第251話 代わりに弓を連れてって


 ……うーん。


 リューズベルトが家にいるだけで違和感がすごい。それぞれの前にお茶を配って席に着いたけど、ルーリアは何となく落ち着かなかった。


「えっと、どうしてリューズベルトがここに? あれから神官様たちとどんな話があったんですか?」

「それについては一から説明する。まず、俺たちが学園に行った理由だが……」


 ガインとエルシアは神兵招集について、神やクインハートたちから見たり聞いたりした話を、ルーリアやユヒムたちに詳しく伝えた。

 詳しくとは言っても、ルーリアがいるから表現が抑えられた部分もある。だが、それでもそれはとても残酷な話で、ルーリアを震え上がらせるには十分な内容だった。


「リューズベルトも今回、一緒に討伐に参加することになっている。だからここに来てもらった」

「リューズベルトが討伐に参加って。相手は人なんですよね?」


 勇者が人に剣を向けるなんて。

 ルーリアは目を見張ってガインに尋ねたが、その答えはリューズベルトから返ってきた。


「オレはすでに一度、神兵招集を受けた経験がある。もちろん人相手にだ。だから何も問題はない」


 そう短く話し、リューズベルトは視線を落とす。その表情はどこか心苦しそうで、例え問題がなくても大丈夫そうには見えなかった。


「今回の招集はあくまで神殿の問題だ。リューズベルトには、巻き込まれた者たちがいた場合の人命救助と保護を頼みたいと思っている。前線に立つのは俺たちだけでいい」


 ガインはそれぞれの役割をざっくりと説明していくが、その中にルーリアの名前が出てくることはなかった。初めから関わらせない、頭数に入れる気すらないという気配が伝わってくる。

 敵は全部で71人で、その内エルフが15人もいるというのに。それに対して、こちらは神殿の騎士を入れても10人にも満たないなんて。どんなにガインとエルシアが強いと言っても、ルーリアは不安で堪らなくなった。


「お父さん、わたしも討伐に参──」

「駄目だ!!」


 有無を言わせない強い口調で、ガインはルーリアの言葉をばっさり斬り捨てる。反論は許さないといった鋭い視線による完全な拒絶。それは、ガインだけではなかった。


「ルーリア、それだけはお願い」


 ……お母さん。


「お前には無理だ。諦めろ」


 リューズベルト。


「ルーリアちゃんは私たちと一緒に待っていましょう?」

「前線に立つことだけが戦いじゃないよ。ルーリアちゃんはオレたちと一緒に後方から支援すればいい」

「まだ姫様に実戦は難しいかと」


 ユヒムさん、アーシェンさん。

 それにフェルドラルまで。


「…………フェルドラル……?」


 そうだ! と、ルーリアはひらめいた。


「フェルドラル、わたしの代わりにお父さんとお母さんに付いて行ってください。お願いします。二人を守ってください! お父さんもそれならいいですよね?」


 ルーリアはフェルドラルにしがみ付き、必死にお願いした。自分が付いて行けないのなら、その代わりを頼めばいい。


「姫様、それは……」


 ガインとエルシアは首を横に振った。

 ルーリアの守りのためにもフェルドラルは連れて行けない、と。だが、ルーリアもそう簡単には引き下がれなかった。

 二人に危険な目に遭って欲しくないのは、ルーリアも同じだ。ましてや二人は、これから敵地のど真ん中へ向かうことが決まっているのだから。


「お願いします。わたしはその間、この森から一歩も出ないで大人しくしていると約束しますから。言葉だけでは信用できないと言うのなら、ここに留める魔法でも魔術具でも何でも使ってもらって構いません」


