第177話 次の休日の予定


 勇者パーティにラウドローンの討伐依頼を出したラングランナとヤンクルーは、ダイアランの東隣にあるマリクヒスリクの、さらに東隣に位置する。

 南側にあるラングランナは砂と岩に覆われた国で、北側にあるヤンクルーは原生林の広がる国だ。今の時期は、どちらの国もかなり暑い。

 その二つの国から、行商人が困っているからラウドローンを討伐して欲しいと言われているらしい。


「ラウドローンなら、今回は確かマリクヒスリクからも声がかかっていたな。それがどうかしたのか?」


 ウォルクスの問いかけに、エルバーは大きく頷く。


「ロリちゃんが今、ラウドローンの角があれば、レイドに魔法剣を作れるって言ってたからさ。どうせ討伐依頼が出てるなら、ついでにどうかなって思って」

「ルリが魔法剣を? まさか鍛冶までこなすのか?」


 リューズベルトに驚いた目を向けられ、慌ててしまう。レイドも驚いた顔をしていた。


「い、いえ。鍛冶っていうほど大袈裟な物じゃ……」

「いーやっ。魔法剣を作るなら立派な鍛冶だよ。前から不思議だったんだけど、ロリちゃんて何も知らないようでいて、難しいことをサラッとやって退けるよね。知り合いに魔女とかいたりしない?」

「い、いません、いません!」


 ぶんぶんと首を振って全力で否定する。

 そういえば前にフェルドラルから、武器を作るのは鍛冶だと言われていたことを忘れていた。とりあえず笑って誤魔化しておく。

 エルバーが言うには、魔女は魔法や魔術に長けているだけでなく、調合や物作りが得意な人も多いらしい。詳しく聞かれた訳ではないけれど、魔女の弟子ではないかと疑惑を持たれたかも知れない。


「ルリ、材料は角だけあればいいの?」

「あ、えっと、必要なのはそれだけですけど、ちょっと条件があって。魔法剣を作るためには、使う本人……レイドが倒して角を手に入れないとダメみたいで」


 そこまで言うと、本人の都合を尋ねるように、みんなの視線はレイドに集中した。


「あ、いや。オレは部外者だし。材料のためだけに同行するとか、さすがに迷惑だろ」


 遠慮しようとするレイドに、ウォルクスは何も問題ないと話す。


「その辺りは大丈夫だ。どうせ討伐には行かなければならないんだ。むしろ人手があった方が助かる」

「……そうなのか?」

「ああ。それにいつもだと倒すだけで、素材になんてしないからな。何かに役立ててもらえるなら、その方が倒し甲斐があるってもんだ」

「……そうか。そこまで言ってくれるなら」


 ウォルクスに後押しされ、レイドは遠慮しながらも討伐に参加することを決めた。

 しかし気になることがあるようで、レイドはルーリアの隣に来ると、こそっと話しかけてくる。


「……その、ルリに鍛冶なんて頼んで大丈夫なのか? けっこう大変なんだろ?」

「いえ、それは大丈夫です」

「他の材料とかは……」

「それも、実はもう全部そろってまして」


 元々作ってみたいと思っていたことと、とりあえず初めて作る物なので、あまり期待はしないで欲しいと伝えておく。試作品を押しつけるようなものだから逆に申し訳ないと言えば、レイドも安心した顔をしていた。


「ところで、その魔物はどんなヤツなんだ?」

「うーん、そうだなぁ。ぶ厚い岩のような鱗に覆われたクジラみたいな感じ、って言ったら分かるかな?」


 エルバーの説明にレイドとルーリアはそろって首を傾げる。


「くじら……?」

「悪いが、クジラというものを知らないな」

「それなら、やたら頑丈な大きい魚だと思ってくれればいいよ。泳ぐのは砂の中だけど。大きな口を持っていて、体長はだいたい20メートルくらいかな」

「は!? 20? そんなにあるのか?」

「そんなに大きな魚、どうやって倒すんですか?」


 驚く二人に笑顔を向け、ナキスルビアは自分の腕に手をかける。


「そこはやっぱり、これでしょう」


 ウォルクスも、うんうんと頷いていた。


「20メートルもある魚なんて、想像できないですね」

「……それをオレが倒すのか」

「心配なら、レイドは見てるだけでも構わないわよ?」

「要は、とどめを刺すのがレイドであればいいんだろう?」

「いや、さすがに戦闘に参加はするぞ」


 魔法剣が出来上がるまで、ひとまずレイドはウォルクスから剣を借りることにしたようだった。


「ねぇ~、ほんとにレイドが一緒に来るんならぁ、おチビちゃんも来なさいよぉ~」

「えっ、わたしもですか!?」


 まさかのお誘いにびっくりする。


「あたし一人で補助なんてやぁよぉ。ど~せ行くのは時の日だろぉしぃ、おチビちゃんも手伝いなさいよねぇ~」

「ええっ!」


 これは大変なことになった。

 どうしよう。勇者パーティと魔物討伐だなんて、ガインに許してもらえる気がしない。

 というか、怒られるに決まっているから、そんなことを聞く勇気はないのだけど?


