第172話 料理人を探して


 アトラルは「うん……」と口元を手で覆い、品定めするような目をルーリアに向けている。

 それが気に入らない様子のセルは目付きを鋭くさせていた。


「単刀直入に言うと、僕たちはルリを料理人として雇いたいと思っていたんだ。だけど、残念ながら今のルリを見る限りでは、それは無理だと判断せざるを得ない」


 そう間を置かずに、アトラルは結論だけを口にした。シェーラが言っていた通り、商談は料理人として雇いたいというものだったらしい。しかし本人を目にしたアトラルは、ルーリアでは無理だと言う。


「えっと、どうして料理人を探しているんですか?」

「学園では毎年、獣人のグループが自然と出来るんだけどね。その中で料理を作ってくれる人を探していたんだ」


 獣人は基本的に狩りをして食事をする者が多い。しかし生徒でいる間は、学園の規則で周辺地域での狩りは禁止とされている。これは余計な揉め事を避けるためや、元からそこで暮らしている人たちの暮らしを守るためでもあるらしい。


「食事のための狩り、ですか」

「そう。今はその狩りを禁止されて困っていてね」

「えっ! じゃあ、獣人の人たちは学園にいる間、何も食べていないんですか!?」

「ルリ、食事は禁止されていない。狩りを禁止されているだけだ」


 早とちりして前のめりになるルーリアを、セルは冷静に呼び止める。クラウディオに「ぷっ」と吹き出され、顔が赤くなったルーリアは、ぽすっと椅子に座り直す。


 獣人たちはダイアラン以外の国から来ている者が多く、この土地での勝手を知らない。

 さらに狩りでの食事が禁止ということで、毎年、獣人たちは話し合い、料理人を雇ってきたという。


「いつもだったら料理学科の生徒に頼むんだけど、今年はなぜか部活にその姿がなくてね。どうしようか困っていたんだ」

「あ、だからクラウディオは闘技場にいたわたしを……」

「それでさらおうとするなど、交渉以前の問題だろう」


 セルに睨まれたクラウディオは、べえっと舌を出す。ちょっと子供っぽい。


「嬢ちゃんは料理の試食をしてもらうために、放課後の部活に顔を出していたんだろ? だったら俺たちと利害が一致すんじゃねぇかなって思ったんだ」

「まぁ、それは確かに……」

「その子の料理、いい匂い。綺麗で美味しそうだった」


 ぽそっと小声でランティスが呟く。


「あ、ありがとう、ございます……?」


 今の声だけでは男なのか女なのか分からなかった。それはさておき。


「今は食事をどうしているんですか?」

「それぞれ外に出て食べたり、買ってきたりしているよ」


 昼の休憩時間は30分。その時間内に食べに行って戻ってくるというのは、それだけでとても大変そうだった。朝から買いに行くのも面倒だとクラウディオは言う。


「外食もなぁ。悪くはないんだが、行ける店が限られてくるから飽きるんだよな。それに量は少ないし金はかかるしで、俺はあんま好きじゃねぇ」


 こういった声も多いから料理人を雇いたいそうだ。なのに、頼みの綱の料理学科の生徒とは縁もなく当てが外れて困っている、と。


「本当はルリを雇えたら良かったんだけど、今日会ってみて、それは無理だと分かったよ」


 アトラルは眉を下げて残念そうに言うけれど、ルーリアはその無理だとされている理由が気になってしまった。


「あの、わたしだとどうしてダメなんですか?」

「うーん。まず一番は、見た目かな」

「み、見た目?」


 思わず自分の服装を見回してしまう。


「ああ、服の問題じゃないよ。え、っと……」


 アトラルが言いにくそうな顔をすると、シェーラが艶やかな笑みを浮かべた。


「うふふ。男連中じゃ言いにくいでしょうから、私が教えてあげましょうか?」

「え? は、はい……?」


 シェーラは横に来ると、滑らせるようにルーリアの肩に指を乗せ、髪をするりとすくい取った。


「お嬢ちゃんのしっとりとした色白な肌に、小さく色付いた唇。細く靭やかな手足に、小さくてもなだらかな身体……」


 言葉を重ねながら、シェーラは髪から背中、腰へと指を滑らせていく。ルーリアの身体はビクッと仰け反った。


「……っ!」

「うふふ。可愛い反応をするのね」


 耳元で囁くような声を出し、まるで蛇が伝うようにシェーラは指先を身体の前の方へと這わせる。


「──や……っ」


 ルーリアが声を上げると、フェルドラルの鎌の刃が音もなくシェーラの首筋を捉えていた。


「手を放しなさい。あまり調子に乗ると首と胴が離れることになりますよ」


 遅れて、薄く切れた首筋から、すうっと細い線のように血がにじんでいく。


「あら、随分と乱暴なのね。お嬢ちゃんが知りたそうにしていたから教えてあげただけよ」


 シェーラはルーリアからゆっくりと手を放し、首の血を指先で拭うと妖しく舐めた。


