第150話 一緒に食べれば怖くない


 癒部の学舎を出たルーリアたちは、門に向かう途中にある小さな休憩所に立ち寄った。

 大きなサクラの樹の下に、長椅子型のベンチとテーブルがある場所だ。学園の中には、こういった休憩所があちこちにある。


 そこにレイドと向かい合う形で座った。

 フェルドラルも隣に座ればいいのに、なぜか少し離れた所に座っている。レイドが苦手なのだろうか? そんなことを思いつつ、話を戻す。


「本当に、もう大丈夫なんですか?」

「見ての通りだ。どこも悪くないだろ?」


 と、両腕を広げて見せるレイド。


「見えないところに隠してたりしないですよね?」

「なんでオレはそんなに疑われているんだ?」


 レイドは困ったように笑うと、軽くため息をつく。


「心配をかけてしまったみたいで悪かったな。ルリがそこまで気にかけてくれているとは思っていなかった」

「別に気にかけていた訳じゃないですよ。ケガをしたって聞いたから、ちょっと探して様子を見に行っただけです」

「同じ意味じゃないか」

「違いますよ。そもそも何でケガなんかしたんですか?」


 シャルティエのニヤッとした顔を思い出し、つい素直じゃない返しをしてしまった。

 ケガの理由を尋ねると、レイドは苦笑いをする。


「ああ、あれだ。ウォルクスの魔法を斬るスキルがあっただろ?」

「はい」

「あれを剣で斬れないか試していた」

「ええっ!?」


 そんなバカな、とノド元まで出かかる。

 斬るスキルを、斬る?


「スキルって、斬ることが出来るんですか?」

「だから、それを試していたんだ」

「え、それで、どうだったんですか?」

「オレが斬れた」


 …………あ、呆れた。


「……レイドって……」

「あ、馬鹿だ、とか思ってるだろ?」

「思わないでいられる方法があったら教えてください」


 ルーリアは呆れた目をレイドに向けた。


「あのな。そうやって馬鹿にしてるけど、結論から言うとスキルは斬れたんだ」

「ええっ! そんなまさか!?」

「決闘の時はリューズベルトから借りた剣を使っていただろ? あの剣は魔法剣だったんだ」

「魔法剣?」

「魔力の塊みたいな剣てところだ。だからウォルクスのスキルを防ぐことが出来なかった。そこで今回は金属で出来た剣を借りて試してみたんだ」


 借りた、って。あれ?


「レイドは剣を持っていないんですか?」

「農業をやってるオレが剣を持っている訳がないだろ。まぁ、出来るだけ早く用意するつもりではいるが」


 剣を持っていないと答えたレイドに、ルーリアは違和感を覚えた。昨日ウォルクスと戦っていた姿は、剣を振り慣れていないようにはとても見えなかったからだ。

 だからといって、それを聞いてもいいのか分からない。もしかしたら聞かれたくないことなのかも知れないから、ルーリアは黙っていることにした。


「……それで、金属の剣ではどうだったんですか?」

「もう少し剣に耐久性があれば防げそうだったな。今回は途中で折れてしまった」

「なんて無茶なことを」


 そういえばエルバーもレイドは無茶をしてケガをしたと言っていた。何もそこまで身体を張らなくても、と思ってしまう。

 折れた剣はウォルクスの物だったらしいけど、先に試したいと言ったのもウォルクスだったから、気にするなと言われたそうだ。


 ひと通りの話を聞き終わって安心したルーリアは、サンドイッチとお菓子をタイムボックスから取り出した。


「はい、どうぞ」

「ん? 何だ、これ?」


 レイドの前に、包みをぽんと置く。


「今日の授業で作ったんです。ずっと癒部にいたってことは、お昼ご飯、食べていないんですよね?」

「ああ。そういや、すっかり忘れていた」

「……その、初めて、お肉を使った料理を作ってみたんです」

「へぇ、ルリが肉料理を。ちゃんと作れたんだな。良かったじゃないか」


 そう言ってレイドは飾らない笑顔をルーリアに向けた。どことなく少年っぽい微笑みに、ルーリアはちょっとだけ照れてしまう。


「わ、わたしも、まだ食べてはいないんです。その、お肉を料理する切っかけをくれたのはレイドですから、良かったら一緒に食べて欲しくて」

「……そうか。じゃあ、遠慮なくもらうぞ」

「はい、どうぞ。あ、でも、先生からはまだまだだって言われてて。口に合わなかったら残してくださいね」


 レイドが包みを開けると、ほんわりと湯気が上がる。ソースカツサンドとローストビーフサンドはパンの表面もカリカリに焼いてあるから、香ばしい匂いとソースの香りが熱気に乗って広がる。


