第171話 獣人グループからのお誘い
「今日は何の用だ、白クマ」
「ちっ、今のはあんたがやったのか」
冷たい視線を向けるセルに、クラウディオはムスッとした顔を返す。
「そうやすやすと目の前で同じことを許すと思うな。ルリに何をしようとした?」
「何もしねぇよ。今日は嬢ちゃんに話があって来ただけだ」
「嘘をつくな」
「嘘じゃねぇ。今のは挨拶代わりに後ろから持ち上げて驚かせようとしただけじゃねぇか」
「そんな言葉を信用できるか」
「ああん? 何だ? 嬢ちゃんと話をするのに、あんたの許可が必要だとでも言うのか?」
落ち着いてください、二人とも! と、叫びたいところを我慢する。怖い顔で睨み合う二人の間に入っていく勇気はない。
クラウディオは邪魔そうにセルを見下ろしているけれど、出来れば穏やかに話をしてもらいたい。
「あの、クラウディオ。いきなり後ろから持ち上げられたら心臓に悪いです。用があるなら、普通に声をかけてください」
「お、おう。分かった。嬢ちゃんが小っさいから、つい持ち上げたくなっちまってな。悪い」
「…………は、はあ」
改めて何の用かと尋ねれば、クラウディオは商談に来たのだと言う。
「えっ、商談!?」
「ああ、そうだ。出来れば場所を変えて話したいんだが」
どこからか魔虫の蜂蜜屋の娘だとバレた!?
それ以外の理由で、クラウディオの口から商談なんて言葉が出てくるとは思えなかった。
ルーリアは一気に焦った顔となる。
もし本当に蜂蜜の話なら、みんなに聞かれると困る。今はフェルドラルもいるから、クラウディオが言ったように場所を移して話をした方が良いかも知れない。
「分かりました。付いて行きますので、話が出来そうな場所へ案内してください」
「おっ、そいつは助かる」
ルーリアが席を立とうとすると、すぐにレイドが声をかけてくる。
「オレも付いて行こうか?」
「……いえ、あの……」
困った。蜂蜜の話なら、レイドにも聞かせる訳にはいかない。どう言って断ろうか悩む。
「ルリ、今回は私が付いて行っても構わないだろうか?」
「えっ!? セルが、ですか?」
「前回のこともある。用心するに越したことはない」
「それならオレが……」
「レイド、相手は獣人グループだ」
「……っ!」
セルの言葉は、レイドでは獣人たちに敵わないが、自分なら大丈夫だと言っているようなものだった。その通りなのか、レイドは悔しそうな顔で素直に引き下がる。
その様子を見ていたクラウディオは軽く頭を掻いていた。
「前回のあいつらは俺らには関係ねぇが、獣人がやったことには違いない。疑いたくなる気持ちも分からなくはねぇが」
『関係ないヤツには付いて来て欲しくない』という顔のクラウディオと、『心配だから自分も付いて行く』という顔のセル。
二人から『どちらか決めろ』と、無言で視線が送られてくる。どうやら今回の決定権はルーリアにあるようだ。フェルドラルを見ると、どちらでも構わないといった顔をしている。
んー……。完全に勘だけど、セルは信用しても大丈夫な気がした。黙っていて欲しいと頼めば、誰にも言わないでいてくれるような気がする。
それに、もし本当に蜂蜜屋の話だったとしたら、クラウディオにはフェルドラルがユヒムから預かっている『他人に口外できなくなる契約書』にサインしてもらうことになる。セルにも、それにサインしてもらえばいい。
「……じゃあ、あの、セル。すみませんが、一緒に付いて来てもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
セルはラスに観戦席で待つように伝えていた。
こうしてセルと並んで歩くのは、二人で経済学科の教室を抜け出して以来だ。あの時は、こんな風に一緒にいる日が来るなんて思ってもいなかったけど。
クラウディオは「ふん」と鼻で息をつくと、ルーリアたちを連れて闘技場の地下へと下りて行く。
情報学科の教室に何の用だろう? と思っていると、ここには音断効果のある部屋がいくつかあるという。そこで話そうということらしい。
音断部屋は家にもあるけど、人から聞くと途端に怖い場所のように聞こえてくるから不思議だ。
「ここだ。入ってくれ」
案内されたのは割と広い部屋。
十人くらいの規模の会議室、といったところだろうか。中には誰もいない。
「っちゃ~~。嬢ちゃん、呼んどいて悪いんだが、ちょうどどっかに行っちまったみたいだ」
クラウディオは、ここにいた誰かとルーリアを会わせたかったらしい。
「ちょっと探してくるから、少しだけ待っててくれ。すぐに戻るから帰るなよ」
念を押すように言ってクラウディオが出て行くと、入れ替わるようにシェーラが入ってきた。手には見たことのない茶器のセットを持っている。
「まさか来てもらえるとは思っていなかったわ。ゆっくりしていってもらえるのかしら?」
「まだクラウディオから何の話か聞いていませんから、内容によってはすぐに帰るつもりですけど」
警戒して緊張しているルーリアをクスッと笑い、シェーラは慣れた手つきで茶を淹れる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
