第136話 情報学科襲撃事件
闘技場の中の通路はかなり広めで、大人でも余裕で十人くらいは横並びになれそうだった。
今は授業前だからか、いろんな所に生徒がいる。さすが4百人近く生徒がいる学部というだけあって、菓子学科と比べると気合いというか、活気が違う。すごく賑やかだ。
武器を持っている者ばかりだから、たぶんここにいるのは、ほとんどが軍事学科の生徒なのだろう。地上階では騒ぎを起こさないようにしようと思った。
通り抜ける時に使った複合魔法は解除して、今は補助魔法で姿を消している。ルーリアとフェルドラルは薄く風をまとい、自分たちが通った痕跡に気をつけながら注意深く進んだ。
とは言え、戦闘特化の学部の区域なのだから、すでにルーリアたちの存在に気付いている者もいるだろう。犯人を捕まえるのは、運と時間との勝負でもあった。
少し進んだ所で、フェルドラルが地下へと続く階段を発見した。地上階の通路と比べると、だいぶ狭くなる。人とすれ違う時は要注意だ。人がいないのを確認し、風を使って素早く下りる。
情報学科を潰す、なんて勢いで言ってしまったけど、実際は無関係な人の方が多いはずだ。情報学科の全員が、この時間帯にそろっていることもないだろうし。
写真をバラ撒いた人たちだけを、どうやって見分けよう? こういう時、スキルの神の眼が使えたら便利なのになー、なんて思ってしまう。
地下は上の階と比べ、通路が狭くなっていた。
人が四人で横並びに歩いてきたら、確実にぶつかるくらいだ。
……ここが、犯人の本拠地。
地下の通路は直線ではなく、緩やかな曲線を描いている。その通路の片側。外側となる方にだけ、教室などがあるようだ。残念ながら、地下の教室は一つではなく、小さなものから大きなものまで、たくさんある。菓子学科のように一つだけだったら良かったのに。
しかも今は、どの教室も扉が閉まっていた。
覗き窓のような物もないから、中を見たかったら開けるしかない。
……うーん。どうしよう?
するとフェルドラルが笑みを浮かべ、『お任せください』というように胸に手を当てた。
左手をかざし、教室と通路の間に風で壁を作る。次に手の平を上に向け、地下にあるかすかな風に指を絡ませた。
そして次の瞬間。信じられないことに、フェルドラルは地下にある全ての教室の空気を一瞬で抜き取り、手の平の上で圧縮した。
こんなことをしたら真空とまでは言わないが、教室の中に空気はほとんど残っていないと思う。きっと呼吸も出来ないだろう。
う、うわぁぁ……。え、えげつない。
中には、すぐに反応して通路に飛び出そうとした人もいた。けれど風の壁があるから扉は開かず、あえなく気絶となる。
それまでいろんな音がしていた地下は、人が倒れるような音が重なった後、あっという間に静寂に包まれた。怖い静けさだ。
フェルドラルは教室の空気を元に戻すと、ルーリアに向き直った。
「さあ、姫様。犯人を探しましょう」
「……う、はい」
今になってルーリアは少し冷静になる。
やり過ぎてしまったかも知れない。
そういえばガインから話だけは聞いていた。
フェルドラルは結果さえ良ければ、手段は選ばないところがあると。いろいろ思うところはあるけれど、今日は見なかったことにしよう。
フェルドラルが言うには軽く気絶しているだけだから、そうしない内に起きるそうだ。
ルーリアたちは次々と扉を開け、教室の中を確認していった。
入園したばかりで、しかも学園で襲われるなんて誰も思っていなかったのだろう。どの生徒も抵抗する間もなく、倒れたようだった。
恨むなら写真をバラ撒いた人たちにしてくださいね、と念じておく。
犯人には写真と同じ匂いが濃く残っているはずだ。それを探していく。
「今のところ、怪しい人はいませんね」
「姫様、あの部屋……」
フェルドラルの視線の先にある部屋から、かすかに風の反応があった。これは自然の風ではなく、魔法で出した風の反応だ。怪しさしかない。
「どうやら先に写真を消し去ったことが裏目に出たようですわ」
「どういうことですか?」
「あれで警戒して、風魔法で防壁を張っていたようです。空気を抜いたとしても、防壁の中でしたら平気だったはずですわ」
大人しく眠っていれば楽に済んだものを、とフェルドラルは苛立たしげに言い捨てる。
その台詞だと悪役にしか見えないんだけど。
「じゃあ、今、あの部屋にいるのが……」
「んふ」
