第243話 荒れるコンテスト


『──っと、これは思わぬ展開』

『んっふふ。さすが我の見込んだ者よ。やりおる』


 神と、その女性を担当している闇の女神シルヴァが楽しそうな声を上げる。


 セルギウスの婚約者と名乗った女性は、上から下に向けて真紅から黒へと変わる、透けるような薄布のロングドレスを身にまとっていた。

 ヒールの高い黒の靴を履き、手にはドレスと同じ色の長手袋をはめ、首と耳には瞳の色と同じ紅い宝石の装飾品を着けている。


 ……わぁ、大人っぽい綺麗な人。


 サラッと揺れる毛先を巻いた長い髪は赤み掛かった金色で、宝石のように煌めく紅い瞳が印象的だ。


 微笑みを絶やさない真っ赤な唇。

 ほとんどの男性の視線を釘付けにしている、ドレスからこぼれ落ちそうな豊かな胸。

 色白な肌に、細くくびれた腰。

 そこからなだらかに続く脚線美。


「……貴女は私の婚約者ではない。義兄上あにうえの婚約者だろう」


 困っているというより苛立っているように見えるセルギウスは、頬に付いた赤い跡を指先から出した水魔法で消し去った。


「あら、ワタクシはそちらの家のどなたかと婚約することが決まっているだけで、まだどなたとは具体的に決まっていないわ。だから今はまだ、あなたもワタクシの婚約者の内の一人ということになるのだけれど?」


 これ以上は付き合っていられないといった風にセルギウスは軽く手を振り、「世迷い言を」と言い捨てる。けっこう冷たくあしらわれているのに、その女性は気にした様子もなく、艶やかに微笑んで舞台に立ち並ぶ参加者を端から端まで見渡している。


「ふぅん。今年はやけに質が良いのね。美味しそうな者がそろってるじゃない」


 吊り上げた赤い唇の端に小さな白い牙を覗かせ、女性は妖しく目を光らせる。

 そして女性は、今度はリューズベルトの前に立った。


「ふ~ん、これが勇者ねぇ。顔は良いけど、まだお子様ね」


 その言葉を耳にしたリューズベルトは、ピキッと音が聞こえるくらい不機嫌そうな顔となり、目付きを鋭くさせた。どう見ても本音だだ漏れモードの顔だ。


「……セル。こいつ、殴ってもいいか?」


 爽やかな笑顔の勇者がとんでもないことを言い出した。


「ダ、ダメですよっ! 落ち着いてください!」


 公衆の面前で勇者が女性に暴力だなんて、ダメに決まっている。ルーリアは思わず飛び出して、リューズベルトと女性の間に立った。


 すると。


「まぁっ、可愛らしい! なんでこんな小さい子がここにいるの? あなた、ワタクシ好みだわ!」

「……えっ?」


 まるで本体の姿が見えているような女性の口ぶりにびっくりする。呆気に取られたルーリアは女性に腕を掴まれ、そのままギュ厶ッと大きな胸に顔を押しつけられてしまう。細い腕に似合わず、思わぬ腕力だ。そして苦しい。


 ……い、息が、出来な……っ!


「おい、苦しんでいるだろ! 離せ!」


 どうにか抜け出そうとジタバタしていたルーリアを女性の胸から引き剥がし、ガインは自分の背後に庇った。エルシアもすぐに側に来て、フラフラしているルーリアの身体を倒れないように支える。


「あらまぁ、ごめんなさい。可愛かったから、つい。……それにしても貴方、なかなか良いオトコね」


 後ろに気を取られているガインに顔を寄せたかと思うと、女性はチュッと音を立て頬に真っ赤な口紅の跡を付けた。


「……な」

「!!」


 その瞬間、エルシアの無詠唱魔法が問答無用で女性を襲った。無数の風の刃が女性に向かって集約していく。


「消え去りなさい!!」


 真の天災の降臨に、その場の誰もが息を呑んだ。氷さえ凍らせ、砕き散らしてしまいそうな冷え切ったエルシアの瞳に、理性の二文字はない。


「アハッ。なぁに? ワタクシと遊びたいの?」


 女性も魔法には長けているようで、瞬く間に石舞台の上は戦場と化した。


 ……ひ、ひいぃぃっっ!


 慌てて飛び交う二人の攻撃魔法から避難しようとすると、シュトラ・ヴァシーリエの時と同じ透明な防御壁が石舞台を覆っていく。ルーリアは逃げ遅れる形で中に閉じ込められてしまった。


「えぇっ!? な、なんで!?」

『ふむ、軍部の教師の仕業か』

『あー、観戦席から死者を出す訳にはいかないからねぇ』


 トーナメント戦仕様のシュトラ・ヴァシーリエは音声が流れないようにも出来るらしい。

 明らかに戦闘向けではない参加者は、軍部の教師たちの手によって先に石舞台から下ろされたようだが、それ以外の参加者は取り残され、巻き込まれてしまっている。


 ……ひ、ひど過ぎるんですけど!?


