第242話 飛び入り参加


 仲睦まじく並び立つガインとエルシアを交互に見て、満足そうにキースクリフが微笑んだ、その瞬間。

 目の前の空間が、ザックリとえぐり取られるように揺れた。


「ッ!」


 キースクリフは反射的にそれをかわしたが、続けざまにガインの回し蹴りが襲ってくる。


「っわっと! 危ないなぁ、何すんのさ!?」

「やかましい。避けるな!」


 んな、無茶な! と、キースクリフが不満顔で睨むと、ガインはなぜか良い笑顔となり、握り拳を作って指を鳴らした。


「……そういえばお前、前にエルシアの寝所に忍び込んだそうじゃないか? その辺りの話も詳しく聞かせてもらえるんだよなァ?」


 そう言ってガインは笑みを深める。


「はぁ? 寝所? エルシア様の? 何を言っているんだ、お前は。オレがそんなことする訳──」


 …………いや、待てよ。


 じんわりと背中に冷や汗が広がるのを感じながら、キースクリフは当時のことを思い出す。


 あ、したわ。


 神官の寝所に無断で入るなど、後にも先にも一度しかしたことがないから鮮明に覚えている。

 けど、あの部屋には誰もいなかったはずだ。


 あの夜、キースクリフは神殿内の見回り当番で、不審な影を見つけてそれを追っていた。

 ある部屋へ影が入って行ったため、慌てて自分も入ったが、すぐに何かの術のようなもので弾かれ、影は部屋の外へ逃げて行った。


 一応、チラリと部屋の中は見たが、誰もいなかったからキースクリフは影を追うことを優先して部屋を後にした。もし何かあれば後で説明すればいいと思っていたが、誰にも何も問われなかったため、今の今まですっかり忘れていた。


 ……え、まさか、あの部屋がエルシア様の寝所で、あの場に魔法か魔術具で姿を消したエルシア様がいたということか!? 嘘ん! オレ、死んだ!?


「ご、誤解だ、ガイン。オレはあの時、怪しい影を追っていて──」


 その時、背後からガインよりも冷たい視線がキースクリフに向けて飛んできた。いや、視線だけでなく、冷たい氷の塊が飛んできていた。


「ッ!!」


 氷塊はキースクリフの髪をかすめて運営本部のテントを突き破り、大きな穴を開ける。


「……キースクリフ。貴方、よりによってエルシア様に何てことを……」


 クインハートは信者と呼んでも過言ではないくらい、心の底からエルシアを慕っている。そんなクインハートに今の話を聞かれるのは致命的だった。


「はぅあッ!? ち、違います! 誤解ですッ!!」


 前門の虎、後門のエルフ。

 二人に挟まれたキースクリフは顔色を失くした。エルシアの視線も冷たい。本気で死ぬ。


「あのー、すみません。神様がお待ちですので、そろそろ出てきて頂いても宜しいでしょうか?」


 天の助けとは、まさにこのこと。

 外からの係の声にキースクリフは命拾いした。


視覚変化解除トゥージ・ミナ・ソート外界音断解除カーシャ・ヘルク


 クインハートが補助魔法を解除し、エルシアが「分かりました。すぐに参ります」と、係に声を返す。

 二人がすぐに外へ足を向けたため、「た、助かった」と、キースクリフはホッと息を吐いた。

 そのすぐ後ろから、チッとガインの盛大な舌打ちが聞こえてくる。


 ……オレ、何も悪いことしてないのに、ひどくない?


 久しぶりの再会だと言うのに、あんまりだ。

 キースクリフは泣きたくなるような、しょんぼりとした重い足取りで仕方なしにテントの外へ向かった。



 ◇◇◇◇



 舞台上にいた、学園から選出された参加者たちの紹介が、ひと通り終わった頃。

 飛び入り参加の者たちが、係に案内されて石舞台に上がってきた。


 何とか無事に終わったルーリアたちの紹介だが、参加者たちは全員どんよりと疲れ切った顔となっている。


 ルーリアの紹介の担当は、光の女神ライテだった。その紹介は詩的というか、物語的というか。

けがれを知らない無垢な心』とか、『その身を差し出すことをいとわない囚われの姫』とか。とにかく恥ずかしい言葉をズラズラッと並べられてしまった。

 思い出すだけで耳まで赤くなりそうだ。


 やらされた一発芸は舞台に両膝を突き、手の指を組んで祈るようなものだった。これは他の人よりは大人しめだったので、まだ良かったと思える。ただその時、何をどうしたいのかよく分からないけど、背中に真っ白な光の翼が生えていた。

 そして魔力がぐぐっと引き出され、それと引き換えに出来たと思われる光る羽根を闘技場中にバラ撒かれる。対戦でもない企画なのに、なぜか魔力をガッツリと使われてしまった。


 ……ライテ様、意外と容赦ない。


 前みたいに魔力不足で倒れたら困るから、早く蜂蜜で回復したいのに、これから飛び入り参加の人たちの紹介が始まるから、しばらくはこのままだ。


 そういえば、髪型を変えてドレスを着て化粧もしていたから気付かなかったけど、女性の参加者にはナキスルビアもいた。

 担当は水の女神の眷属である氷の女神、リンツェ。衣装は大人っぽい濃紺色のドレスだ。

 一発芸は、氷で出来た細い剣を次々と舞台の上空に投げ飛ばし、風魔法で粉砕して虹のアーチを作るという力技。とても綺麗だったけど、本人は驚いた顔をしていた。


 あと、ちょっと気になったと言えば、セルギウスの紹介だ。担当は闇の女神の眷属である運命の女神、シャーリーアスロット。


『この者の運命は常に闇と共にある。強き光がなければ、闇は決して生まれぬ。この者の心の深淵に立つ者は、この世の光と闇の深さを知るであろう』と、少し謎めいた言葉を残していた。いったい、どういう意味だろう?


