第137話 本体は無事だから平気
「メガネとは情報学科の者ですか?」
フェルドラルからの質問に、男は大きく首を振る。
「オ、オレは詳しくは知らない。メガネと会ったのは一度だけで……ぐっ」
『知らない』の単語を耳にすると、フェルドラルは用なしとばかりに男の口を再び風で塞いだ。
「この中でメガネについて知っている者は?」
フェルドラルが睨みを利かせると、一人が縛られている手を上げる。すぐに口を覆う風が外された。
「……ぷはっ。メガネは勇者の仲間の一人です。名前はエルバー・カーム。理部に在籍していて、たまに情報学科にも顔を出しています。メガネは彼のパーティ内での呼び名で、エルフと人族の混血の魔法使いです」
混血のエルフ!
それに勇者のパーティメンバー!?
何でそんな人がこんなことを?
フェルドラルなら何か知っているかもと思ったけど、どうやらエルバーを全く覚えていない模様。同じパーティにいたはずなのに、男性に興味がないにも程がある。
「その者は今どこにいるのですか?」
「さっき勇者の仲間が呼びにきて出て行きました。たぶん上の階にいると思います」
「貴方は少しは使えそうですね」
「はいっ。自分はレオンと言います。ありがとうございます」
このレオンという人は、仲間の情報を嬉しそうに漏らしているけど……そんな人が情報学科にいていいのだろうか。そんな疑問が浮かんで消える。
レオンはフェルドラルを見て、うっとりとした顔をしていた。物作りをする人が腕の良い職人に惹かれるように、軍部の人はやっぱり強い人に惹かれたりするのだろうか。
「姫様、どうなさいますか?」
「せっかく来たのですから、ちゃんと話をしておきたいと思います。また同じことをされたら嫌なので」
まさか勇者パーティのメンバーが首謀者だなんて思っていなかったけど。
「かしこまりました。そこの……レオンと言いましたか」
「はいっ」
「そのメガネとやらを探し出し、今すぐここへ連れてきなさい」
「はっ、承知しました!」
思わず「えっ?」と、二度見する。
レオンは当たり前のようにフェルドラルの命令に従い、教室から駆け出して行った。
「今の人に何か魔法でも掛けたんですか?」
「いいえ。命令されたそうな顔をしていましたので、してみただけですわ」
「…………そ、そうですか」
情報学科って、変な人が多いのかも。
命令されたそうな顔って、どんな顔?
しばらく待つと、息を切らしてレオンが戻ってきた。
「フェル様。メガネ、見つかりました! 話が終わったら、勇者の仲間がここに連れてきてくれるそうです」
「そうですか。もう下がってけっこうです」
「はっ」
…………フェル様って。
もはやレオンはフェルドラルの手下となっていた。
それにしても、こんな形で勇者の仲間に会うことになるなんて。ガインには勇者パーティとは出来るだけ関わらないように言われていたけど……今回ばかりは仕方がないだろう。
レオンが戻って間もなくして。
ルーリアたちのいる教室に、一人の人物が入ってきた。何やら肩に人を担いでいる。
「あっ! あなたは……」
その女性には見覚えがあった。
高い位置で一つに束ねた、紫色の長い髪。
濃い縦線が入った澄んだ青い瞳に、凛々しく綺麗な顔立ち。仕立ての良い剣士風の装いに軍部のマント。腰に帯びた、青い宝玉の輝く銀色の細身の剣。
「ナ、ナキスルビアさん!?」
「えっ、ルリ? メガネに用があるのって、貴女だったの?」
ナキスルビアは爽やかな笑顔をルーリアに向け、肩に担いでいた人をポイッと放り投げた。
……だ、大丈夫なのだろうか?
「貴女には、また会いたいって思っていたのよ。やっぱり可愛い。ルリが菓子学科の最優秀に選ばれたって聞いた時は本当に驚いたわ。小さいのにすごいのね。それにしても可愛い」
なぜか頭を撫でられる。
「い、いえ、その……ありがとうございます」
二度も可愛いと言われて、褒められて。
さすがに、ちょっと照れてしまう。
「あの、ナキスルビアさんは勇者様のパーティメンバーなんですか?」
「ええ、そうよ。ルリ、名前に『さん付け』はいらないわ。気軽に呼んでちょうだい。それから……メガネがルリに迷惑をかけたんでしょ? ごめんなさいね」
あ、そうだった。
思わぬ再会に、うっかり忘れるところだった。
と、床に転がっている人に目を向ける。
「ひぃっ!?」
そこにはズタズタでボロボロの、たぶん元は人だった男が転がっていた。な、何事!?
「ナ、ナキスルビアさんっ? これは!?」
「ああ、これ? メガネがルリのパン……コホン。ルリの写真をバラ撒いて良からぬことを企んでいるって聞いたから。ちょっと話し合いをね」
「話し合い!?」
どうやら軍部は話し合いに言葉ではなく、拳を使うらしい。恐ろし過ぎる。
「だ、大丈夫なんですか、これ?」
「大丈夫よ。本体は無傷だから」
そう言って、ナキスルビアは机の上に眼鏡を一つ置いた。
「本体は無事」
「本体!? えっ?」
眼鏡が本体のメガネとは?
