第13章・芸軍祭

第235話 芸軍祭の準備


「ルリ、忙しそうなとこ悪い。コタツが出来上がったから、それを伝えに来た。いつでもいいから好きな時に受け取りに来てくれ」


 木工学科のラウディが、そうルーリアに声をかけてきたのは、芸軍祭を二日後に控え、学園中がせわしなく準備に追われている最中だった。


 今の学園は、どこもかしこも芸軍祭一色だ。

 祭りは三日間にわたって行われ、一日目を『前夜祭』、二日目を『本祭』、最終日を『後夜祭』と呼ぶ。明るい時間帯に行う祭りなのに、どうして呼び名に『夜』と付くのか謎ではあるが。


 闘技場は数日前から使用禁止となっていて、放課後の部活も祭りが終わるまでは休止となっている。軍部の生徒たちでも、この期間中は闘技場を使用できず、その間の授業は住部に隣接する広大な森の中で行われていた。


 その森では現在、野戦訓練と称した小隊規模の戦闘が生徒同士で繰り広げられ、教師陣が敵役として戦闘に参加することもあり、不意打ちや奇襲、地形戦略を想定した授業を行っているらしい。

 そのため、その近辺はとてつもなく危険な無法地帯と化していて、死傷者が出ないように軍部以外の生徒は近付かないように言われている。というか、言われなくても誰も近付かないだろう。


 情報学科にも顔を出さなければならないエルバーは、「まだ死にたくない!!」と悲鳴を上げ、いい笑顔のリュッカに見送られているという。

 最近はみんなに会うこともないから、人伝てに聞いた話ばかりだ。


「わざわざ知らせに来てくれてありがとうございます。……けど、すみません。ちょっとすぐには手が離せなくて。今日はまだしばらく学園にいますか?」


 ルーリアは放課後の菓子学科の調理室で、模擬店用の菓子作りをしているところだった。

 ラウディは今から大ホールに向かうそうで、そのついでに足を運んでくれたらしい。


「これから芸部の舞台制作の手伝いに行くところだ。日がないってのに、大道具の手が足りないんだとよ。そっちにいるから、来たら声をかけてくれ」

「分かりました。木工学科の人たちは、あちこちから声がかかって大変みたいですね。あとで寄らせてもらいます」

「おう。じゃ、また後でな」


 仕事道具が入った革袋を肩に引っかけたラウディに手を振り、ルーリアも菓子作りに戻る。


 ……さぁて、わたしも急がなくっちゃ。


 いろいろ悩んだけど、外側の皮に薄く伸ばしたクッキー生地を重ね、薄切りにした木の実を乗せて香ばしく焼き上げたシュークリームを作ることにした。

 見た目も秋らしく、外側がサクサクで中に濃厚でなめらかなクリームがたっぷり詰まっている。もちろんロモアの種入りだ。


 今回はこれを2千個作らなければいけない。

 シャルティエは割と早い時期にどんなシュークリームを作るか決めていたから、もう全部作り終わってグレイスに預けてあるそうだ。今は料理学科へ手伝いに行っている。

 ルーリアは千7百個までは何とか作り終わり、今日と明日で数がそろう予定だ。時間がないから、今回は魔法を使いまくりである。


 と、そんな時。


『学園の生徒のみんなー。連日の祭りの準備、お疲れ様ー』


 突然、神の声が響いてきた。

 自分も含め、その場にいた全員が動きを止める。誰もが息を呑んで、声の続きを待った。


『今日はみんなに祭りの企画の一つについて、お願いがあって声をかけたんだけど、何の話か分かるかな?』


 ……ひいぃっ! もしかして、来た!?


