第149話 見えない姿を探して


 シャルティエと別れ、本日最後となる農業学科の授業へと向かう。


 いつもは菓子学科の学舎に荷物を置きっ放しにしていたけど、今日は放課後に部活を覗いてから帰ろうと思っているから、全部持ってきている。

 部活自体に用はないけれど、何となく、レイドだけを闘技場に行かせるのは罪悪感があって。


 レイドは午前の授業で軍事学科に行っていたはずだから、もしかしたら今頃は疲れているかも知れない。

 昨日みたいに、どこかで魔虫の蜂蜜が必要となった時のため、今日からとりあえず瓶入りの物を持ち歩くようにしている。

 もしレイドがひどく疲れているようなら、飲み物にでも入れてコソッと渡そうかと考えていた。……せめてものお詫びのつもりだ。


 軍事学科の授業はどうだったのだろう?

 きつくなかっただろうか?

 会ったら、いろいろと聞こうと思っていたのに、この時間の授業にレイドの姿はなかった。


 もしかして予定が変わったのだろうか?

 そう思ってコルジ先生に尋ねると、


「レイド? ん~、今日は一度も見てないねぇ」


 そんな返事が返ってきて、不安になる。

 まさか、ずっと軍事学科にいるのだろうか? ダジェット先生に農業学科に行くことを邪魔されているとか? それとも、今日は学園に来ていないのだろうか?


「……レイドはどうしたんでしょう」


 畑の手入れをしながら、ついぽつりと呟く。

 もし昨日のことで学園に来るのが嫌になっていたら、どうしよう。


「姫様がそこまで気になさる必要はないかと思いますわ。それより、この後はどうなさいますか? 帰られますか?」

「……とりあえず、放課後になったら闘技場へ行ってみようと思います。そこでも何も分からなかったら、今日は大人しく帰ります」

「かしこまりました」



 そして放課後となり、ルーリアはフェルドラルと部活で賑わう闘技場へと向かう。

 焦げ茶色の髪の人を見て回るけど、レイドらしい人は見当たらない。


「レイドは……いないみたいですね」

「そのようですね」

「あ、ロリちゃんとフェルのあねさん。こんな所で何してるの?」


 不意に聞き覚えのある声で呼びかけられた。

 この声は……と、振り返れば、眼鏡。


「……あの、何でしょうか? 今、忙しいんですけど」

「なっ! ど、どうしたの、ロリちゃん! そのしゃべり方、もしかして呪われたの!?」

「いえ、あの。これが本来の話し方なんですけど。呪われていたのは昨日の方で……」


 と、思わず身を引いて距離を取る。

 エルバーはその場にしゃがみ込んで地面をバシバシ叩いた。


「な、何てこったあァ~! あれが良かったのにィイィ~!!」


 うん、すっごく他人のふりをしたい。

 て、今はそんなことより。


「あの、それよりちょっと聞きたいことがあるんですけど。今日、どこかでレイドを見かけませんでしたか?」


 キランと眼鏡を光らせ、エルバーは爽やか……というより胡散くさい笑みを浮かべた。


「ああ、レイドなら午前の授業に出てたよ」

「えっ!」


 午前中は、いた?


「確か授業中に大ケガをして癒部に運ばれたんじゃなかったかな? ウォルクスと無茶なことをしてたとかで──」

「大ケガ!?」


 その言葉を耳にするなり、ルーリアはすぐに闘技場を飛び出した。癒部は門から見て左側、食部のちょうど反対側だったはず!

 学園内では、闘技場から一番遠い場所に癒部はあるのだが、移動の風魔法を使ったルーリアは一瞬で辿り着いた。

 しかし癒部の学舎は、医療学科と治癒魔法学科の共同施設となっているため広く、どこへ行けばいいのか分からない。

 そこへ、ルーリアの後を追ってきたフェルドラルが、ふわりと地面に足を着けた。


「姫様、少しは落ち着かれてください」

「フェル」

「人の話は最後まで聞くようにされませんと。レイドは医療学科に運ばれたそうですわ」

「医療ですね!」


 ルーリアは学舎の中に駆け込み、『医療学科』と書かれた方へ向かおうとした。

 けれど、すぐに「廊下を走ってはいけません!」と、女性の声で叱られてしまう。


「ご、ごめんなさい。あの、ちょっと急いでいて……」

「急いでいても、人とぶつかったらケガをするから走っちゃダメよ」

「はい、すみません。……あの、レイドって人が医療学科に運ばれたと聞いたのですが、何か知りませんか?」

「レイド? ああ、もしかして軍事学科の?」


 良かった。ちゃんとここにいるようだ。


「そうです。どこにいるのか教えてください」

「残念だけど、行っても今は会えないわよ?」

「えっ、会えない!? それはどうしてですか? そんなにひどいケガなんですか?」

「ひどいと言えば、ひどいけど……」

「そんな……っ!」


 あっ、そ、そうだ!


