第250話 身内会議


「今日はありがとうございました」

「ああ、気をつけて帰れよ」


 クレイドルに菓子学科の学舎まで送ってもらい、ルーリアはお礼を伝えて別れた。

 誰もいない教室に入り、本来の姿に戻って着替えを終えた頃、フェルドラルが後を追うように入ってくる。


「姫様、失礼いたします」


 すぐにラピスの紙袋に手をかざし、フェルドラルは何かを調べ始めた。あまり気持ちの良いことではないけれど、たぶんガインに言われたことを守ってくれているのだろう。


「そちらの服もお貸しください」

「……これは、今脱いだばかりですけど?」

「これだけの人の中を歩いて来られたのです。何か付いていたら大変ですわ」


 ちょっと胡散くさい笑顔で両手を差し出すフェルドラルに渋々と服を渡す。フェルドラルはラピスと同じように手をかざして調べた後、服に顔を近付けた。


 ……うん。今、匂い、嗅ぎましたよね?


「……フェル」


 ジトッとした目を向けると、フェルドラルは思い出したように口元の緩んだ顔を上げた。


「そういえばクロから伝言です。姫様が家に戻られたら、身内会議をするそうですわ」

「……身内会議? それは何でしょう?」


 家族会議ではなく、身内……?



 その言葉を不思議に思いながら転移して家に帰り着くと、一階に20人くらいの人が集まっていた。


「えぇっ!? な、何事ですか!?」


 ルーリアの知る限り、この家にこんなに人が集まったことは今まで一度もない。


「あ、ルーリアちゃん、お帰り」

「ユ、ユヒムさん、これっていったい!?」


 集まっていたのは、この店でガインと魔虫の蜂蜜の取引をしている商人や冒険者たちだった。

 アーシェンやシャルティエ、ダーバンにキイカもいる。今まで夜にだけ来ていたという、初めて会う者もいた。


 ユヒムはガインから『すぐに店に集まるように』と、ここにいる全員に連絡が入ったのだと話す。今後の魔虫の蜂蜜屋の在り方について、とても大事な話があるらしい。


 ……蜂蜜屋の在り方。


 どう考えてもクインハートたちとの話し合いで何かがあったとしか思えなかった。


「シャルティエは模擬店で忙しかったんじゃないですか?」

「大丈夫。それよりも私にはこっちの方が大事だから」


 ルーリアは急いで自分の部屋に荷物を置き、ガインたちの姿を探した。

 二階の部屋にはいないから、もしかしたらまだ学園から戻っていないのかも知れない。


 とりあえずみんなにお茶でも出そうと思い、一階に下りようとした、その時。

 外から大きな風の動く気配と、バサァッという鳥とは思えない大きな羽ばたき音が聞こえてきた。


「こ、今度は何ですかっ!?」


 慌てて玄関から外に飛び出すと、目に映ったのは真っ白な巨竜、聖竜の姿だった。


 ──な、なななッ!?


 聖竜は家から出てきたルーリアに気付くと、前回と同じように腰の辺りにスリスリ~と、大きな顔をすり寄せてきた。


 ひいぃっ! 大きいっ。怖いっ!


 どうしてここに聖竜が!? と、慌てて辺りを見回すルーリアに聞き慣れた声が届く。


「リンヒライキ、戻れ」


 リューズベルトの胸にある青い宝石のペンダントに吸い込まれるように聖竜は姿を消す。

 じっと青い宝石を見つめた後、リューズベルトは訝しむ目をルーリアに向けた。


「ルリ。いや、ルーリアか。聖竜のあの反応。お前、やっぱり何か持っているんじゃないか?」

「リュ、リューズベルト!? どうしてここに!? それに、わたしの名前!」


 一度にいろんなことが起こり過ぎて、ルーリアは軽く混乱した。リューズベルトの後ろにはエルシアとガインの姿がある。


「ルーリア!」

「お母さん! これは──」


 ルーリア以外、他のものは一切目に映っていないようにエルシアは両腕を伸ばしてまっすぐに駆け寄る。何者からも奪われないように、しっかりとその指をルーリアの背中に回して強く抱き締めた。


「……お、お母さん?」


 痛く感じるほどエルシアにきつく抱き締められ、ルーリアは思わず目を丸くした。

 その顔を覗き込めば、とても切なそうな顔をしている。エルシアの背中越しに見えるガインの表情も、今まで見たことがないくらい険しいものとなっていた。


「…………お父さん……」

「ルーリアも帰っていたか。大切な話をするから家に入るぞ」


 投票企画の後、二人に何があったのか。

 その鋭い目とただならない雰囲気だけで、ルーリアの心は不安に掻き立てられた。



「急な呼び出しになって済まない。この蜂蜜屋のこれからについて話をしたいと思う」


 ガインは集まった者たちの前に立ち、時間を惜しむように本題へと入る。そこで伝えられたのは、大きく分けると三つの変更点についてだった。


 一つは、今後この隠し森には許可証があっても入れなくなること。二つ目は、魔虫の蜂蜜の取引はケテルナ商会かビナーズ商会を通して行うようになること。三つ目は、それによって許可証の仕様が変わること。


