第178話 気の重い話


「ヨング、済まないが火蜥蜴サラマンダーのレシピの魔法剣について話を聞かせて欲しい」

「おや、隊長殿。お帰りだったんですか」


 部活を終えてサンキシュに帰り着き、クレイドルは店を閉めたばかりのヨングに声をかける。

 レシピを見直したところ、ラウドローンの角を使って作られる魔法剣は、『岩鯨がんげい炎剣えんけん』と呼ばれる長剣であると分かった。もちろんクレイドルは所持していない。


「何をお知りになりたいんで?」

「剣の特徴と、その価値を知りたい」

「左様ですか。特徴としては、何と言っても目を引く紅い色の剣身で火属性であるということですねぇ」


 目を引くと聞き、クレイドルは眉を寄せる。


「それは、剣のことを知っている者が見れば、ひと目でそれであると分かるということか?」

「ええ。目立つ色ですし、きっとすぐに気付くと思いますよ」

「……そうか」


 クレイドルは困っていた。

 剣を作ってくれるというルーリアの申し出は嬉しいのだが、学園で目立つ訳にはいかないから、正直に言えば有り難迷惑とも言える。

 ルーリアの父親を守る武器になればとレシピを教えはしたが、まさかそれが自分のために作られることになるとは。

 それに素材集めのために、リューズベルトたちと魔物討伐に行くことになるなんて。ここまで話が大きくなるとは思っていなかった。


 こうなってしまうと、作ってもらった魔法剣を使わない訳にはいかないだろう。だからと言って、人族に変身している自分が火蜥蜴サラマンダー族と関係があると周りから思われても困る。どうしたものかと悩んでいた。


「どうして急に剣の話を? どこかに作製依頼でも出されたんで?」

「いや、そういう訳では……。ただ、剣をそれだと気付かれないで使う方法はないかと考えていた」


 それなら簡単なことだとヨングは話す。


「剣に見た目を誤魔化す魔術具を付けられたら宜しいだけでは?」

「そんな物があるのか?」

「何をおっしゃいますか。すでに隊長殿は身に着けていらっしゃるじゃありませんか」

「……あ、これのことか」


 言われて、紐状の魔術具のことを思い出す。

 外見が良すぎるから隠せ、とパケルスから渡された物だ。身に着けた者の容姿を醜く歪める魔術具だと聞いている。


「物にも効果があったんだな」


 腕から外し、試しに近くにあった本に結んでみると、形が歪んだ。


「いいえ、逆ですよ。これは本来、人に使う物じゃございません。行商人が盗難防止のために商品に使う魔術具なのですから」

「……そうなのか」

「そうですよ。自分から望んで姿を醜く変えようとする人なんざ、わたしゃ隊長殿以外に知りませんよ」


 と、ヨングに呆れた顔をされてしまう。


「パケルスが変身だけでは心もとないと言って寄越してきたんだが」


 クレイドルは学園に入園する際、人族に変身する首飾り型の魔術具をヨングから受け取っていた。普段は服の中に隠して見えないようにしているが、これを身に着けると、焦げ茶色の髪に蜂蜜色の瞳となる。

 変身の魔術具は特別な仕様でない限り、固定色と言われる色に変化する。どの変身の魔術具を使用しても、クレイドルの場合、人族の時はこの色合いとなった。


 しかしそのままの姿では、過去に姿を見られているルーリアに正体がバレる可能性がある。

 またそれとは別に、女避けのために姿を劣化させる魔術具も一緒に使えと、パケルスから助言を受けていた。


「ですがまぁ、それを身に着けても見目が良いままだなんてねぇ。そんなお人も、隊長殿以外には知りませんよ」

「それなんだが、ちゃんと効果は出ているのか?」

「それは、どういった意味で?」


 姿を変える魔術具は、その効果が鏡に映らない。自分では確認のしようがないのだ。

 見た目が悪くなれば、人から興味を持たれることもないと思っていたのに、最近では求婚まがいなことまで口にする者がいて、その効果のなさにがっかりしていたのだ。


「だから、不良品なのかと」

「……それは隊長殿の元が良すぎるせいですよ」


 ヨングは糸のように目を吊り上げ、魔術具に不備はないと言いきる。劣化させて、なお普通以上の見た目となるクレイドルが悪いのだと愚痴られた。


「それに人は見た目に関係なく、何かに懸命に打ち込んでいる姿は気高く映るものなんですよ。隊長殿が真面目に身体を鍛えて、畑仕事をして、子供の面倒をよく見ていたら、そりゃあ良い旦那になると期待されますよ」


 女が婚姻相手を選ぶ時に見るのはそういうところだ、とヨングは言う。


「……そうなのか」

「そうですよ」


 人前で真面目に頑張るのもほどほどに、と言われ、複雑な気持ちとなる。


 その話はいいとして、岩鯨の炎剣に仮に値をつけるとしたら、いくらくらいになるのか尋ねてみた。ルーリアは軽い調子で試作すると言っていたが、それに見合うだけの返しは必要だろう。


