第194話 衣部コンテストの舞台
「あらあらぁ? モデルどころか、衣装もないじゃないの。どうしちゃったの、シルト? 張り合う相手がいないんじゃ、コンテストも盛り上がらないわぁ」
がらんとした準備室をわざとらしく見回して、ダミアは楽しそうな声を上げる。
こんなことを考えたくはないけど、この人が作品を壊した犯人なのではないかと思ってしまうくらい、ダミアは勝ち誇るように高笑いをしていた。
あんなことがあった後だ。
ドレスは目の前にあるけど、ルーリアが魔法を掛けて自分たち以外には見えないようにしている。コンテストが終わるまでは、決して気を抜かないようにしておかないと。
ダミアに嫌味なことを言われても、シルトは表情に出さずにいた。
「心配しなくても、衣装もモデルもちゃんと準備してるから大丈夫だよ。次、ダミアの番でしょ。それがコンテストの衣装なの?」
シルトは真っ赤なドレスを着ているコーデリアに目を向けた。
「ふふ、そうよ。鮮やかな色で素敵でしょう? 私には地味な黒よりも、こういった華やかな色の方が似合うのよ」
コーデリアが着ているのは、赤い布地で作られた大きな花を肩から胸に飾り、身体のラインを強調するように作られた、すその長いドレス。胸元や腰の肌が透けて見え、大人の女性の色気を妖しく引き立てている。
「シルトからも是非にってモデルに誘われていたけど、ダミアのドレスの方が私をより魅力的に見せてくれると思ったのよ。ごめんなさいねぇ、ふふっ」
全く悪いと思っていない口調で、コーデリアは真っ赤な唇の端を上げ、意地悪そうに笑った。
「ううん、大丈夫。コーデリアが断ってくれたお蔭で、私たちは最高のモデルと出会えたんだから。むしろ感謝したいくらいだよ」
シルトが自信たっぷりに笑ってみせると、コーデリアはひくっと口の端を引きつらせた。
「……最高の、モデルですって!?」
「そうだよ。今まで出会った中で、飛びっきり最高のモデル!」
それを聞いたコーデリアは見る見る内に、その表情を険悪なものへと変えていった。
「この私に向かって、よくもそんなことを言ってくれたわね。じゃあ、その最高のモデルとやらを楽しみにしているわ!」
目を吊り上げたコーデリアは怒りをぶつけるように言い捨て、荒々しく去って行った。
他の四人は、その後を慌てて追いかけて行く。
その姿を見送ったシルトとマティーナは、互いに高く上げた右手を叩き合わせ、パァン! と良い音を鳴らしていた。
「よっしゃ!」
「やったね、シルト。すっきりした~!」
二人は溜まっていた
「ん? どうしたの、ルリ?」
「……いえ、あの。今、思いっきり、コーデリアって人を煽りましたよね?」
それは考えるまでもなく、シルトたちのモデルであるルーリアがコーデリアから目の敵にされるという意味で。ああいう人ってすごく根に持ちそうだから、正直に言うと、とても困る。と、ルーリアは肩を落とした。
何はともあれ、もうすぐシルトとマティーナの番だ。
うぅ……っ。き、緊張してきた。
衣装や装飾品、化粧用の魔術具などを念入りに確認して出番を待つ。
と、その時。
会場から、ひと際大きな歓声が聞こえてきた。
今までの観客の反応とは明らかに違う。
舞台の上には、コーデリアの優雅に歩く姿があった。大きな拍手が沸き起こり、すごい人気だと分かる。
「くそぅ、さすがコーデリア。法部の智の華と呼ばれてるだけのことはある」
「えっ、コーデリアって法部の人なんですか?」
「そうだよ~。裁判学科の生徒なの。コーデリアは今年の芸軍祭の美男美女コンテストで優勝候補になるだろうって言われてて、特に男性に人気があるんだよ~」
「そ、そうなんですか」
裁判学科には教師としてミンシェッド家の神官がいる。コーデリアには、尚さら関わらない方がいいと思えた。
「じゃあ、私たちもそろそろ準備するよっ」
「は~い」
「は、はい」
シルトとマティーナが互いの手を重ねて、ルーリアをチラリと見る。気合いを入れると言われ、ルーリアも慌てて手を重ねた。
「ルリはいつも通りで大丈夫だから、落ち着いてね~」
「はい」
「誰かは分からないけど、卑怯なことをしても無駄だと犯人に見せつけてやろう!」
「そうですね。シルトとマティーナの心を込めた大切な作品に、あんなひどいことをした人は許せません!」
「その意気だよ~、ルリ!」
「見てろよ犯人っ! じゃあ、みんな。練習してきた通り、全力で行くよっ!」
「おお~!」
「はいっ!」
そしてついに本番となる。
ルーリアは薬を飲み、シルトたちは素早く準備を整え、ドレスも装飾品も化粧も、その全てを完璧に仕上げた。
「では、次のシルトとマティーナ組のモデルは舞台へどうぞ」
「はい」
顔が熱くなり、緊張で胸が高鳴る。
練習通りにすれば大丈夫。
レイドが引いてくれた手を思い出し、ルーリアは深呼吸してから舞台の上に立った。
出来るだけ上品に、そして優雅に見えるように、一歩一歩ゆっくりと足を進めていく。
コツッ……コツッ……
闘技場内に、自分の足音だけが響く。
まるで誰もいないように、観戦席はシンと静まり返っていた。
……え、な、何? この静けさは?
