第201話 それぞれ掴んだ糸口


「実は……」


 相談があると言うから話を聞くと、裁判であったことをルーリアは悩んでいた。

 薬を飲んだ後の、成長した姿のことをなぜセルが知っていたのか。神妙な顔で話すルーリアに、クレイドルはつい眉間にシワを寄せ、こめかみを押さえた。


「…………」


 不安にさせるなと言っていた本人が怖がらせてどうする!?


「シルトとマティーナとレイド以外で、そのことを知っている人はいないはずなんですけど……」

「えっ、と……セルから説明とかは?」

「いいえ、何も」


 困った顔で首を振るルーリアを見て、何をやっているんだ!? と、ここにいないセルギウスに向かって叫びたくなった。

 まぁでも、セルギウスなりに守ろうと頑張った結果がこれなのだろう。しっかりしているように見えて、かなり抜けているが。


 とりあえず、不安そうな表情を浮かべているルーリアをどうにかしなければ。そう思ったところで、ある物が目についた。


「ルリは前に、セルからお守りを受け取っていたよな?」

「はい。……あっ」


 こちらの言おうとしていることに気付いたルーリアは、自分の腰にある小さな黒い珠のお守りに驚きの目を向けた。


「もしかして、これで?」

「たぶん、そうだろうな」


 裁判の時も、このカバンは魔法で消して身に着けていたらしい。


「ああ~、なるほど。このお守りはセルの手作りだって言っていましたから」


 これがあったから、セルは大人の姿でも自分だと分かったのだろう、とルーリアは勝手に納得していた。


「若返りの薬も、元は理部の販売品ですから。セルが知っていてもおかしくないですよね」

「まぁ、そうだな」

「でも、どうしてセルはシルトたちに代わって裁判を起こしたんでしょう?」

「それは裁判学科で、ルリが教材にされそうになっていることを知ったからじゃないか?」


 セルギウスはリューズベルトたちと同じように、学園から特待扱いを受けている。裁判学科に顔を出していても、何ら不思議ではない。

 教師のエルフを知っていたのも、そのためだろうと話してやると、ルーリアの表情は晴れやかとなった。ほとんど作り話だが、信じてくれたようだ。素直で助かる。

 ついでに、ルーリアがセルギウスを怖いと感じた理由については、普段、物静かな人物が怒ると怖さが倍増する、という話を聞かせておいた。


「そういうことだったんですね。ありがとうございます、レイド。お蔭ですっきりしました」

「いや、礼を言われるようなことじゃない」


 どうでもいいが、ここまで何の疑いも持たないルーリアの方に若干の不安を覚える。

 それに、あとでセルギウスにも同じ話をするのかと思うと、ため息が漏れた。面倒だ。


 ……邪竜が誕生するまで、か。


 それが無事に済めば、ルーリアは一人だけ周りから取り残されることもなくなる。

 余計なことは考えずに、今はそのために動こうと思った。


「じゃあ、ラピスの練習を始めるか」

「はい。よろしくお願いします」


 星空の下で、たまに酒を飲みながら音を楽しむ。

 ルーリアと過ごすこの時間は、自分にとって最高の癒しだ。故郷を出てから、初めて安らぎを感じることが出来た。


 ……ルーリアを失いたくない。


 邪竜にも、セルギウスにも。何者にも渡したくない。ずっとこうして隣にいられたら、それだけで……。



 練習が終わった後はルーリアを門まで送り、闘技場に戻ってからセルギウスに今回の話を聞かせた。


「裁判のことは、どう説明したものかと迷っていた。済まない、レイド。助かった」


 真剣な顔で話を聞くセルギウスは、どこかルーリアと重なって見える。もしルーリアが男だったら、こんな感じなのかも知れないな。と、仕様もないことが頭をよぎった。


「そういう訳だから、ルリに何か聞かれたら、こっちに話を合わせておいてくれ」

「了承した」


 堅いというか、古くさいというか。そんな話し方のせいで落ち着いた大人のように見ていたが、セルギウスは案外まだ経験が浅いのかも知れない。見た目は16、7といったところだが、かなり世間知らずのようでもある。


 争いの絶えない魔族領の中で、軍事力や経済力、あらゆる面で最強と言われている領地・ティスフェル。そこの竜人族である領主の養子となっているセルギウス・ヒューズベルとは、どういった人物なのか。

 邪竜が誕生するまでには、そこも見極めなければならないだろう。



 ◇◇◇◇



「やっと見つけましたぁ~~!」


 ルーリアは自分の部屋の机の上で、エルシアの工房から引っ張り出してきた本の山に埋もれていた。

 先日、毒に詳しいシェーラから教えてもらった解毒草のリュゼとナーユ。調べたところ、どちらも手に入りにくい希少種だということが分かった。


 生息地は、森林などの日陰。

 暑さや寒さに強く、割と丈夫だが人族と魔族が触れると枯れてしまうらしい。栽培は、それ以外の種族の者であれば可能とのこと。

 ただし絶滅寸前で、自生ではごくごく稀に存在する程度だそうだ。理部の図書館の本には、人族の国では絶滅したと言われている、と書かれていた。


 解毒草としての品質は最高級で、この二種から作られる解毒薬は、効能が非常に優れているらしい。

 本にはそう書かれているが、実際に試してみないことには、どこまで解毒できるのか分からない。

 欲しいのはリンチペックの毒に有効な解毒薬だから、どんなに効能が優れていても、そこに使えなければ意味はない。


 植物などの入手については、ユヒムよりもアーシェンの方が詳しいと聞いている。

 さっそく手紙を送ると、調べるから少し時間が欲しい、との返事。数日後、妖精の国であるサンキシュであれば入手可能、との知らせがあった。


 何かの容器に入れ、直に触れないようにしたとしても、人族と魔族の者が手にすると枯れてしまうらしい。地味に繊細な植物だ。

 人族であるユヒムやアーシェンに解毒草を運ぶことは頼めない。この家まで運ぶなら、その手段を考える必要があった。


 さて、どうしよう?