「突然のことで済まない。正直に言ってしまえば、いつまで魔虫の蜂蜜を作り続けられるか、今ははっきりと答えることが出来ない」


 あらかじめ話をしていたのか、みんなは静かに頷くだけで、そこまで驚いた顔はしていない。

 しかし、この後に少しだけ目を伏せたガインが話したことには、息を呑む気配やそれぞれに思うところがあると分かる表情があった。


「俺たちは、これからある場所へ行くことになる。そこは場合によっては皆も足を運ぶかも知れないような場所だ。そこでもし俺たちに気付いたとしても、どうか全く知らない他人のふりをして欲しい。これは許可証とは何の関係もない。だから強制ではない。……俺からの頼みだ」


 これはきっと危険に巻き込まないためのお願いなのだとルーリアは感じた。みんなもそれを感じ取ったのか、詳しいことは聞かずとも、その頼みを聞き入れると約束してくれている。

 ある場所とは、やはり神殿のことだろうか。


 その後、エルシアから許可証の仕様変更を受けた者たちは、ガインに感謝や別れの言葉、それから今までの気持ちなどを短く伝え、一人、また一人と、その場を後にして行った。



 店の中に残ったのは、ユヒム、アーシェン、シャルティエ、リューズベルトの四人だ。

 シャルティエは許可証の仕様変更が終わっても帰ろうとはせずに残っていた。


「……シャルティエ」

「ルーリアも、どこかへ行っちゃうの?」


 目にいっぱいの涙を溜め、シャルティエは泣くのを必死に我慢している。


「それは、わたしにも分かりません。何がどうなっているのか。きっと、わたしが一番分かっていないんです」


 不安な気持ちを押し隠し、強がって微笑んで見せた。何が起こっているのか、これからどうなるのか。何も分からないし不安しかない。けど、シャルティエには余計な心配をかけたくない。たった一人の、大切な友達だから。


「……ねぇ、こんな時にそんな風に笑わないでよ。何が起きてるの? ルーリアは大丈夫なの?」


 ルーリアが口を開くよりも先に、ガインがその質問に答える。


「シャルティエ。もうすでに気付いていると思うが、俺たちは人族ではない。本来あるべき場所へ戻ることになった、ただそれだけの話だ。ルーリアは今まで通り、この森で安全に暮らしていく。だから心配はいらない」


 今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳を、シャルティエはガインに向けた。そんな言葉では誤魔化されないという強い目で、ガインを睨む。


「それはルーリアが望んでいることですか? それでルーリアは幸せになれるんですか?」


 当たり前のように流された会話に、ルーリアは目を見張った。シャルティエはルーリアが人族ではないと、とっくに見抜いていたのだ。


 ……自分の口から伝えられなかった。


 その苦い思いだけが、ルーリアの胸の奥に広がっていく。友達なら話しておくべきだったのに。


 ルーリアの望みと幸せ。

 これに答えるのはルーリア自身だ。


 エルシアとガインは恐らく神殿に戻るのだろう。そこにルーリアの居場所はないはずだ。

 二人がこの森にいる方が安全だと判断したのなら、そうするべきなのだと今なら分かる。


「シャルティエ、心配してくれてありがとう。わたしはお父さんとお母さん、二人に守られて今までこの森で過ごしてきました。いろいろあって本当に一緒にいられた時間は短かったけど、ここはわたしにとっても大切な場所なんです。だから、これからもここを守っていけるのなら、それだけでわたしは幸せなんです」


 これは自分の本心だ。

 今度は自然に微笑むことが出来た。


「……ルーリアのバカぁ。そんなの、幸せって言わないよ。本当はお父さんとお母さんと一緒にいたいくせに。もっと一緒にいて甘えたいくせに」


 ボロボロと大きな涙の粒をこぼし、素直に泣けないルーリアの代わりにシャルティエは泣いた。

 友達が自分のために泣いてくれている。

 それだけで、ルーリアは涙を堪えることが出来た。


「シャルティエ、泣かないで。学園に通っている間はシャルティエにも会えるし、預かっているミツバチだって今年はあともう一回、採蜜が残っているんですから」

「……学園には通えるの? 大丈夫なの?」


 シャルティエが涙で濡れた目で尋ねる。

 例え小さくても女の泣き顔が苦手なガインは「うっ……」と、小さく息を呑んだ。


「……あー。約束は出来ないが、ルーリアには出来るだけ好きな道を選んで欲しいと思っている。学園も危険がなければ卒園まで通わせるつもりだ。ミツバチの養蜂もルーリアに無理のない程度でなら、続けてもいいと考えている」


 すぐに退園となるのではないと知り、ルーリアとシャルティエはホッと息をつく。


「済まないが、シャルティエ。ここから先の話は……」


 外へ向けられたガインの視線を察し、シャルティエはすぐに転移の魔術具を取り出した。


「分かっています。ガインさん、エルシアさん、短い間でしたが、お世話になりました。ルーリア、また明日ね」

「はい、また明日」


 シャルティエが転移して帰るのを見送り、ガインとエルシア、ユヒムとアーシェンは、それぞれ別のテーブルに着いた。


「リューズベルトはここに座ってくれ」


 身の置き場に困った様子で立っていたリューズベルトを、ガインは自分の向かいの席に座らせた。

 ルーリアはユヒムの向かいの席で、その隣はフェルドラルだ。ここからが本当の意味での身内会議となるのだろう。


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