第152話 もふもふな時の日


 学園に通い始めて初となる、時の日。

 今日は休日なので家にいる。


 ルーリアは起きて身支度を整えた後、自分の部屋で机に向かっていた。引き出しから一枚の紙を取り出し、上から順に目を通していく。

 見ているのは、クレイアからもらった火蜥蜴サラマンダーのレシピだ。確かこの中に武器のレシピがあったはず。


 ……あ、あった。


 見たところ、金属製の剣と魔法剣の二つのレシピがあるようだ。前回同様、材料は見たことのない名前が多い。魔物っぽい名前もあるから、きっとまた恐ろしい見た目の素材が必要となるのだろう。

 幸いなのは、作るのに特別なスキルなどが必要ないことだろうか。これくらいなら、ルーリア一人でもどうにか作れそうだ。


 ただ、一つだけ問題があった。

 剣を作製する際に出る『熱』だ。

 このレシピにある剣を作るためには、どちらも膨大な熱が必要だった。鍛冶工房のように専用の設備や道具がある訳ではないから、外で作業をするしかない。


 エルシアは調合に理解があるから大丈夫だと思うけど、ガインは許してくれるだろうか?

 前に戦闘訓練をしたような開けた場所なら、周りに燃え移る心配もないと思う。


 とりあえず材料が手に入る物かどうかを知りたい。あと、それぞれの値段も。

 ルーリアは魔術具の手紙に材料の名前を書き、それを調べて欲しいとユヒムに送った。

 魔術具の手紙の作り方は、冬の間にエルシアから教えてもらっていた。ちなみに、ルーリアの手紙はロモアの花の形をしている。


「まさか姫様は鍛冶をなさるおつもりですか?」

「うーん。これは鍛冶と言えるのでしょうか? 調合とどう違うのか分かりません。それと、作るとしても自分用ではないですよ」


 フェルドラルは『わたくしという者がありながら』的な顔をしているけど、気のせいだと思っておこう。


「武器を作られるのでしたら鍛冶ですわ。聞くまでもないと思いますが、誰のための武器ですか?」

「……レイドに、と思ったんですけど」


 ルーリアの答えを聞くと、フェルドラルはやっぱりと難しい顔をする。


「これもダメなんですか?」

「他人に対して過剰に尽くすことは、褒められたことではないのですが」

「別に、尽くしているつもりはないんですけど」


 少しでも助けになれば、と自分に出来ることをしようと思っただけだ。


「姫様は知り合って間もない者から物を贈られたら、どのように思われますか? それが自分のために作られた物や高価な品でしたら」

「それは……場合によっては断りますし、困ります」

「それが普通の感覚ですわ」


 フェルドラルは前に、オルド村に行った時のことを覚えているかと尋ねてきた。その時に話していたことを思い出すように言われる。

 人のことを自分のことのように考えて行動することが、人を助けるということなのだと。


「今、姫様は相手のことを考えておられますか? ご自分のなさりたいことを押しつけようとされていませんか?」


 フェルドラルに言われて気付く。

 相手のことを考えて行動しなければ、それはただの自己満足なのだと。


「どうしても手助けをされたいのであれば、本人に必要か尋ねてからでも遅くはないのではないでしょうか。この休みの間に自分で用意しているかも知れないのですから」

「……そうですね」


 全くもってその通りなので、ここは素直に頷いておく。何でもかんでも手を貸せば良いという訳ではないらしい。……人の役に立つのって難しい。


「ガインたちも人に手を貸し過ぎるところがありますから。そういった意味では、周りに手本となる大人がいませんね」

「そんなことないですよ。お父さんもお母さんもすごい人だと思いますけど」

「ガインとエルシアがですか?」


 あれは参考にならないと、フェルドラルはため息をこぼす。人が尊敬している親だというのに、ひどい言い草だ。


 この後はセフェルと花畑を見に行く予定だから、その前に朝食にすることにしてルーリアたちは一階に下りた。


「……あ」

「……ああ」


 階段を下りてすぐ目に映ったのは、店のテーブルで酔い潰れているガインとエルシアの姿だった。

 二人ともテーブルに突っ伏していて、ガインは白虎の姿になっている。テーブルの上や床には、空いた酒瓶が何本も転がっていた。

 この瓶は、確か250万エンの……。


「……うっ、お酒の匂いがすごい」


 セフェルもいるから、すぐに窓を開けて換気した。火酒と呼ばれる、すごく強い酒も飲んだようだ。

 どうやら二人は、ここでひと晩中飲み明かしていたらしい。見事なまでの潰れっぷりだった。


「姫様、これは悪い見本です。こういう大人にはならないように」

「…………う、はい」


 この姿では尊敬しているとは言い辛い。

 転がっている酒瓶を片付け、ルーリアは台所でパンケーキを焼いた。ふっくらと焼き上がったところに、バターと甘酸っぱい果実ジャムを添える。

 フェルドラルは甘い物が苦手らしいから、パンケーキの生地に細切りにした芋とチーズを混ぜ、カリッと焼いて塩と香辛料で味付けをした。仕上げに細かく刻んだ香草を軽く振る。

 ホットミルクには蜂蜜を入れ、神に祈りを捧げていただくことに。ルーリアとセフェルは少し冷ましてから、ふかふかのパンケーキを頬張った。春の甘い香りが口いっぱいに広がる。


