第266話 目覚めたら神殿
森の中にいるような、そよりとした風がルーリアの前髪を優しく揺らす。
「…………ん、んん……?」
……何、でしょう? とても、眩しい……?
……あ、れ? わたし、外でお昼寝してましたっけ?
自分が今、どこで何をしているのか分からないという不思議な感覚で目を覚ますと、指の隙間から白い光が射し込んでくる。
……これは……ベッド?
見上げる形で目に映ったのは、大きなベッドの天蓋だった。光沢のある真っ白な布地に、金糸で細やかな刺繍が贅沢に入っている。
「…………え?」
ベッドの周りも天蓋と同じ白と金の布で囲われていて、大きな窓から入ってくる陽の光が白い布に反射して、眩しいくらい明るい。
寝かされているのは柔らかくてなめらかな手触りの、真っ白でふかふかな大きいベッド。
掛けてある毛布はぬくぬくで温かく、ふわふわな掛け布団は驚くほど軽かった。
枕元には大きなクッションが四つある。
……え? ここ、ユヒムさんの家?
もそもそっと身体を起こすと、そこは見覚えのない広い部屋の中だった。
ユヒムの屋敷とは雰囲気や風の流れが全く違う。冬の初めなのに温室の中のように暖かい。
高い天井。綺麗な模様の入った白い壁。
大きな窓と、光が降り注ぐ天窓。
ピカピカに磨き上げられた白い床と、草原の上に雪が薄く積もったような模様の絨毯。白と金色を基調とした芸術品のような家具や調度品。
「……ほ、本当に、どこ?」
「お目覚めでございますか、姫様」
「っ!?」
いつからそこにいたのか、女の人の声がした方に目を向けると、壁際に控えるように二人の大人の女性が立っていた。二人ともメイド服と騎士服を足して割ったような、カッチリとした紺色の服を着ている。
……だ、誰!?
見覚えのない、初めて見る人たちだ。
けれど、その内の一人は耳の特徴からエルフだとすぐに分かった。
「お初にお目にかかります。私たちは姫様の身の回りのお世話をエルシア様より仰せつかっております」
右手を胸に当てて跪き、二人はルーリアよりも目線を低くする。それは初めて見る仕草だったが、何となく自分たちの方が身分が下だということを表しているように感じられた。
「私はトルテと申します」
「私はリーフェと申します」
トルテと名乗ったエルフは、凛々しい雰囲気がちょっとだけナキスルビアに似ている。
サクラ色の髪を後ろで一つに束ね、意志の強そうな紫色の瞳だ。見た目はアーシェンとそう変わらない歳に見えるが、エルフだから正確には分からない。
人族のような姿のリーフェは、トルテよりさらに凛々しい感じだった。トルテは武器を持っていないが、リーフェは細やかな装飾の施された水色の細い剣を腰に帯びている。
歳はトルテと同じくらいに見え、黒色が少し混ざった金髪を綺麗に編み上げてまとめている。
そして、少しだけ目尻の下がった水色の瞳と整った顔は、つい最近、どこかで見た覚えがあった。
「あ、あの、ここはどこですか? わたしはいったい……?」
そう尋ねて身を乗り出そうとした、その時。
肩にあった自分の髪が前身に流れ落ちてきて、目に入ったその色にルーリアは固まった。
「…………え。なに、この色!?」
なんと、髪の色が銀色になっている。
思わず手でワシッと掴み、引っ張ってしまった。普通に痛い。まさかの地毛だ。
「……え?……え??」
「姫様、どうか落ち着いてお聞きください。こちらは神殿界にあるエルシア様のお屋敷でございます」
「すぐにガイン様がいらっしゃいますので、こちらでそのままお待ちください」
二人の言葉でルーリアはさらに固まった。
「………………神、殿……?」
意味が分からない。
家でセフェルと一緒に寝ていたはずなのに、目が覚めたら神殿って……。
「あっ! あのっ、もしかしてお父さんとお母さんに何かあったんですか!? ひどいケガをしたとか!?」
「姫様、ご安心ください。お二人共ご無事でございます」
ベッドから飛び出す勢いで尋ねるルーリアに、リーフェは
「…………二人は、無事……」
ホッとすると同時にルーリアの頭に浮かんだのは、じゃあ、何で? という疑問だった。
なぜ自分は神殿にいるのだろう?
この二人は何者だろう?
何で自分は、この人たちに『姫様』と呼ばれているのだろう?
