第267話 真っ赤な嘘
「…………え。これがわたしの、生まれつき本来の色、なんですか?」
そんな衝撃の事実をガインから聞かされ、ルーリアはまたも呆然となる。
そして自分が神殿にいる理由は、神から連れて来るように言われたからだった。
「……えっと、わたしは神様に呼ばれたからここにいて、色が変わったのは、わたしの中にあったお父さんの魔力を抜いたから、で合ってますか?」
「ああ、それで合ってる」
神は神兵として魔力を持つ者を選んだそうだ。
それなのに、なぜかガインには魔力がなかった。
そのことを不思議に思った神が調べたところ、ガインが生まれつき持っていた魔力は、全部ルーリアに移ってしまっていたらしい。
「神が言うには、ルーリアが生を受ける前までは俺も魔力を持っていたそうだ」
「……そうだ、って。どうしてお父さんは自分が魔力を持っているって、ずっと気付かなかったんですか?」
う~ん、と首をひねった後、「恐らくだが」と、ガインは過去の自分を振り返る。
「魔力と縁がなかったことが一番でかいだろうな」
「……縁、ですか?」
「ああ」
ガインが魔力の存在を知ったのは、かなり遅かった。幼い頃から騎士となるべく剣技一筋で生きてきたため、この世界に魔法があることを知らなかったのだ。
雷撃は使えたが、これは魔力を必要としないスキルで、キースクリフも精霊を使役するという特技を持っていたため、特に疑問に思うことはなかった。
騎士となり、人が魔術具や魔法を使うところを「へぇ、そんな便利なものもあるんだな」と、自分には関係ないものと思って見ていたことは覚えている。
それから、自分にも魔力があれば、と強く感じたのは、ルーリアが生まれた後のことだった。
「じゃあ、お父さんは今、魔力があるんですか?」
「まぁ、一応そういうことになるな。実感は全くないが」
神にしか出来ないことだろうけど、そんな簡単に魔力を出し入れしたと聞かされても、ルーリアにも実感はなかった。
自分の色が変わっていなければ、その話を信じることも難しかったと思う。
「俺の話はどうでもいい。ルーリアの魔力はどうなんだ? 今まで持っていた魔力が俺の方に移ったなら、今のルーリアの魔力はその分、減っているということだろう? 寝ている間の魔力流出に耐えられそうか? ルーリアは今の自分がどういう状態にあるか分かるか?」
そう言われても、ルーリアには自分の魔力がどう変わったのか全く分からない。
「お母さんは、あとから来るんですか?」
「いや、エルシアは来ない。予定が詰まっていて時間がないんだ。俺もすぐに戻らなければならない」
魔力のことはエルシアに聞くのが一番なのだが、ガインは厳しい顔で首を振る。
「お前が起きたと連絡があったから、色が変わったこと以外で身体に異変がないか確かめに来たんだ」
「わたしも色以外は何が変わったのか、よく分かりません。お父さんの魔力の分だけ減ったと言われても、特に減ったようにも感じてなくて」
するとガインは眉を寄せ、目を細めてルーリアをじっと見つめた。かすかに金色の瞳が光っているように見える。
「エルシアから魔力の見方だけ習ってきた」
「えっ! お父さん、他の人の魔力が見えるようになったんですか!?」
小さく頷き、ガインはルーリアの肩の少し上の辺りに手を伸ばす。
「触れはしないが、魔力があるのは分かる。お前を器として見るのであれば、減っているどころか溢れているように見えるな」
「えっ!?」
「よく分からんが、ひとまず減っているようには見えない。これなら家に戻しても大丈夫か」
後半は独り言のように口にして、ガインは腰を落としてルーリアに目線を合わせた。
心配と険しさが混ざった表情から、別れの言葉を告げられるのだと嫌でも伝わってくる。
「済まない、ルーリア。今はとにかく時間と人手が惜しい。トルテもリーフェも、ずっとお前に付けておく訳にはいかないんだ。門までは送らせるから、あとは約束していた通り、大人しく家で待っていてくれ」
大きな手で頭をひと撫でした後、すぐに扉へ向かおうとしたガインの服のすそをルーリアは掴んだ。
「お父さん。そんなに人手が足りないのなら、わたし、やっぱりここで──」
そう言いかけたルーリアの目を、ガインは身内会議の時と同じ、強い拒絶の眼差しで見つめ返した。ここでルーリアがごねても、早くエルシアの所へ戻りたいガインの足を引っ張るだけだ。
「……ごめんなさい。家に、帰ります」
今の自分に求められているのは、共に戦うことではない。二人を信じて家で待つことだ。それを二人とも望んでいる。
「ルーリア。お前が聞き分けの良い素直な娘で俺は助かっている。いろいろ思うところはあるだろうが、今は我慢してくれ」
ガインはもう一度ルーリアの頭を撫で、軽く抱きしめた後、トルテとリーフェを呼んで門まで送ってくるよう指示を出した。
「では姫様、参りましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
身体をすっぽりと覆い隠すように布に包まれたルーリアをリーフェが横抱きにかかえ、トルテが補助魔法で念入りに気配を消す。
二人は慣れた足取りで、門の外まであっという間に運んでくれた。
……そういえば、ここにはどうやって来たんでしょう?