目の前に置かれたガラス製のカップには、可憐な白い花が浮かんでいた。
「わぁ、すごく綺麗。それに良い香り」
「……お嬢ちゃん、ちょろいって言われないかしら?」
「?……ちょろ?」
「何でもないわ。これは花茶というの」
クラウディオが帰ってくるまでの場繋ぎなのか、シェーラは茶の説明をしてくれる。
花茶は大きく分けて三種類あるらしい。
花の香りを茶葉に移したもの。乾燥させた花を茶葉に混ぜたもの。花そのものを煎じて飲むもの。乾燥させた花は薬として使われることも多いそうだ。他にもいろんな茶の話をしてくれた。
「へぇー……。シェーラはお茶に詳しいんですね」
「私は毒について調べるのが趣味なの。そのついでに、他のことにも詳しくなってしまっただけよ」
「…………毒」
お茶を飲んだ後に言われると、ちょっと微妙な気持ちになる。って、今はそんなことをのんびり話している場合じゃなかった。
「あの、クラウディオはわたしに『商談がある』って言っていたんですけど、何の話か分かりますか?」
「私が話していいのか分からないけれど、お嬢ちゃんを雇いたいって話じゃないかしら」
「えっ、わたしを……雇う?」
自分を雇いたいと言われても、何のために? としか浮かんでこない。それを素直にシェーラに伝えると、またもクスッと笑われてしまった。
「お嬢ちゃんを雇うって言ったら、用件は一つしかないんじゃないかしら。お嬢ちゃんは料理人なのでしょう?」
「……料理人?」
と、そこへクラウディオが戻ってきた。
連れて来たのは、二人の人物。
背の高い男の人と、背の低い男の……人?
隣にいるセルが「やはりか」と低く呟いた。
背の高い人は男性だとはっきり分かるけど、もう一人は性別が分からない。透き通った青に近い水色の瞳で、色白な肌のとても綺麗な顔をしている。狼の耳のような形のフードを深く被っていて、何だか謎めいた人だと思ってしまった。
「待たせて済まなかった。ルリ、こっちがアトラル。俺たち獣人グループのリーダーだ。で、こっちがランティス」
さっそくクラウディオは簡単に紹介をしてくれた。
アトラルは身長が185センチくらいと、ガインと同じくらい背が高い。日によく焼けたような褐色の肌で、靭やかに鍛えられた格闘向けの体型。土灰色の短めな髪に暗灰色の瞳で、パッと見た感想では知的な武人といった様子だった。
「ようこそ、ルリ。アトラルです。突然の呼び出しで済まないね。わざわざ来てくれてありがとう」
「は、初めまして。ルリです」
「……セルは付いて来なくても良かったのに」
アトラルの穏やかな口調からは、紳士的な雰囲気がにじみ出ていた。落ち着いて話が出来る人物のようで、とりあえずホッとする。口ぶりからすると、セルとは顔見知りのようだ。
「猛獣の中にルリを一人で行かせるはずがないだろう」
「ははは、猛獣とはひどいな。だったら君のことは暴竜とでも呼べばいいのかな?」
軽口を返すアトラルに、セルは鋭い視線を向けている。アトラルは優しそうな目をしているけど、その目の奥には読めない感情が隠されているような気がした。
そのアトラルの隣にいるランティスは、身長が150センチほどとリュッカより少し低いくらい。フードからチラリと見えた銀髪は、サラサラしていて綺麗だった。女の子なのだろうか? ランティスは声を出さずに軽く頷いただけだった。
「セル、そんなに身構えなくても大丈夫だよ。何も僕たちは、ルリに無理強いをする訳じゃないんだから」
柔らかに話すアトラルに対し、セルは薄らと眉間にシワを寄せている。
「獣人はすぐに力ずくでことを決めたがる。お前がそう思わなくとも、周りがどう反応するかまでは分からない」
地下に来てからセルはずっと怖い顔をしている。早く話を済ませてしまおうと、ルーリアは自分から切り出した。
「あの、それで、わたしに商談とは何でしょうか?」
「えっ、クラウディオからは──」
「まだ何も聞いていません」
アトラルは明らかに『じゃあ、何でいるの?』と、驚いた顔になった。その顔のままクラウディオに視線を送れば、うんうんと頷き返されている。
「……はぁ。それでよくここまで来てくれたね。セルが心配して付いて来た理由がよく分かったよ」
「俺の人望が厚いからだろ」
「いやいや、ルリはクラウディオのことを何にも知らないはずだ。きっと人を疑うことを知らないんだろう」
アトラルは同情するような微笑みをセルに向けていた。セルは眉間のシワをより濃くしている。
「私はあくまで護衛だ。話に余計な口出しをするつもりはない。だが場合によっては、お前たちの相手をすることになっても構わないと思っている」
「…………へぇ。君ほどの人物がそこまで言うなんてね。よっぽどこの子のことが、」
「話を進める気がないのなら、すぐにルリを連れて帰るが?」
話を逸らすなと、セルはアトラルの言葉を遮る。
「それは困る」
アトラルの視線が自分に戻されたのを見て、ルーリアは気持ちを引きしめ直した。
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