「さてねぇ。材料は時価物が多いですし、ラウドローンの角だって、品質によってはピンキリになりますからねぇ」

「だいたいでいい」

「……そうですねぇ。最低でも2千万くらい。最高であれば、億は超すかと」

「……っ!?」


 聞き間違いかと思ったが、聞き直す勇気はなかった。それを近い内に受け取ることになると話したら、ヨングはどんな顔をするだろう。


「………………」


 何で、返せるのだろう。

 真剣に考えても何も思いつかないから、いっそ討伐が失敗すればいいのに、なんて思ってしまった自分を殴りたい。



 ◇◇◇◇



 次の日の放課後。


「みんな、ごめんなさい! ウチのお父さんがラウドローンの討伐に付いて来ることになりました」


 みんなが集まったところで、ルーリアは何よりも先に謝った。「えっ!?」と、その場にいた全員の声がそろう。


「ルリの、お父さんが? 何で? 何かあったの?」

「あの、ウチのお父さんは過保護で心配性なんです。魔物の討伐に行くことを正直に話したら、なぜかこんなことに……。本当にごめんなさい」

「いや、来るって言われても……」

「えっと、どうしたら……?」


 ……ですよね。


 みんなは困惑した顔になっていた。その反応は当然だと思う。でも、ガインが付いて来ることはもはや決定事項なので、ひたすら謝ることしか出来ない。


「あの、気にはなるかも知れませんが、それなりに体力はありますし。戦うのも大丈夫なので、討伐の邪魔にはならないと思います」


 むしろ無視しておいて欲しいと伝えれば、みんなはますます微妙な顔となる。


「でもお父さんが付いて来るってことは、ロリちゃんが討伐に行く許可は出たってことだよね?」

「あ、はい。それは大丈夫です」

「なら、良かったんじゃないのぉ~? ねぇ、おチビちゃんのお父さんってぇ、どんな人ぉ?」

「どんな? え、っと……」


 何て言えばいいか迷っていると、フェルドラルが横から口を挟んでくる。


「呆れるくらいの娘馬鹿ですわ。姫様に敵対するのであれば、神にさえ斬りかかりそうな親馬鹿です。姫様が身内の男以外と話されているところを見たことがないので、もしそれで難癖をつけてくるようでしたら、魔物と共に全力で討伐してもらって構いません」


 なんてひどい言われよう。

 けど、残念なことに否定できない。


「え、話しただけで?」

「近くにいるだけでもやばそうだな」

「まぁ残念ながら、倒したところで得る物は何もありませんが」


 みんなの表情は『うわぁ、面倒そう』と、心の声が漏れていた。ごめんなさいと謝っておく。


「ところで、ラウドローンの討伐ってどこに行くんですか?」

「行くのは、ラングランナにあるマイヤー砂漠よ。この世界で一番大きな砂漠なの」

「ラングランナ!?」


 学園のあるダイアグラムからマリクヒスリクに行くだけでも、馬車で片道10日はかかる。ラングランナへは、往復するだけでひと月半以上かかる距離だ。


「あの、それって日帰りなんて絶対に無理ですよね? 昨日、移動と討伐を合わせて4時間くらいの予定だって聞いていたんですけど?」


 仮に魔術具か何かで空を飛ぶ移動手段があったとしても、その時間で往復できるとはとても思えない。


「いつもそれくらいの時間で済んでいる。何も問題ない」


 無表情で答えるリューズベルトの言葉を補うように、ナキスルビアが教えてくれる。


「移動には、リューズベルトの聖竜を使うの。どんな場所でもひとっ飛びよ」

「…………せい、りゅう……?」


 せいりゅうって、まさか聖竜!?

 勇者に力を貸し与えるという、聖なる竜。

 ルーリアを呪っていると言われている邪竜とは、真逆の存在だ。


「えっ! リューズベルトって、もう聖竜の力を手に入れているんですか!?」


 先代勇者であるリューズベルトの父親は、その勇者人生において、聖竜を見ることは一度もなかったとエルシアから聞いている。

 その聖竜を、15歳のリューズベルトがすでに手にしていると聞いて驚いてしまう。


「…………『もう』? ルリは先の勇者について、何か知っているのか?」


 全身を貫くような殺気を感じ、リューズベルトを見る。その瞬間、ゾクッとするような凍りついた青い視線と目を合わせてしまった。


 ──ッ!!


 忘れていた。先代勇者の話題は、ほんの少しでもリューズベルトの前では禁句なのだった。

 エルシアからも、父親のことは過敏になっているから、十分気をつけるようにと言われていたことだ。ここは慎重に答えないと、危険だと感じた。


「……リューズベルトの歳で聖竜の加護を受けているなんてすごいな、って思ったんですけど。歴代の勇者様たちは、もっと早かったんですか?」


 自分でもびっくりするくらい、自然と言葉が出てきた。渾身のすっとぼけだけど、果たしてリューズベルトに通用するのか?


「…………いや。何でもない。気にしないでくれ」


 ちょっと不機嫌そうな顔はしていたけど、リューズベルトはそれ以上、何も言ってこなかった。心の底からホッとして息を吐く。


 ……あ、危なかった。

 さっきのリューズベルトの目は、かなり怖かった。うっかり余計なことを言わないように気をつけなければ。


 何はともあれ、ラウドローンの討伐に向かうのは、放課後のいつもの顔ぶれにガインを加えた謎の組み合わせとなった。……不安しかない。


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