トルテとリーフェに送ってくれた礼を伝え、ガインから渡された転移の魔術具を使い、ルーリアは隠し森の家へと帰った。
◇◇◇◇
ルーリアが神殿でガインと会っていた頃、セルギウスは複雑な心境で学園にいた。
軍事学科の授業で戦闘訓練中だというのに、完全にうわの空だ。
……どうしてリューズベルトがルリを……。
もしかしてルーリアも神兵として招集されたのではないかと不安がよぎる。
昨日、目の前でリューズベルトにルーリアを連れ去られてから、セルギウスはペンダントの所在をずっと探っていた。
何度も、何度も、祈るように。
しかし、その気配のひと欠片さえ、セルギウスには探り当てることが出来ず、焦る気持ちばかりがじわじわと胸に募っていた。
◇◇◇◇
「ルーリアちゃん、お帰りなさい」
「わっ、アーシェンさん!?」
門から転移して家に帰り着いたルーリアを待っていたのは、ガインから連絡を受けて待機していたアーシェンだった。
アーシェンはすぐにガインに向け、無事に着いたと魔術具の手紙を送る。神殿界に魔術具で転移することは出来ないが、手紙を送ることは出来るらしい。この辺りは学園と一緒だ。
アーシェンは手紙を送り終えると、しばらくの間、ルーリアをじっと見つめていた。
「連絡は受けていたけど、本当に髪と目の色が変わったのね。どちらもエルシア様とガイン様の間を取ったような色だわ。輝くような白銀の髪に若葉色の瞳で、ますます森の妖精って感じね」
アーシェンは「綺麗な色で良かったじゃない」と微笑むが、ルーリアは小さくため息をつく。
「……わたしは違和感しかないですけど」
でも、二人の間を取った色と聞くと、ちょっと嬉しくなった。今までは髪も瞳もガインと同じで、エルシアの色が全く入っていなかった。
「すみません、アーシェンさん。忙しいのに急に来てもらうことになって」
「あら、いいのよ。どうせ午後からは来る予定だったんだから。暇だったから問題ないわ」
そう言いながら、アーシェンはお茶を淹れてくれたのだが、差し出されたカップを受け取り、ルーリアは何度も目を瞬いた。
「……そう……です、か」
どういうことだろう!?
目の前にいるアーシェンが不自然な薄い赤色に染まっている。肌も目も服までもだ。
……えっ、何、これ!?
目をこすってみても赤いままだった。
自分が変なのか、アーシェンが変なのか。
「あ、あの、アーシェンさん。今、その……身体は何ともないですか?」
「えっ? どうしたの、急に?」
心配そうにルーリアが顔を覗き込むと、アーシェンはキョトンと不思議そうに首を傾げる。
「いえ、あの……」
何て説明すればいいのか分からない。
変なのは、自分の目の方かも知れないし。
全身が赤いですよ、なんて──。
…………赤……。
エルシアはよく『嘘をつく人は赤い』と言っていた。もしかしてあれは、嘘を見抜くという神官のスキルのことを言っていたのだろうか。
それにしても、どうして突然……。
ガインの魔力を抜いたからだろうか?
もしこれが本当にそのスキルのせいだというのなら、アーシェンは嘘をついていることになる。
本当は忙しくて暇ではないということだろうか?
「……アーシェンさん、秋の次は夏になるって、言ってみてもらってもいいですか?」
「えっ? 何それ? 秋の次は夏になる? これって、なぁに?」
……あれ?
赤くならない。間違った情報を口にしただけでは、嘘をついたとは言えないみたいだ。
自分で考えた言葉でないとダメ、とか?
「今のは何でもないです。アーシェンさんがずっとここにいたら家の人が困りませんか? お仕事だって……」
「平気よ。家には父さんやイルギスだっているんだから」
「そういえば、シャズールさんはお元気ですか? もう長いこと会っていませんから」
「ええ、元気よ。いつも通り、仕事を頑張っているわ」
その瞬間、アーシェンの身体は、ぎょっとするような真っ赤な色に染まった。
──え。
元気ですか、と尋ねた質問で真っ赤。
それなら、シャズールは……。
ルーリアは一瞬で血の気が引く思いがした。
「……コ、ココさんと、イルギスさんは?」
「母さんも元気よ。いつも父さんの側にいるわ。イルギスはちょっと元気すぎるくらいね」
ココの時は反応なし。
イルギスの時は薄らと赤くなった。
「……アーシェンさんは大丈夫ですか? 体調が悪いとか、無理したりしていませんか?」
ルーリアは表情を繕うことも忘れ、真剣な目でアーシェンに問いかけた。
「どうしたの、急に? わたしは見ての通り元気よ。どこも悪くないわ」
そう言って両腕を広げたアーシェンは、シャズールのことを聞いた時と同じように、全身が真っ赤に染まっていた。
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