 ちなみにセルギウスの一発芸は、空に向かって伸ばした両手から黒い光陣を浮かび上がらせ、黒い花びらを無数に舞い散らせるという華美なものだった。見事なまでに黒ずくめだ。

 舞い降りてくる黒い花びらを手にしようとしても、燃えるように儚く消えてしまう。

 触れたくても触れられないというところで、観戦席にいた女性たちを、うっとりさせていたようだった。


 学園からの参加者は、男女それぞれ15名ずつの計30名。ここに飛び入り参加の男女各5名、計10名が加わる。全部で40名だ。


 エルシアとクインハートが並んでテントから出てきた様子から、中で何か話し合いがあったのだとルーリアは察した。

 しかし、ガインの不機嫌そうな顔とキースクリフの顔色が悪いことから、良くない話があったのではないかと心配している。


『じゃあ、続いて飛び入り参加の人たちを紹介するよ。同じく男性からだ。エントリーナンバー31番』

『はいは~い。彼の担当はワタクシ、雷の女神キルギドで~す』


 ガインが飛び入り参加の最初だった。

 ノリの良い口調の、風の女神の眷属である雷の女神、キルギドが担当らしい。


『この者は数奇な運命の元に生まれた、愛を守るために戦う旅人ね。長い長い旅の中、愛する者を守るためなら、その身がどんなに傷ついても構わない。そんな熱い想いを胸に秘めているわ』


 すぐさまガインは『は?』といった顔になった。キルギドもかなりの物語仕立てだ。


『そんな彼に似合うのは、時に安らぎを与えてくれる深い森色の戦闘服ね。愛する者にその身を捧げて戦い続けるなんて素敵だわ。女性なら、誰でも一度はその一途な瞳に見つめられたいんじゃないかしら?』


 きゃあぁぁ~~っ! と、観戦席から女性たちの声が上がる。リューズベルトの時とは、また違った感じの歓声だ。


 そんな中、ガインが一歩前に出て右手を高く上げた。『なッ!?』といった顔をしていることから、女神に動かされているのだと分かる。

 その掲げた手に紫色の雷で大きな輪を作ると、それを観戦席に向けて思い切り横回転で飛ばした。

 空気を切り裂く音を立て、観戦席の上を一周すると、雷は大きな破裂音を響かせて散って消える。


 ものすごく派手な演出だ。

 本人も観客もポカンと口を開けている。

 呆気に取られた顔のガインを放置して、神の声は次へと移った。


『じゃあ、エントリーナンバー32番』

『彼の担当はわたし、海の女神メーアラウトです』


 次はキースクリフの番だ。

 担当は水の女神の眷属となる。


『この者は遥か高みをのぞみ、求める者。強さを求め、真実を求め、愛を求める』


 何だそれ!? キースクリフはそう叫びたいような顔をしている。

 深い海に例えた詩的な紹介が終わると、観戦席からは「いやぁん、素敵~!」「溺れたい~!」といった弾んだ声に混ざり、「こんの浮気者ぉー!」「女の敵ー!」といった声も聞こえてきた。……声援、なのだろうか。


 そんなキースクリフの一発芸は、両手の平を上に向け、切なげにたたずんでいるような姿だった。

 何だろう? と思って見ていると、その腕に横抱きの形で下半身が魚、上半身が女性という水の精霊が現れる。身体は青白く、薄く透けている。観戦席からは「人魚だ!」という声が上がった。

 水の精霊はキースクリフに淡く微笑み、その手を離れて観戦席を優雅に泳ぐように一周し、幻のように消えていく。


 ……す、すごい。


 ルーリアは初めて精霊を目にした。

 たぶん、キースクリフは精霊使いなのだろう。

 その気配は人のものとはまるで違っていて、何というか、言葉が通じる相手には見えなかった。ちょっとだけフェルドラルに似ている気がする。


 その後、飛び入り参加者の紹介は男性から女性へと移り、心配だったエルシアとクインハートは、一発芸の魔法演出が派手だったことを除けば特に問題もなく、割とすんなりと終了した。


 そして、飛び入り参加の最後の女性の紹介となった時、誰も想像していなかった出来事が起こる。

 その最後の女性が紹介されている最中に参加者の列から外れ、つかつかとセルギウスの前まで進み、いきなり頬にキスをしたのだ。


 突然のことで呆然とするセルギウスの頬には、くっきりと真っ赤な口紅の跡が付いていた。

 観戦席からは悲鳴に似た女性たちの声が上がり、セルギウスは驚きと共に冷たい視線を目の前の女性へ向ける。


「……なぜいる」


 頬に付いた口紅をセルギウスが乱暴に手の甲で拭うと、それは血の痕のように広がった。


「あなたともあろう者が、不意に近付く者に無警戒だなんて信じられませんわ。ワタクシが自分の婚約者の様子を見に来たとして、それに何か不都合でも?」


 …………えっ、婚約者? セルギウスの?


 女性は艶やかな光を宿した紅い瞳で、セルギウスの深緑の瞳をじっと見つめた。


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