの実の採取は、人によっては一生消えない心の傷を抱えることになるのじゃ。心身共に苦境に立たされる大変な作業になるじゃろう。諸君、決して侮らず、心して挑むように!」
……そこまで言われるチィリーナって、いったい??
グレイスが言うには、チィリーナは人の心を
魔木。それは魔物のような植物の総称。
チィリーナの姿は本にも載っていないらしい。
ルーリアたちは不安な気持ちを抱えながら、森の奥へと進んで行った。
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