 攻撃で攻撃を打ち消すような激しい魔法の巻き添えを食わないよう、ルーリアは石舞台の端にうずくまって小さく防御魔法を張る。


 観戦席からは「いいぞー!」「もっとやれー!」などと無責任な声が上がっていた。

 これ、何の企画でしたっけ? と、突っ込みたい。


 巻き込まれた他の参加者たちも、それぞれに防御魔法を張り、華やかなドレス姿で戦う二人の成り行きを見守っていた。


『う~ん、どうしようかな?』


 なかなか終わりそうにない戦闘に、神の悩ましげな声が聞こえてくる。


『我好みの舞台ではあるが、主旨がズレ過ぎであろう。レイス、其方はあちらの者を止めよ』

『は~い』


 紹介を担当した女神たちの声が聞こえると、エルシアと女性の動きはピタッと止まった。一発芸の時のように、身体の動きを強制的に操られたようだ。


「はあぁぁぁ~~~……」


 肩にあった重い荷物を下ろしたかのように、参加者たちからは一斉に大きなため息が聞こえてきた。


『じゃあ、これで美男美女コンテストの参加者の紹介は終わりにするよ。投票の受付は明日の昼までだから、みんなよろしくねー』


 半ば強引に締めくくられた投票企画は、一人のケガ人も出さず、どうにか無事(?)に終了となった。



 ◇◇◇◇



 そして、その後の舞台裏。


 着替えが終わっても、エルシアはまだまだ怒りが冷めやらぬ、といった状態だった。

 運営本部のテントから少し離れた場所で、セルギウスに詰め寄っている。


「あの者は貴方の婚約者なのでしょう? 今すぐここへ連れてきてください。大切な話があります」


 大切な話とか言っているが、どう見ても言葉を使わない会話を望んでいるようにしか見えない。


「……いや、だから婚約者という訳では……」


 今この場にいるのは、ガイン、エルシア、リューズベルト、セルギウス、ルーリアの五人だ。

 それぞれの関係性というか、きちんと自己紹介もしていない互いの認識が混沌とし過ぎていて、セルギウスは困り果てた顔をエルシアに向けることしか出来ない。


 リューズベルトは誰にどう声をかけていいか分からない顔となり、ガインはエルシアをなだめ切れずに疲れた顔となっている。

 一応、知り合いみたいだから完全に無関係とは言えないかも知れないけど、セルギウスはどう見ても、とばっちりを受けただけの被害者だ。


「……あの、ちょっといいですか?」


 リューズベルトがエルシアをなだめてくれている隙に、ルーリアは小声でセルギウスに話しかけた。


「あの女の人は帰ったんですか?」

「いや、まだ学園にいるはずだ」


 何の目的で学園に来たのかは分からないそうだけど、今はあの女性にラスを付き添わせ、こちらには近付かないようにしてくれているらしい。この後もエルシアには近付けないようにすると聞いて、ルーリアは胸を撫で下ろした。それだけ分かれば十分だ。


「お母さん。あの、あまり無理を言ってみんなを困らせないでください。あの人ももう帰ったと思いますよ?」

「……ですが」


 焼きもち焼きのエルシアは、なかなか怒りを収めてくれない。こうなったら、された本人に頑張ってもらうしかないだろう。ルーリアはガインに強く目配せをした。


(早く何とかしてください!)

(俺がか!?)

(他に誰がいると言うんですか!?)


 そんな無言のやり取りの後、ガインは渋々といった感じで口を開いた。


「……あー、もうそろそろ落ち着いたらどうだ? あれだけ魔法で攻撃したんだ。もういいだろう?」

「では、私が同じことを目の前でされたとして、決して怒らないと言えますか?」


 ガインは押し黙った。その質問はまずい。


「………………絶対に息の根を止める」


 ですよね。


 ガインはあっさりとエルシア側に寝返った。

 と、そこへ。


「あ、いたいた。場所を作ったから呼びに来たんだけど……って、何? 取り込み中?」


 ちょうど良いタイミングでキースクリフが来てくれた。何のために呼びに来たのかは知らないけど、このまま二人を押しつけたいと思う。


「呼ばれているのでしたら行ってください。何か大切な話があるんじゃないんですか?」


 大切な話じゃなくてもお願いします。と、二人の背中を押す。


「あ、あぁ。そうだな。行くぞ」


 エルシアはまだ何か言いたそうにしていたけど、ガインが背中に手を回して少しだけ強引に連れて行ってくれた。


 ……ふぅ。これでひとまず、ひと安心。


 その場に残ったルーリアとリューズベルトとセルギウスは、どっと疲れた顔を見合わせ、大きく息を吐いた。


「……あれが素のエーシャか」

「あの女性がルリの母親でいいのか?」

「はい。今のが、わたしの両親です。……その、いろいろとすみません」


 三人で何とも言えない微妙な顔をしていると、そこにルーリアを迎えに来たクレイドルが顔を出した。


「……えーっと。この状況って、どんなだ?」


 クレイドルは少し前に来ていたけど、声をかけてもいいのか様子を見ていたらしい。

 コンテストも一部始終を見ていたそうなので、簡単に裏であった話をしておいた。


「ああ、なるほどな。あれがルリの母親だったのか。道理で……」


 そこまで言って、クレイドルは口を噤んだ。


「……道理で、何ですか?」

「いや、何でも。……ほら、見た目が似てるなと思って」

「……なんか誤魔化しましたね? ちょっと引っかかるんですけど?」


 むぅっと頬を膨らませると、少しだけ困ったような顔で微笑まれてしまった。


「ところで、レイドは何をしに来たんだ?」


 一瞬だけセルギウスに気遣うような視線を向け、リューズベルトが尋ねる。


「オレはルリを迎えに来た。このあと一緒に演奏会に行く約束をしてたからな」

「……そうか。その姿で連れて行くのか?」

「ああ、そのつもりだ。そうしないと舞台にいる奏者の姿がよく見えないだろうからな」

「なら、気をつけろよ。その姿のルリを連れて歩くと目立つだろうからな」

「分かった」


 目立つと言われ、ルーリアは自分の服を見下ろした。灰色の地味な服で、フードも被っているというのに……なぜ?


「あ、セルは午後からトーナメント戦ですよね? 頑張ってください」

「ああ、ありがとう」


 とにかく、これで後は演奏会を楽しむだけとなった。


 ……うぅっ、今からドキドキする。


 リューズベルトたちと別れ、ルーリアはクレイドルと一緒に闘技場の外へ出た。


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