「えっ、まるで出来たてみたいなんだが」

「時間を止める魔術具に入れておきましたので」

「そんな便利な物もあるんだな。店で売ってる物より美味そうだぞ」


 水球を出して手を洗うようにレイドに勧める。

 自分も手を洗い、用意していた温かいお茶をカップに注いで渡した。


「まともに料理された物を食べるのは久しぶりな気がする」

「レイドはいつもはどんな物を食べているんですか?」

「……適当にある物をって感じだな。よく覚えていない。そんなことより、ルリも食べろよ」

「あ、は、はい」


 ふと、レイドはフェルドラルに視線を向ける。


「えっと、そっちの人は……」

「フェルですか?」

「ああ。その人は食べないのか?」

「わたくしのことでしたら、お構いなく」

「それは一緒に食べられない決まりとか何かがあるのか?」

「いえ、別に」


 やっぱりレイドが苦手なのか、フェルドラルはギリギリ無視しないくらいの素っ気なさで答える。普段は食べる必要がないと言っていたから、答え辛いのかも知れないけど。


「あの、レイド。フェルなら後で……」

「それは使用人だからか?」

「いえ、そういう訳じゃ」

「だったら一緒に食べたらどうだ? 一人で食べるのは味気ないと思うぞ」

「……? あの、人と一緒に食べたからといって、味が変わるとは思えないんですけど?」


 不思議なことを言うレイドに思わず首を傾ける。


「なに言ってるんだ。気持ちも味を左右するんだぞ」

「え、気持ちも?」

「落ち込んでる時に食べる物と、嬉しい時に食べる物とじゃ、同じ物でも味は変わるだろ。それと同じことだ。……まぁ、人にもよるだろうから無理にとは言わないが」


 一人で食べるよりも……。


「それは何となく分かる気がします。わたしはずっと一人で食べていましたから。みんなと食べる時の方が賑やかで楽しいです」

「一人で? 親はどうした?」

「わたしがお肉を見ることが出来なかったから、お父さんとは別々に食べていました。お母さんは長い間、家にいなかったので……」

「…………そうだったのか」


 フェルドラルが全く動こうとしないのを確認したレイドは、ソースカツサンドを手に取って食べた。


「パンがデニッシュなのは珍しいな」

「先生には、サンドイッチには向いていないって言われてしまいました」

「そうか。オレは良いと思うけどな。肉も柔らかいし、ソースが染み出て美味いと思う」


 レイドはそう言って褒めてくれたけど、両手で具材を落とさないように持っている様子は、ちょっと食べ辛そうに見えた。

 パンが柔らか過ぎたのだと反省する。

 続いてレイドは、炙りベーコンと焼きチーズのサンドイッチに手を伸ばした。シャキシャキとした歯ごたえの刻み野菜もたっぷり入っている。


「ん、これは美味いな。ドレッシングがさっぱりしていて美味い。ベーコンとチーズは去年の農業学科の生徒が作った物かも知れないな。初日の植樹の時に配ってた物と味が似ている」

「えっ、農業学科で?」

「たぶん畜産班が作った物だと思うぞ。たまに自分で作りにくる料理学科の生徒もいるらしいけどな」

「そうなんですか」


 畜産班は食材となる動物を飼育しているだけだと思っていた。食材の加工もしていたなんて、驚きだ。


 ルーリアも食べようと思ってカツサンドを手にしたけれど、なかなか口に運ぶ決心がつかず、膝上に置いたまま、ただただ見つめてしまう。

 そうしていると風がそよぎ、ひらひらとサクラの花びらが舞い降りてきた。だいぶ散っているから、もう少しで見納めとなるだろう。


「……もっと長く咲いていたらいいのに。勿体ないですね」

「ルリは花が好きなのか?」

「はい。趣味で花畑を作るくらいには。レイドも好きなんですか?」

「いや、オレの妹が好きだったから……」

「そういえば、初めて会った時にも妹さんの話をしていましたよね。一緒に住んでいるんですか?」


 何となしに尋ねたつもりだったけど、レイドは見逃すほどの一瞬だけ、ひどく切なそうな顔をした。


「いや、今は一緒に暮らしていない」

「……そうなんですか。……それは、土地に毒があって荒れているって言っていたことと関係があるんですか?」


 レイドの声には感情を押し殺したような気配があった。これ以上は聞かない方がいいとも思ったけれど、ルーリアはあえて尋ねた。


「ああ。そうだ」


 土地のせいで、家族が離れ離れに……。


「じゃあ、早く毒の勉強を始めた方がいいですね。わたし、頑張ります!」


 ルーリアはわざと明るい声を上げた。

 やる気を見せるように腕まくりすると、レイドは軽く目を瞬いて小さく笑う。


「何でルリがそんなに張りきっているんだ?」

「……だって、家族が離れ離れだなんて、わたしは嫌なんです。自分が嫌なことは、きっと他の人も嫌だと思うから。だから──」


 眩しいものを見るように、レイドは柔らかく目を細めた。


「……ありがとう、ルリ」


 レイドの表情はルーリアに期待しているものではなかった。諦めようとしていることに、慰めの言葉をかけられた時のような顔だ。

 そんな顔を見てしまったら、レイドの故郷の問題が少しでも早く解決するように、ルーリアは全力を尽くしたくなってしまった。

 そうと決まったら、早い方がいい気がする。


「どうせなら、さっそく明日からやりますか? わたし、頑張りますよ!」

「明日? 明日は無理だろ」

「えっ? どうして……」

「明日は時の日だぞ」


 時の日? どこかで聞いたような……?

 はて、それって何でしたっけ?


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