「わ、わたし一人では決められません」

「ええ~。誰となら決められるのぉ?」

「それは……お、お父さん、とか?」

「じゃあ、そのお父さんに聞いてきなさいよぉ~」

「えぇえっ!!」


 本気でどうしよう。あれほど勇者パーティには関わるなと言われているのに。


「セル、次の時の日に時間は取れるか?」


 ことの成り行きを黙って見ていたリューズベルトが、こそっとセルに話しかける。


「討伐に人手が必要か?」

「いや、魔物の相手はオレ一人でも十分だ」


 リューズベルトの視線が向いた先に目を向け、セルは自分が誘われた理由を察した。


「……なるほど。ルリの守りの意味で、か」

「ああ。いてもらえると助かる」

「分かった。ルリが参加する時は、私も加わろう」

「済まない」

「いや、構わない」


 そんな会話が交わされていることなど露知らず、ガインに何て言えばいいのか思いつかないルーリアは冷や汗を浮かべていた。


「ルリ、誘われたからと言って無理をする必要はない。オレが角を獲ってくればいいだけの話だ」

「…………レイド……」


 魔法剣の作製のことを言い出したのは自分だ。

 レイドが行くことを決めたのに、自分だけ討伐に参加しないというのは、かなり気が引けた。


「……家に帰ってから、お父さんに話をしてみます」


 まるで今から討伐に向かうかのような真剣な顔をするルーリアを、レイドは心配そうに見つめていた。



 ◇◇◇◇



「……あの、お父さん。話があります」


 その日、ルーリアは家に帰ってから、次の時の日に結界の外に出かけてもいいか、ガインに尋ねた。


「どこに行くんだ? フィゼーレの所か?」


 外に出る理由を伝えていないため、すぐに問い返される。その表情は、すでに何かを疑っているようだった。


「いえ、フィゼーレさんの所ではありません。待ち合わせをするのは学園で、会うのも学園の人たちです」

「学園の? わざわざ休みの日にか?」


 途端にガインの目付きが鋭くなる。


「なぜ会う必要がある?」

「……それは……」

「姫様は勇者パーティの者たちと魔物の討伐に向かわれるおつもりですわ」


 睨まれて答えに詰まるルーリアの代わりに、フェルドラルが答えてしまった。


「! フェルドラル!?」

「!! 何だと!?」


 それを聞くなり、ガインは信じていた者に裏切られたというような表情となった。

 自分の言いつけを守らなかったルーリアに対し、その視線は苛立ちを隠しもしない。


「どういうことだ、ルーリア?」

「姫様、ガインに隠す必要はございません。はっきり言ってやれば良いのです」

「…………」


 怒っているガインに目を合わせられずに、ルーリアは俯く。ピリピリとした空気が肌に突き刺さるようで、心が押し潰されてしまいそうだ。


「俺はお前に、リューズベルトたちとは関わるなと言っておいたはずだ。話を聞いていなかったのか?」

「……いいえ、聞いていました」

「じゃあ、どうしてお前がリューズベルトたちと魔物の討伐だなんて訳の分からない話になっている?」

「それは、わたしが魔物から手に入る素材を欲しがったからで。だからみんなは──」

「素材? それはお前に必要な物なのか?」


 凍りつくような冷たい金色の瞳で、ガインはルーリアを見据える。


「……いいえ。自分のための物ではありません」

「それなら、お前が行く必要はどこにもないだろう」

「…………」


 正直に話せば話すほど、ガインを怒らせてしまう。今の自分では説得するのは無理だと感じた。

 ガインが怒っているのはルーリアのためだ。

 この厳しい態度や言葉も、自分を心配してのものだと痛いほど知っている。だからルーリアは、ガインに言い返せる言葉を何も持たなかった。


 でも、もしこれで勇者パーティには今後一切、近付かないように約束させられてしまったら、もうみんなとは一緒にいられなくなる。

 そう思うと、胸の奥がずしりと重くなった。

 悲しくて、視界が涙でにじんでいく。


 何も言えずにルーリアが俯いていると、フェルドラルは腰に手を当て、ガインの目の前に立ち塞がった。


「いい加減になさい、ガイン。貴方がしていることは、エルシアが神殿で受けたことと何ら変わらないではありませんか」

「なっ! 俺が、神殿と同じだと……!?」


 愕然とするガインに、フェルドラルは言葉を重ねる。


「わたくしは以前にも伝えたはずです。姫様を現実から遠ざけることと、傷つかないように導くことは似ているようで違うのだと。今の貴方は、姫様の成長の妨げとなっています」

「…………俺が、成長の妨げ……」


 そう呟くと、ガインは戸惑いを残した目でルーリアを見つめた。


「そのつもりが無くとも、今の貴方の言葉は姫様の行動を縛る邪魔な物でしかありません。少しは自分の娘を信用なさい」

「フェルドラル、お父さんはわたしを心配してくれただけです。だから、そんなに厳しく言わないでください」


 困った顔でお願いすれば、フェルドラルもそれ以上は言うのを止めてくれた。


「……ルーリアは今、俺に対してどう思っているんだ?」

「出来れば、もうちょっと話を聞いてもらえたら嬉しいな、と」

「…………そうか」


 深く息を吐いたガインは、ひどく複雑な表情となっていた。ルーリアの好きなようにさせてやりたい気持ちは強くあるが、それよりも心配な気持ちの方が勝ってしまう。


「それでしたら、ガインが一緒に行けば良いではありませんか」

「!?」


 ガインが驚いて振り返ると、そこには途中から話を聞いていたエルシアが立っていた。


「……俺が、か?」

「ええ。少しくらいでしたら、森の外に出ても大丈夫かと思います。そうすれば、前から一度見てみたいと言っていたリューズベルトたちにも会えるのですから」

「ああ、それは妙案ですわ。ガイン、そうなさい」


 エルシアの提案をフェルドラルも勧める。


「は!? 本気か!?」

「お父さんと、魔物の討伐に……!?」


 思ってもいなかった突然の話に、ルーリアとガインは顔を見合わせた。

 その後、ガインは渋りながらも、自分と一緒なら、という条件つきでルーリアの討伐参加を認めることとなる。


 って、これをみんなにどう説明したらいいのだろう!? ルーリアはガインを説得する時よりも変な汗が流れるのを全身で感じた。


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