 企画と言われて話の内容に予想がついてしまい、思わず心の中で身震いする。

 パタパタと羽音がしたかと思うと、金色の羽を持つ小鳥が一羽、壁をすり抜けるように調理室の中に入ってきた。小鳥は神々しい光を放っていて、神の遣いであることは誰の目にも明らかだ。


「わゎっ!」


 小鳥は迷いなくルーリアの手に止まり、その姿を一通の手紙に変えていった。


 ……ひ、ひえぇぇぇ~~!


 こんな目に見える形で来られてしまったら、もう逃げられない。ルーリアは複雑な思いで手紙に視線を落とした。


 …………う、受け取っちゃった。


『今、手元に手紙が届いた人は、よく読んでおいてね。じゃ、よろしくー』


 一方的に用件だけ伝え、神の声の気配は消えた。手元に残った手紙に軽く絶望感が押し寄せる。

 見ない訳にもいかないから、上品な金色の手紙を開いて中に目を向けた。最初にあった『呼び出し状』の文字に心が折れそうになる。


『芸軍祭の美男美女コンテストについて。この手紙を受け取った人は強制参加だよ。詳しい説明は当日に係がするから、時間になったら必ず来るように。必ず、だよ。来なかったら……』


 来なかったら、なに──!?


 文章はそこで途切れていた。

 まさかの神からの強迫状だった。


 ……わ、わぁい、やったね。…………はぁ。


 手紙には当日の集合場所や時間も書かれていた。それによると企画自体は前夜祭の午後にあり、投票が行われるのは本祭のようだ。

 参加者は身一つで行けばいいようで、自分で用意する物は特にないらしい。

 とは言え、ルーリアの場合は大人の姿での呼び出しだろうから、今の姿のままで行く訳にはいかない。


 若返りの薬を飲んだところで効き目は15分くらいしかないから、ルーリアはエルシアに魔術具の作製を依頼していた。

 それは若返りの薬と変身の魔術具を元にした物で、今日辺りには完成すると言われている。帰ったら忘れずに確認しなければ。


 その後、予定していたの分のシュークリームを作り終えたルーリアは、ラウディのいる大ホールへ向かった。ここへ来るのは久しぶりだ。

 中に入ると、そこには大勢の人がいて、それぞれの学科に分かれて準備をしているようだった。


 楽器を奏でている人、歌を歌っている人、金づちで釘を打つ人、ノコギリで板を切っている人、飾りつけをする人、大きな声で打ち合わせをしている人。ホールの中は様々な音で溢れ返り、とても賑やかだ。


 手に紙束を持った人たちが声を張り上げ、会話の読み合いをしている。自分ではない他人の言葉を、自分のことのように口にしている様子が何とも言えず不思議だった。あれが演劇というものだろうか。


 ……あ、いました。


 その人たちから少し離れた奥の、舞台裏近くにラウディの姿を見つける。


「ラウディ、終わったので来ました」

「あぁ、ルリか。ちょっとだけ待っててくれ。ここまで釘を打っちまうから」


 うろうろすると危ないから観覧席の方で待つように言われ、ちょこんと座る。これだけ広いホールの中で、何もしないで座っているのは自分だけだ。周りの人たちが慌ただしく動き回っているから、自分だけ時の流れが違うように感じられた。


 トントントンとか、ギーギーギーとか。

 物を作っている音と、それぞれの道具や楽器から流れてくる音。何を言っているのか聞き取れないくらいに混ざり合った大勢の人の声。それらが一つになって織り成す不思議な音色に耳を傾ける。