心の中では戸惑いつつも、審査員たちの前まで歩いて行き、そこで足を止める。
ここからは、シルトたちが考えた演出をすることになっていた。
ルーリアは胸の前で両手を重ね、祈るように長いまつ毛を伏せる。
手の平に闇の魔法を集中させ、黒く煌めく蝶を作り、それを両手で捧げるように、そっと空へ放った。
ひらひらと、煌めく黒蝶は人々の視線を集めて舞い上がり、やがて小さな光の粒に姿を変えると、サクラの花びらが散るように舞台の上へと降り注いだ。
降り積もった花びらが照らす道をゆったりと歩き、舞台
最後に、スカート部分を手で持って軽く腰を落とし、ルーリアは舞台を下りた。
……??
もしかして、誰かに聴覚障害の魔法でも掛けられているのだろうか? そう思うくらい、会場は静かなままだった。
「ルリ! すごく良かったよっ!」
「本当に! 演劇の舞台でも見ているみたいだった~」
すぐにシルトたちが駆け寄ってきて、モデルの出来を褒めてくれた。二人の声は、ちゃんと普通に聞こえている。
「あの、わたしは何か失敗したんでしょうか? 見ている人たちの反応が何もなくて……」
不気味なくらい静かな観戦席の様子に不安を募らせていると、シルトはルーリアの肩をぽんぽんと叩いた。
「いやいやー。私たちは練習で見慣れてたけど、もうそろそろ来ると思うよ」
「……来る? 何が──」
そう言いかけた時、ザワザワッと観戦席に音が戻り、それはすぐに大歓声となって闘技場内に広がっていった。
ワアァアアァァ────ッ!!!
割れんばかりの拍手喝采。
その光景に、思わず後ずさってしまった。
自分を知っている人が身体の変化に驚いて固まるのは知っていたけど、知らない人まで同じような反応をするなんて。
「あとのことは私たちに任せて、ルリは早く着替え室へ」
シルトに言われて、ハッとなる。
そうだ。こんな人目につく場所で子供の姿に戻る訳にはいかない。というか、急がないと服が脱げ落ちてしまう!
ルーリアはカーテンで仕切られた着替え室に飛び込み、ドレスを脱いで装飾品を外し、頭から大きなタオルを被った。
あとは薬の効果が切れるのを待ち、元の服に着替えるだけだ。たぶん、あと2分くらいで元の姿に戻るだろう。
着替え室の中でじっとしていると、シルトとマティーナの慌てているような声が聞こえてきた。
他にも、女の人の声がする。
「だから、あの人はちゃんとここの生徒だって!」
「嘘をつかないで! あんな人がいるなんて聞いたことがないわ!」
「モデルは学園の生徒から選ぶという決まりを知らないとは言わせないわよ!」
「シルト、やましいことがないのなら、さっさとさっきのモデルを出しなさいよ!」
「ちょっと落ち着いて~」
声の主は、ダミアとコーデリアだった。
シルトとマティーナは必死に止めようとしているようだけど、言い争う声はだんだんとこちらに近付いてきている。
ど、どうしようっ!
逃げ場はどこにもない。
騒がしい足音が、ルーリアのいる着替え室の前で止まった。着替え室の前には、さっきまで履いていた靴が置いてある。
「なぁんだ、いるんじゃない。シルトのモデルをしてた人、中で着替えてるんでしょ? ちょっと出てきて話を聞かせて欲しいんだけど?」
ダミアの呼びかけには応えず、ルーリアは口元を手で押さえて息を殺す。
「ちょっと聞いてるの!? 開けるわよ!」
焦れたダミアは声をかけるのと同時に、着替え室のカーテンを開け放った。
「……え、誰も、いない……?」
そこにあるのは、脱いだドレスと外した装飾品、それと大きなタオルだけ。
ルーリアは自分に姿を消す魔法を掛け、壁際に身を寄せて立っていた。
……ま、間に合ったぁ。
姿を消しているとはいえ、今は全裸だ。
これはこれで、かなり恥ずかしい。
「……ふん。逃げたのね。まぁ、いいわ」
「これでもし貴女たちが賞にでも選ばれたりしたら、私たちはそれなりの対応をさせてもらうわよ」
コーデリアはシルトたちに脅すような視線と言葉を浴びせる。
「そ、それなりって何さ」
「私がどの学科に在籍しているか、まさか知らない訳じゃないでしょう?」
うふふっと、コーデリアはシルトたちを見下すように目を細めた。
「私たちはやましいことなんて何もしていないよ」
「じゃあ、呼び出しをかけても問題ないってことね。まぁ、嫌だと言っても来てもらうけど」
「お仲間のモデルにも逃げないように伝えときなさい」
そう言って高笑いすると、ダミアとコーデリアは着替え室から出て行った。
ルーリアは、やっと止めていた息を吐く。
元の姿に戻っていたから、すぐに服を着て魔法を解いた。
「シルト、マティーナ。あの、大丈夫ですか?」
「ルリ! いたの!?」
「はい。魔法で隠れていました」
「そうだったんだ。良かったー」
「……ごめんね。せっかくルリが頑張ってくれたのに、こんなことになって……」
コーデリアたちに変な言いがかりをつけられ、マティーナはしょんぼりとしていた。
「ねぇ、シルト。本当に呼び出されたら、どうしよう?」
「大丈夫だよ、私たちは何も悪いことなんてしてないんだから。堂々としていよう」
そう言っていたシルトたちだったが、二人の作品が見事に最優秀に選ばれたことで、数日後、法部の裁判学科からルーリアたち三人宛に、裁判の呼び出し状が届いたのだった。
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