「うっみゃあ。姫様のふわふわパンケーキ~」

「セフェルはいつも頑張ってくれていますからね。たくさん食べてください」


 酔い潰れているガインたちを横目で見つつ、隣のテーブルで食事をしていると、店の床に転移の魔法陣が現れた。

 今日は来客の予定はなかったはずだけど? と、首を傾げて眺める。


「あ、おはよう、ルーリアちゃん。手紙、見たよ。とりあえず、そろえられた物だけ持ってきてみたんだけど」


 転移してきたのは、両手に荷物を抱えたユヒムだった。仕事が速すぎる。


「お、おはようございます。って、えっ? あ、あの……値段とか、手に入るかどうかだけ知りたかったんですけど」

「えっ、そうだったんだ。でもまぁ、あった物を持ってきただけだから、気にせず使っていいよ」

「……また悪い見本が」


 爽やかな笑顔のユヒムを見て、フェルドラルは深いため息をついた。……何か、その、ごめんなさい。


「……うっ」


 思っていた通り、材料は禍々しい雰囲気の物ばかりだった。テーブルに空きがないから、ひとまずカウンターに置いてもらう。

 中には高価そうな物もあるし、確かに尽くし過ぎは良くないと実感した。


「って、えっ! ガイン様たちはどうしたんだい!?」


 と、ここでようやく、ユヒムが酔い潰れているガインたちに気付く。白虎のガインがすっかり置き物と化しているから仕方ない。


「どうしてこうなったのかは、わたしにも分かりません。昨日、お父さんが家に帰ってこなくて、お母さんが迎えに行って、それで朝になったらこうなっていました」

「え、うん?」


 さすがのユヒムでも、この説明では状況が把握できない模様。でも他に言いようがない。


「どうせ大方、ガインのヤケ酒にエルシアが付き合わされたのでしょう」

「ヤケ酒で共倒れですか? いったい、昨日の夜に何が……?」


 こんな状態のガインたちを見たのは、ユヒムも初めてだそうだ。二人とも、しばらくは起きそうにない。毛布だけは掛けてあるけど、このままでいいのか迷った。


「……邪魔ですわね。部屋に放り込んでしまいましょうか」


 フェルドラルの二人に対する扱いは、かなり雑だった。適当にエルシアを風で包み、二階に運ぼうとする。

 ガインが白虎の姿だから、一緒のベッドに寝かせるのは難しいだろう。エルシアを子供部屋のベッドに運ぶよう、ルーリアはフェルドラルに頼んだ。


「わたしでも運ぶくらいなら出来ると思うんですけど……」


 そう言ってガインに近付いて覗き込んだところ、ガバッと大きな虎の手に捕まってしまう。


「んわっ、んん~~っ!?」


 そのままギューッと、もふもふな胸の中にうずめられ、身動きが取れなくなってしまった。


「ルーリアちゃん! 大丈夫かい!?」

「っあ、だ、大丈夫みたいです。そんなに力は入っていないみたいで」


 抜け出せるか動こうとすると、


『…………ルー、リア……』


 起きているのか分からない声で名前を呼ばれた。


「はい、何ですか?」

『……どこにも、行く、な……』

「……? わたしはここにいますよ?」


 そう返事をすると、ガインからは静かな寝息が聞こえてきた。どうやら寝惚けていたようだ。


「すみません、ユヒムさん。せっかく来てもらったのに。ちょっと動けそうにないです」


 もふもふの毛の中から手だけをブンブンと振り、ガインを起こさないように小声で話す。

 ユヒムも出来るだけ声を出さないように、小さく笑っていた。


「分かった。持ってきた物とリストはここに置いておくから。また後で来るね」

「はい、すみません」


 持ってきた荷物などをカウンターに残し、ユヒムは転移して帰った。今度お詫びに、お菓子でも作ろう。


 ……うーん。どうしよう?


 力は入っていないが、ガインにガッチリ捕まっている。そこへ、エルシアを運び終わったフェルドラルが戻ってきた。


「姫様、ガインを叩き起こしましょうか?」

「いえ、このままで大丈夫です。ただ、ちょっと……眠くなって、きたかも……」


 ふあぁ~と、大きなあくびが出る。

 白虎のガインはとにかくもふもふで、ぬくぬくと気持ちがいい。極上な毛足に顔をうずめている内に、ルーリアは自然と深い眠りに誘われてしまった。



 ◇◇◇◇



「…………ん……」


 目を覚ますと、目の前に寝ているガインの顔があった。白虎の姿ではなく、人の姿になっている。


 大きくて広いベッドと、その横にある出窓。

 寝ていても見える大きな窓と外の景色。


 ここはガインの部屋のようだ。

 たぶんフェルドラルが運んでくれたのだろう。

 結んでいたルーリアの髪も解かれていた。

 この部屋で眠ったのは、たぶん初めてだと思う。ずっと同じ家に住んでいるのに、見慣れない景色に不思議な感じがした。


「……あ」


 起きようと思ったら、まだガインに捕まったままだった。腰に手が回され、外せそうない。

 今日は急ぐ用事もないし、たまにはゆっくりしていてもいいか。そう思い、ぽふっとベッドに頭を置き直す。

 それに、ガインの顔をこんなに近くで見る機会は今までなかった。ルーリアはじっとガインの顔を見つめてみた。


 まつ毛が意外と長い。

 鼻筋が通っていて、ヒゲはない。

 白虎の時はあるのに。不思議というか謎だ。


 ルーリアは見たことがないけど、ガインは獣人化すると人型の姿に虎の耳としっぽが生えるという。自分もいつか、ガインみたいに白虎の姿になったりするのだろうか?

 そんなことを考えていると、ガインが薄く目を開いた。


「…………ん……」


 起きたばかりで、まだぼんやりとしているようだ。


「おはようございます、お父さん」


 横になったまま声をかけると、ガインは思いっきり目を見開いて固まった。


「………………は……?」


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