 ……わたしはまだ、この音に混ざれない。


 学園に通い初めて約7か月。

 たくさんの人たちと同じ場所にいても、そこには自分の居場所がないと痛感する。

 無性に寂しくて、切なくなった。

 それでも今はまだ、この音が聞けるだけでも幸せなのだと自分に言い聞かせる。


「悪い、待たせたな」

「……いいえ」


 急いで片付けてきてくれたラウディに笑顔で応え、騒がしい大ホールを出た。

 木工学科の学舎へ行き、コタツを受け取る。


「わぁっ、すごい綺麗!」


 コタツのテーブルの側面には、鳥の羽根などの模様が繊細に彫刻されていた。表面は丁寧に磨き上げられ、なめらかな手触りが気持ち良い。

 完成したコタツは思わず頬ずりしたくなるような仕上がりとなっていた。どこを触ってもすべすべだ。魔石に魔力を流せば、ちゃんと温かくなる。


「どうだ? これでいいか?」

「はい。予想以上にすごいです! ありがとうございます」


 どんな掛け布にしようか考えるだけで、冬が待ち遠しくなる。せっかくだから新しく用意した方がいいだろうか。

 受け取ったコタツはフェルドラルに運んでもらい、家に帰った。



「お母さん、ただいま戻りました」

「あら、もうそんな時間? お帰りなさい、ルーリア」


 自分の部屋に荷物を置いて着替えてから、ガインの部屋にいるエルシアに声をかける。

 コタツは一旦、物置にしまっておいた。


「今日、ついに神様からお声がかかってしまいました。お願いしていた魔術具はどうなりましたか?」

「出来ていますよ。ドーウェンの耳飾りと合わせて使うことも出来るようにしてあります」


 ……頼んでおいてなんですけど、何でそんなにあっさり作れるのだろう?

 そんな疑問はさておき、魔術具の説明をしてもらう。


「ドーウェンの耳飾りと合わせてってことは、耳飾りを外せばハーフエルフの姿でも大人になれるってことですか?」

「ええ、そうです。ただ、やはり魔術具ですので、本人には変身後の姿を見ることは出来ません」


 どうしても鏡には映らないのです、とエルシアは頬に手を当て残念そうに言った。

 薬で変えた姿は鏡に映るが、魔術具で変えた姿はどうしても元の姿しか映らないらしい。


「人の目に映る姿が大人のものであれば、わたしはそれで十分です。ありがとうございます、お母さん」

「指輪型ですから、外した時は失くさないように気をつけるのですよ」

「はい」


 差し出された手から、黒に淡い虹色を重ねたような宝玉の指輪を受け取り、さっそく着けてみる。指輪が縮んで指にピッタリはまると、全身の感覚がみょんと引き伸ばされたような気がした。

 目線が高くなり、手足の感覚が若返りの薬を飲んだ時と同じように大人のものになっている。


「どうですか? ちゃんと大人に見えますか?」


 理衣祭の時に練習したように、上品な仕草でくるりと回って見せる。

 娘の成長した姿を初めて目にしたエルシアは軽く目を見張り、頭の上から足元まで、ルーリアをじっくりと眺めた。


「……自分に似ている、というのは親子ですから分かっているのですが、少し不思議な気持ちになりますね。瞳や髪の色が違いますから、ガインがエルフの女の子になったように見えると言いますか……」

「……あの、お母さん?」


 あまり驚いているようには見えないけど、少し混乱しているのだろうか? 何を言っているのかよく分からない。


「んー、お父さんが女の子というのは、ちょっとどうかと。服はどう見えていますか?」


 自分の目には大人の服を着ているように見えている。他の人にはどう見えているのだろう?


「ちゃんと体型に合った物に見えていますよ。もし大人用の服を着るのでしたら、指輪を先に着けてください」

「分かりました。着替える手間がなくて便利ですね」


 薬を飲んで大人の姿になった時は、服の着替えが地味に面倒だった。


「声も姿に応じたものになっています。とりあえず確認した限りでは魔術具に不備はないようですね。安心しました」

「急なお願いだったのに、ここまでしっかりした物を作ってもらってありがとうございます」


 これなら企画に参加したとしても、時間を気にしなくて済む。悩みが一つ消えてホッとしていると、一階から扉の開閉音が聞こえてきた。ガインが外から帰ってきたようだ。


「お父さん、お帰りなさい」


 ガインを驚かせようと思い、ルーリアは指輪を着けたまま階段を下りて行った。


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