 それで二人を少しでも危険から遠ざけることが出来るなら、ルーリアは二度と学園に行けなくなっても構わないと思った。


「だからお願いします、フェルドラル。何でも言うことを聞きますから!」

「……何でも」


 ふむ、と考えるような声が聞こえ、ルーリアが顔を上げると、フェルドラルは口の端を艶やかに上げていた。


「んふ。宜しいでしょう。その話、確かに承りましたわ」



  ◇◇◇◇



 芸軍祭、前夜祭の夜。


 魔族領ヴィルデスドールにある、竜人族の治める領地、ティスフェル。その領地内にそびえ立つ白亜の巨城、ドラグネスト。その一室。


 広い敷地に建てられた城にあるその部屋は高い位置にあり、バルコニーから下を覗けば、大樹と言われるエリオンを眼下に見る。

 眩しいほどの月明かりが窓から差し込み、床に敷かれた豪奢ごうしゃな絨毯に蒼白い光を落として濃い影を作る。

 バルコニーに続くガラス張りの扉は大きく開け放たれ、透けた布地のカーテンが風に吹かれそよいでいた。


 その部屋の片隅に、絢爛けんらんたる城に似つかわしくない質素な木製の机と椅子、それと古い書棚がある。

 どれも使用人の手で丁寧に清掃されてはいるが、どんなにお世辞を並べても物持ちが良いとしか言いようのない粗末な品だった。


 この城は外観だけが立派で、中は全てこんな粗末な家具しかないのか、というと決してそうではない。実際、この部屋で粗末な家具は、その三つのみであった。

 同じ部屋の中にある絨毯やクローゼット、大きな天蓋付きのベッドなどは豪華そのものだ。

 他にも、繊細な彫刻の施された机や椅子などもあったが、それらには使用された形跡はほとんどなかった。


 そんな広い部屋の片隅に場違いな家具は置かれている。光の当たらないような場所にある椅子に座り、机にうつ伏せとなって、この部屋の主であるセルギウスは目を閉じていた。


 眠ってはいない。

 少し前に外から戻り、バルコニーから部屋に入ってきて、そのまま身体を休めていた。


 薄く目を開けて身体を起こし、胸にしまっていた紙を一枚取り出す。神敵のリストだ。

 紙には隙間なく名前の列があり、所々に不自然な空白があった。


 ……あと残り四日か。


 午後のトーナメント戦に参加した後、セルギウスはすぐに魔族領に戻っていた。

 そして、つい先ほどこの部屋に戻ってくるまでの間、ずっと魔族領の領地の一つであるラベラムへと出向き、神敵のリストに載っている者を探していた。


 もちろん探すだけではない。

 リストから名前を消すことが目的だ。


 鬼角きかく族の治めるラベラムに行ってみて、初めて分かったこともあった。神兵として神から与えられた特殊能力により、神敵を見分ける『眼』を持ったということだ。

 神敵がいる方を向くと目の前が淡く光る。

 暗い洞窟の向こうに出口の明かりが見えるように、光に誘われるまま進むと神敵がいた。


 神敵となった者の身体は紫の油膜が張ったようなくすんだ色となり、おおよそ生きている者の色ではないように目に映る。まるで日が過ぎた死体が動いているような、そんな色合いだった。


 ……これが、死の女神の口付けか。


 何のためにこんな仕様となっているのかは不明だ。生きている者を手にかける罪悪感を減らすためかとも考えたが、あの神がそこまで神兵に気を遣うとも思えなかった。


 気配を消し、匂いを消し、存在を消し。

 リストに載っている者たちを次々とほふっていく。


 しかし狭い領地とはいえ、神敵が一箇所に固まっているはずもなく、慣れない土地で同じ所を何度も巡りながら見つけ次第、仕留めていった。

 返り血を浴び、全身が赤に染まろうとも感じることは何もない。……何も感じることが出来なかった。


 夜明けまでは、まだもう少しだけ時間がある。

 もう一度、神敵を探しに外へ出ようと立ち上がると、部屋の中に人の形をした気配が現れた。


「もう止めておいた方がいいわよ。あと少しで夜明けじゃない」


 足首までの長さのある、なめらかで温かそうなローブを身にまとい、その人物は天蓋付きのベッドに何の断りもなく腰を掛ける。


「……リリアローゼ。どうやって入ってきた?」


 セルギウスは部屋にいる時、人が入らないように魔術具を使用している。部屋に据え置かれているような簡素な物だから、それで人の侵入が完全に防げるとは思ってはいない。

 だが、それでも本人が部屋にいる時に、わざわざ入ってくる者がいるとは思っていなかった。


「普通に入ってきたわよ。扉が開いていたんだもの。ノックはしなかったけど」


 ペロッと赤い舌を出し、リリアローゼはからかうように笑う。バルコニーの扉を開けっ放しにしていたのはセルギウス本人だ。


「……こんな時間に何の用だ?」

「やぁねえ。夢魔であるワタクシに、夜に人の部屋を訪ねる理由を聞くの?」


 リリアローゼが艶やかに紅い瞳を向けても、セルギウスの表情は変わらない。ただ静かにリリアローゼを見据えるだけだ。


「……何でもいいから反応くらいしなさいよ。本当に失礼ね。どうせ眠れないでいるだろうから、寝かしつけてあげようかと思って、わざわざ来てあげたんじゃない。何なら子守歌でも歌ってあげましょうか?」

「そんなことは頼んでいない。帰ってくれ」


 つれなく言い放つセルギウスを見て、リリアローゼは笑みを深める。


「そんな風に言われると素直に帰りたくはなくなるわね」


 リリアローゼは赤い唇に笑みを浮かべたまま、身に着けていたローブを外して立ち上がった。

 毛皮の襟飾りの付いたローブが柔らかい音を立て床に落ちる。蒼白い月の光がリリアローゼの一糸まとわぬ姿を照らし出し、艶かしい曲線を露わにした。


「ふん、眉の一つでも動かして欲しいものね。……まぁ、いいわ」


 リリアローゼの裸体を見ても無表情だったセルギウスは、次に取ったリリアローゼの行動で表情を一変させる。


「ッ! 何をしている!?」

「まぁ、悔しいこと。あなたにそんな顔をさせるのは、やはりこの子なのね」


 リリアローゼは投票企画に参加した時の、大人のルーリアの姿となっていた。


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