「あのっ、ケガに良く効く魔虫の蜂蜜があります。これをレイドに──」


 急いで蜂蜜を取り出すと、女性は瓶をグイッと手で押し返す。


「魔虫の蜂蜜? やぁねぇ。簡単に治ってもらったら、こっちが困るのよ」

「────え……?」


 治ったら、困る?

 ルーリアは自分の耳を疑った。


「ケガが治ったら困るって、どういうことですか?」

「どうって、言葉のままよ。ここがどこか分かるでしょ?」

「……癒部の医療学科、ですよね?」

「そうよ。医療学科よ」


 女性の当然といった澄まし顔に、ルーリアは訳の分からない苛立ちを覚える。


「……レイドのいる場所を教えてください」


 ルーリアの目付きは自然と鋭くなり、声も低くなっていた。


「聞いてどうするの?」

「決まっています。レイドをこんな所に置いておけません。ケガを治して連れ帰ります」

「それはダメよ」

「どうしてですか? 医療学科なのにケガを治そうとしないなんて、おかしいじゃないですか!」


 ルーリアが噛みつくように睨むと、女性は気を静めさせようと手の平を向けた。


「落ち着きなさい。ケガを治さないなんて言ってないわ。簡単に治ってもらったら困る、って言ったのよ」

「……? それはどういう意味ですか?」

「あなたも学園の生徒なんだから、何かを学びにここに来ているんでしょ? えっと……そのマントの部紋は食部かしら?」

「はい。わたしは菓子学科のルリです」


 ルーリアが右手を左胸に添えると、女性も同じように返してくれた。


「私はネアリアよ。菓子学科なら、学園から教材を提供してもらってるわよね?」


 教材? 食材のことだろうか?


「……はい。食材なら、そろえてもらっています」

「それと同じように、私たちも学園から勉強のために教材を提供してもらっているの。医療学科が何を勉強するところか分かるでしょ?」

「人の病気やケガを治したり……ですか?」


 ネアリアは軽く頷く。


「そう。あなたたちの教材が菓子作りの材料なら、私たちの教材は、」

「まさか……人!?」


 驚くルーリアに、ネアリアは微笑んだ。


「そ。病人やケガ人は私たちの教材なの。もちろん勝手に教材にしている訳じゃないわ。申し出を受けて、本人が協力してもいいって言ってくれたらの話よ」

「じゃあ、レイドは、その申し出を受けて教材に?」

「そういうことよ」

「でも、レイドがケガをしたのは午前中だって聞きましたけど?」


 ちょっと長いんじゃ? と尋ねると、今はまだ授業が始まったばかりで、癒部では常に教材不足だと言われる。だからレイドは、いろいろ試されているのかも知れないと。

 何それ、怖すぎるんですけど。

 癒部の役目は病気やケガを治しながら、新しい治療法の開発や発見をすることでもあるらしい。


「だ、大丈夫なんですか、それ!? 変なことをされたりしていませんか!?」

「何をするにしても、本人に確認はしてるはずだから、きっと大丈──」


 そう、ネアリアが言いかけた時。

 バンッ!! と、激しい音を立て、奥の部屋の扉が蹴破られた。


「いい加減にしろ!! くっそ、あのクソジジイ、適当なこと言いやがって!」

「あ……」


 怒った顔で文句を言いながら出てきたのは、レイドだった。なぜかは分からないが、めちゃくちゃ怒っている。


「あの、ネアリア?」


 あの怒りっぷりだと、本人の許可が取れているようには見えないんですけど? と、視線を送る。ネアリアは目を逸らし、遠くを見つめていた。


「レイド、無事ですか?」


 ルーリアはレイドの元へ駆け寄った。

 パッと見たところ、ケガは見当たらない。


「ルリ? どうしてここに?」

「レイドがケガをしたと聞いて来ました。大丈夫なんですか? どこをケガしたんですか? まだ痛いところはありますか?」


 ルーリアはくるくるとレイドの周りを回る。


「お、落ち着け。今はもう大丈夫だ。ケガも治った。ジジイに騙されて、危うく実験台にされそうにはなったけどな」

「……ジジイ?」

「教師主任のダジェットだ。あんなヤツはクソジジイで十分だ」


 うわ。よっぽど嫌な目に遭ったみたいだ。

 いつもは落ち着いているレイドが、乱暴な言葉遣いになってしまっている。


「あ、あの、レイド。あの中で、いったい何をされたんですか?」


 恐る恐る尋ねると、レイドはそっと視線を逸らし、口を硬く閉じた。


「………………」

「ちょっと、黙らないでください。怖いじゃないですか!」


 ルーリアが服のすそを掴んで揺さぶっても、レイドは目を逸らしたまま何も答えてはくれなかった。

 もし今度、倒れることがあったとしても、癒部にだけは運び込まないように、ちゃんとフェルドラルに言っておこう。ルーリアは心の中で、そう強く思ったのだった。


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