 自分はサンキシュに行ったことがない。

 ガインとエルシアは行けるだろうけど、毒の研究をしていることは内緒だ。


 ……うーん。


 誰かいないだろうか。妖精の国に行ける誰か。


 ……んん?……妖、精?


 ルーリアはベッドの上に目を向けた。

 そこにいるのは、ふわふわの銀色の毛並みに、耳と手足としっぽが濃い暗灰色の可愛い猫……じゃなくて、猫妖精ケット・シー

 ぬくぬくと丸まって寝ている。


 セフェルなら、元はサンキシュに住んでいたし、一人でも魔術具を使って転移できる。

 適任なのでは? と思いかけたけど、セフェル一人に任せられるだろうか?


 ごろんとひっくり返ってお腹を見せるセフェルを撫でると、さらっとした毛並みで手触りが良い。ちょっとだけなら……と、もふもふに手を伸ばした。


「………………ハッ!」


 危ない。手触りが良すぎて、危うく目的を忘れるところだった。もふってる場合じゃない。


「セフェル、ちょっといいですか?」


 わしゃわしゃと揺さぶっても、ぐっすり眠っているセフェルから返事はない。

 無理やり起こすのは可哀想かな、と思っていると、幼い姿のフェルドラルがセフェルの耳元に顔を寄せた。


「んふ。セフェル、姫様のお声を無視するとは、良い度胸ですね」

「ふにゃっ!?」


 セフェルは冷水をかけられたように飛び起き、耳としっぽをピンッとさせ、フェルドラルに向かって敬礼の姿勢を取った。

 気持ち良さそうに眠っていたのに、なんて容赦のない。


「セフェル、起こしてしまってごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「にゃにゃ?」

「セフェルは一人でサンキシュに転移することは出来ますか?」

「にゃ! 出っ来る!」


 キラリと緑色の瞳を輝かせ、セフェルは手を上げて自信たっぷりに答えた。これは頼もしい。


「買い物はどうですか? 一人で出来ますか?」

「にゃぅ。買い物は大変。知ってるとこに紙とお金を持ってって、交換なら出来る」


 耳としっぽをしょんぼりと下げ、セフェルはこちらをチラリと見上げる。可愛い。

 行く店と買う物が決まっているお使いは出来ても、あれこれ考えながらの買い物は難しいそうだ。

 それにセフェルが行ける店となると、たぶんヨングの所しかないだろう。


 そもそも解毒草って、いくらくらいするのだろう? リュゼもナーユも希少種だから、それなりに高価な気がする。

 前にユヒムの屋敷で会った小人族のパケルスは、ヨングの店で取り扱っている商品は、品質は確かだが値は恐ろしいと言っていた。


 とりあえず値段を聞いてみようと、ルーリアはヨングに魔術具の手紙を出した。少し待つと、つたの葉の形の手紙が返ってくる。

 ちゃんと手紙が届いて良かった、と思ったのも束の間。返事を読んですぐに手と膝を床につくことになった。


「…………た、高っ……!」


 リュゼは葉が一枚で、30万エン。

 ナーユは葉が一枚で、40万エン。

 苗はさらに値が跳ね上がり、リュゼは1千万エン、ナーユは2千万エンとあった。

 そんな大金、持っているはずもないし、仮に買えたとしても、セフェルに気軽に頼めるような物でもない。


 ……うぅ~ん……。


 ここで諦めるのは、何か悔しい。

 ひとまず理部の研究室にリュゼとナーユを用意してもらい、解毒薬の研究だけ先に進めようと思った。

 高値で買った後に、リンチペックの毒には使えなかった。なんてことになったら、それこそ笑い話にもならない。


 ルーリアは紙ヒコーキを学園に送り、その日は眠ることにした。

 とにかく、出来ることから始めよう。



 次の日から、ルーリアは研究室でリュゼとナーユの解毒薬作りを始めた。


 試行錯誤して、何度も失敗を繰り返して。

 解毒の効能を高める方法を探し、思いつく限りの材料を次々と試していく。


 そして、ついに。

 ルーリアはオリジナルの解毒薬を作ることに成功した。もちろん、リンチペックの毒を無効化する。

 リュゼとナーユ、二つの解毒草から作った解毒薬に、魔虫の蜂蜜を一定の割合で混ぜた新しい薬だ。料理にではなく、薬として魔虫の蜂蜜を使った、初めてのレシピとなる。

 材料費は……まあ、さておき。


 この解毒薬はとにかく強力で、かなりの水で薄めても、リンチペックの毒の解毒を可能とする。

 しかも解毒した直後の土に植物を植えても、何の問題もない。むしろ魔虫の蜂蜜からの栄養で、丈夫に育つことも分かっている。


 本で調べたマルクトの領地面積から必要な解毒薬の量を計算したら、魔虫の蜂蜜は2タルもあれば十分だった。

 問題は、リュゼとナーユの入手方法だ。


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