そんな心の声が顔に出ていたのか、トルテが気遣わしげに口を開く。
「あの、姫様。簡単に私共の紹介をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「あ、は、はい。ぜひお願いします」
「私はトルテ・ミンシェッドと申します。分家の者で、クインハートの従妹にございます」
「私は神殿騎士のリーフェと申します。いつも愚兄がガイン様にご迷惑をおかけしております」
……愚兄? あ。
「もしかして、キースクリフさんの妹さんですか?」
失礼かと思ったが、髪色と顔付きと目の色が似ていたから、すぐに思い浮かんだ。
「はい。キースクリフは私の愚かな兄でございます」
……ゔっ。
満面の笑みで自分の兄を愚かと言い放つリーフェに、どう反応したらいいのかルーリアは迷った。とりあえず、にこりと笑顔を返しておく。
「あの、わたしはどうして神殿に? なぜ、わたしは姫様と呼ばれているのですか?」
「姫様が神殿におられる理由を口にすることは、私共には許されておりません。この場で姫様を生命に代えてもお守りするようにと、エルシア様から厳命されております」
トルテはそう言って、自分とリーフェの手首にある魔術具をルーリアに見せた。
それは見慣れた隠し森への許可証なのだが、エルシアの命令に少しでも背いたり、ルーリアに対して敵意を持ったり、危害を加えようとすると、その瞬間にこの世から身体ごと消し去られてしまうような凶悪な改造をされていた。
「い、いくら何でも、これはやり過ぎでは……」
「いいえ、姫様。神殿内では目に見える形で忠誠を示すことが出来るのは、とても栄誉あることなのです」
うっとりとした瞳で自分の手首にある許可証を見つめるトルテは、狂信者という言葉がピッタリだった。地雷を抱えているようなものなのに、その顔は喜びで満ち溢れている。
それだけエルシアのことを信用しているのだろう、と良い方向に受け取っておくことにした。
リーフェはそんなトルテを生温かい目でみている。
「私とトルテ様が姫様とお呼びするのは、ルーリア様がミンシェッド家の次期当主となられるエルシア様のお子だからです」
「正しくはルーリア様とお呼びするべきですが、今は出来る限り名前を伏せるようにと仰せつかっております」
ちなみにリーフェは神官であるトルテの護衛騎士らしい。トルテと共に、クインハートからここの守りを命じられたそうだ。
二人はルーリアがガインとエルシアの子であることを知っていて、ハーフエルフであっても
姫様と呼んでいることからも、エルシアの身分が重視されているのだろう。
ルーリアが小さい頃から「お母様と呼ぶように」と、ガインが拘っていたくらいだ。
ここではお母さんではなく、お母様と呼んだ方が良いのかも知れない。
あの拘りはきっと、ルーリアがいつかエルシアと神殿を訪れる日が来たとしても、恥ずかしい思いをさせないためのものだったのだろう。
「分かりました。では、わたしはこちらでお父様が来るのを待ちます」
「かしこまりました」
エルシアをお母様と呼ぶのなら、ガインもお父様と呼ぶべきだ。ルーリアは二人の間に身分差を作りたくなかった。
……それにしても。
ルーリアは自分の髪を指ですくい、光にかざした。ちょっとだけ薄く紫色が入っているけど、見事なまでの銀色だ。
……いったい、どうしてこんな色に?
全身をパッと見回してから、身体のあちこちを触ってみたけれど、知らない装飾品や魔術具などは何も身に着けていない。
……ま、まさか。これ、わたし本体の色?
部屋には全身が映る大きさの鏡もあったから、ルーリアは恐る恐る覗いてみた。
「ふあぁぁっ!?」
そこに映っていたのは、腰まである透き通るような白銀に近い銀髪で、瞳の色がフェルドラルより少し明るい緑色になった色違いの自分の姿だった。
……い、違和感がものすごい!!
というか、違和感しかない。
鏡に映っているということは、やはりこれが自分本体の色らしい。
…………な、何でこんなことに!?
まさか色違いの自分でドン引きする日が来るとは思ってもいなかった。
鏡の前でしばらく呆然としていると、部屋の外から人の足音や話し声が聞こえてくる。
その音は、だんだんとこの部屋に近付いてくるようだった。
「ルーリア、起きたか!」
扉を勢いよく開け、ガインが一人だけ入ってくる。
「! お父さ──」
しかしその姿は、芸軍祭の美男美女コンテストの時の、あの指揮官か将官のような恰好だった。
スクリーンに映し出されたキラキラな映像が瞬時に脳内をよぎり、吹き出しそうになるのをルーリアは全力で堪える。いっそ吹き出してしまいたいと思いながら、ガインから目を逸らした。辛すぎる。
「……お、お父様。わたしはなぜ、ここにいるのでしょう?」
小刻みに肩を震わせ、何とか笑いを堪えて笑顔で尋ねると、ガインは「……お父様?」と小さく呟き、照れた顔となった。
……いえ、照れてる場合じゃなくて。
ルーリアのジトッとした視線に気付いたガインは、ハッとして真面目な顔をする。
「その話をしに来た。トルテ、リーフェ、済まないが二人だけにしてくれ」
「かしこまりました」
トルテたちが一礼して部屋を出て行くのを見送り、ルーリアはすぐさま『
無事を喜ぶ再会のはずが、いろいろと台無しだ。
「何でその衣装なんですか!? 危うくコンテスト優勝おめでとうございますって言いそうになっちゃいましたけど?」
「仕方ないだろ。俺が持ってる服の中で、コレが一番防御力が高いとかで、エルシアが譲らなかったんだ。俺が好き好んでこんなのを着る訳がないだろう。……って、優勝したのか」
心底嫌そうな顔をしているガインを見て、ルーリアもそれには納得する。
着ている本人がきっと一番辛いだろう、と。
「それと、わたしのこの色は何ですか? 髪とか、目とか。どうしてこんなことに?」
ルーリアは自分の銀髪を掴んでガインに見せる。今は陽の光を浴びて輝くようだ。
「ああ、それはだな──」
ガインはルーリアが神殿にいる理由と合わせ、変色した理由を話して聞かせた。
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