どこまで本気なのかは分からないけど、ナキスルビアは曇りのない良い笑顔だった。
「もう少しで授業の時間ですね。非常に不本意ではありますが、ひとまず姫様と話だけでも……」
フェルドラルはボロボロのエルバーを踏みつけ、軽く癒しの風を掛ける。意外と丈夫なのか、エルバーはすぐに目を覚ました。
「……ぅ、あ……。あれ、ここは……?」
眼鏡なしのエルバーは視力があまり良くないようで、糸のように目を細めて周りを見回していた。
手探りのような動きをしていたかと思うと、自分を踏みつけていたフェルドラルの足をワシッと掴み、それを伝うように身体を起こす。
「──!!」
驚きのあまり、フェルドラルは固まった。
そのままエルバーは、太もも、腰にと手を伸ばす。最終的には、フェルドラルの胸を鷲掴みにしていた。
「何だ、これ? 柔ら、か、い……?」
その言葉を残し、エルバーの顔面にフェルドラルの見事なハイキックが直撃する。綺麗な弧を描き、エルバーの身体は宙を舞った。
そして再び、ボロ雑巾のように床に沈む。
「汚らわしいゴミが!!」
フェルドラルからは身震いするほどの殺気がほとばしっていた。
しばらく一方的な攻撃が続いていたけれど、何とも止め辛い。その容赦ない攻撃を見ていたら、ルーリアの怒りは自然と収まっていた。
他の人が激怒している姿を見ていたら、何かもういいかなって思えてくる不思議。
もうそろそろフェルドラルも気が済んだかな、なんて思っていたら。
「…………やはり死ね」
そう静かに言い放ち、フェルドラルはどこからともなく出した大弓に光る矢を
──弓!!
ルーリアはガインから聞かされていた。
もしフェルドラルが弓を手にすることがあったら、全力で止めろと。考えるよりも先に、本能が警鐘を鳴らした。これは危険だ!
「フェル、ダメです!!」
ルーリアは両腕を広げ、フェルドラルとエルバーの間に立った。
「…………姫様」
「わたしは話し合いに来たんです。だから、ダメです」
じっとフェルドラルの目を見つめると、ものすごく我慢したような顔をして大弓を消してくれた。
「ありがとうございます、フェル」
ひとまず聞き入れてくれたようでホッとする。
エルバーと話は出来ていないけど、もうすぐ授業が始まる時間だ。ルーリアはレオンに『話はまた改めて』と、エルバーへの伝言を頼み、菓子学科の学舎に戻ることにした。
出来ることなら、もう関わりたくはないけれど。
「待って、ルリ。私も一緒に行くわ」
ルーリアたちが教室から出ようとすると、ナキスルビアが呼び止めた。
「えっ、一緒に?」
「実は菓子学科に興味があって。私たちは他の学科にも好きに参加していいらしいの」
「そうなんですか」
何でも勇者パーティのメンバーは、ルーリアと同じように特待扱いらしい。セルもそうだったし、特待を受けている人は割といるのかも。
「じゃあ、一緒に行きますか」
「ええ」
菓子学科の学舎に戻ると、心配そうな顔をしたシャルティエが待っていた。
「ルリ、遅かったじゃない。話は聞いたよ。大変だったね、大丈夫?」
「おはよう、シャルティエ。心配かけてごめんなさい」
「無事で良かったよ。……で、本当に潰してきたの?」
「……うっ。いや、まさかぁー。あはは」
と、笑って誤魔化してみたけれど、あとで詳しく話すように言われてしまう。うぬぅ。
「それで、そちらの方は?」
ルーリアの後ろでは、ナキスルビアが物珍しそうに教室内を見回していた。
「えっと、こちらはナキスルビアさん。勇者様のパーティメンバーで、お菓子作りに興味があるそうです」
と、簡単にご紹介。
「ナキスルビアよ。よろしくね」
「私はシャルティエです。よろしくお願いします。……勇者パーティの人たちって、本当に学園にいたんだね」
噂では聞いていたけど、目にするまでは信じていなかったらしい。ルーリアは今朝の話を掻い摘まんでシャルティエに説明した。
「じゃあ、その首謀者をナキスルビアとフェルさんが懲らしめたんだ。その人、生きてるの?」
「……た、たぶん」
そういえば、エルバーに回復魔法を掛けてくるのを忘れていた。一応、軍部だし。回復くらい、親切な誰かがどうにかしてくれていると思いたい。
そして、その後。情報学科内では。
『触らぬフェル様に祟りなし』という、謎の格言が流行ったとか流行らなかったとか。
怒らせると怖い女性として、フェル、ナキスルビア、ルリの三人が上位を占めることとなったらしい。
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