「うふふ。お嬢ちゃんは男たちにとって甘い蜜を含んだ毒なのよ」

「……わ、わたしが、毒……?」


 顔を上げると、向かいに座っているクラウディオとアトラルは目を逸らしていた。


「……?」

「ルリ、ロリエロい」


 ランティスがぽつりと謎の言葉を呟く。


「? え、あの、ランティス? それってどういう……?」

「ここにいたら、ルリ食べられちゃう」

「えっ! じゅ、獣人の人って人も食べちゃうんですか!?」

「……ルリ、お子ちゃま」

「え!?」


 よく分からないランティスの言葉に、ただただ首をひねってしまう。


「あー……まぁ、何だ。嬢ちゃんはウチの男連中にゃ、ちいと合わないって話だな」


 何とも言えない顔でクラウディオは鼻の頭を掻いていた。何が合わないのかさっぱり分からないけど、ルーリア自身に問題がある訳ではなく、受け入れる獣人側に問題があるのだと言われた。


「ウチは血の気の多いヤツや、気の荒いヤツが多いからな。ずっと見張ってるって訳にもいかねぇし」

「そうだね。ルリにはせっかく来てもらったのに、済まなかったね」


 そう言ってアトラルは申し訳なさそうな顔をルーリアに向けた。獣人グループとの話は以上で終了となる。

 けれど、獣人たちは料理人が見つかっていないから困ったままだ。何も解決はしていない。

 そこでルーリアは、アトラルたちにある提案をしてみることにした。


「あの、もし良かったらですけど、わたしが料理学科の人たちに声をかけてみましょうか?」


 それくらいの手伝いなら出来ると伝えれば、アトラルとクラウディオはとても驚いた顔をした。


「え、それは助かるけど……」

「どうして嬢ちゃんが俺たちのためにそこまでしてくれるんだ?」

「どうしてって、困ってる人を助けるのは当たり前のことじゃないですか」


 ルーリアがキョトンとした顔を向けると、アトラルたちは顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ、お言葉に甘えて、嬢ちゃんの力を貸してもらいたい」

「詳しい条件を伝えるから、それで話をしてもらってもいいかな?」

「はい。もちろんです」


 ルーリアはアトラルたちから詳しい話を聞き、どんな人物がいいのかメモに書き留めた。

 男の料理人で、無茶な注文をされても自分の意見をはっきり言える人で、肉料理が得意な人で……と。


「だいたい分かりました。とりあえず、これで聞いてみます」

「本当に助かるよ。ルリ、ありがとう」

「嬢ちゃんにゃ何の得にもならねぇのに。面倒なことを頼んじまって悪いな」

「ルリ、いい子いい子」


 ランティスにぐりぐりと頭を撫でられる。

 アトラルによると、ランティスがこんな風に人に触れたりするのは珍しいのだそうだ。それって単に、わたしがランティスより小さいからでは? と思ったけど、何にしても喜んでくれているみたいだから良かった。


「セル、ちょっと話がある」

「……何だ?」


 話が終わったので観戦席に戻ろうとすると、アトラルがセルを呼び止める。二人は声を潜めて何かを話していた。


「ルリ、待たせて済まない。行こう」

「はい」


 部屋を出て、地上階に向かうセルに付いて行く。


「アトラルは何の話だったんですか?」


 気になったので聞いてみた。


「大した話ではない。軍事学科にいる人族グループに気をつけろという助言みたいなものだ」

「……人族グループ?」

「ルリが気にするようなことではない」


 獣人たちと仲が悪いという話は耳にしたことがある。確かリューズベルトやセルも一時期、人族グループに誘われていたとか。

 けれどセルはいつも通りの顔をしていたので、ルーリアも深く気に止めることはしなかった。




 後日。料理学科で声をかけた男性二人が、無事に獣人グループの料理人として雇われることとなった。


 その時のお礼として、温室で育てたというツィーリーハピア産のシュファルセックをランティスからもらうことになったのだけど。


「わぁっ、すごく良い香り……」

「これ、ルリの足りないとこに効くと聞いた」

「……わたしの足りないとこ?」


 ランティスは口の端だけを静かに上げ、何も言わずに帰ってしまった。


「フェル、何か知っていますか?」

「姫様の不足されていらっしゃるところ……」


 と、フェルドラルに頭の上から爪先まで見てもらう。


「姫様は今のままが完全なお姿だと思います。どこからどう見ても完璧な美少女ですわ」

「…………」


 フェルドラルは参考にならない。

 今度シャルティエに聞いてみようと思った。


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