フェルドラルは躊躇うことなく、大鎌で教室の扉を細かく切り刻んだ。パラパラと、小さな破片となった扉が崩れ落ちる。それと同時に男の声で呪文が唱えられた。
『
ルーリアたちの姿を消す魔法が解除される。
『
慌てたルーリアは相手の視覚を奪い、石化させようと呪文を唱えた。
しかし、その呪文は弾かれてしまう。相手は状態変化無効の補助魔法を掛けているようだ。手強い。
それなら、とルーリアが他の呪文を唱えようとすると、それよりも速くフェルドラルが教室の中に身体を滑り込ませた。とんでもない速さである。
相手の防壁を大鎌であっさり切り裂き、フェルドラルは中にいた全員を風で縛り上げた。体感にして、3秒もなかったと思う。
「姫様、中の制圧は完了いたしました。全員捕らえましたので、ご確認ください」
「……あ、ありがとうございます」
ルーリアの出番はなかった。
フェルドラルに手を引かれ、中に入る。
その教室にいたのは、男性が十二人。
全員がフェルドラルの風によって手足を縛られ、ついでに口も塞がれていた。
これで全員だろうか。そこまで人数が多くなかったみたいで、ホッとする。
ルーリアが目の前に立つと、男たちは目を見開いて固まった。本人が乗り込んでくるとは思っていなかった顔だ。中にはなぜか頬を赤らめ、嬉しそうにしている者もいる。きっと頭でも打ったのだろう。
フェルドラルは一番近くにいた男の口の拘束だけを解く。それから大鎌の刃を、その男の首筋にピタリと当てて質問をした。
「今から尋ねることに正直に答えなさい。姫様を辱めるような写真をバラ撒いたのは、貴方たちですか?」
見下ろすフェルドラルの目は、感情など持ち合わせていないかのように、凍りつくほど冷やかだ。
「ちっ、違う! オレたちはロリちゃんを辱めようだなんて、これっぽっちも思っていない!」
…………ロリ、ちゃん?
「オレたちはロリちゃんの素晴らしさを学園のみんなに知ってもらいたかっただけだ。ロリちゃんの可愛さについて熱く語り合い、純粋に見守る仲間が欲しかっただけなんだ!」
どうやら名前を間違えて覚えられているらしい。ロリじゃなくてルリなのに。まぁこの場合、間違えてくれていて良かったと言うべきなのか。
「……そりゃあ、あの写真を勝手に使ったのは申し訳なかったと思うけど。でもロリちゃんの写真を撮ろうとしても、なぜかいつもちゃんと写らなくて。そんな時に、あの奇跡の一枚が偶然に撮れたんだ。あれしかロリちゃんの写真がなかったんだよ、信じてくれ!」
なんか一生懸命に言い訳(?)をされたけど、ちょっと何を言っているのか分からない。
「なるほど。貴方がたの姫様への抑えきれない気持ちは理解しました」
えっ、何が分かったの?
勝手に話を進めないで欲しい。
「姫様のあられもない姿に目を奪われ、わたくしが一瞬だけ守りを忘れた、あの瞬間。その一瞬を激写した、その根性は認めましょう」
…………え? ちょっと、フェルドラル?
そういえばフェルドラルは言っていた。
ルーリアが学園に通っていることを隠すため、その痕跡が残らないように自分がしっかり見張っておくと。
と言うことは何か。あの写真は、フェルドラルが気を抜いていたせいで撮られてしまった物なのか。とばっちり過ぎる。
「ですが、姫様は目立つことを嫌っておいでです。どうしてもと言うのであれば、隠れファンとして活動なさい」
「…………隠れ、ファン?」
拘束されている男たちは戸惑った顔を見合わせた。ルーリアも一緒に戸惑う。
「表立って行動するには、本人公認となる必要があります。これは姫様がお許しにならないでしょう。ですから、貴方がたは非公認を目指しなさい」
「……おぉお」
いや、それを本人の目の前で言うのはどうなのか。それよりも、何でフェルドラルが仕切っているのか。え、もしかしてフェルドラルが黒幕?
「この集団のリーダーは誰ですか?」
「……えっ、と。それは……」
男が言い淀むと、フェルドラルは大鎌の刃を首の皮ギリギリまで寄せた。そして黒い笑顔を浮かべ、怯えた表情の男に冷たい視線を落とす。
「勘違いしないでください。貴方に拒否権はないのです。聞かれたことに答えることも出来ないのなら、その口は必要ありませんね」
ゾッとするほどの綺麗な微笑みで、フェルドラルは男の口の中に鋭い刃先を突っ込んだ。
「ァ、が……ッ!」
その様子に縛り上げられている男たちも息を呑む。少しでも動いたら口が裂けてしまうだろう。
「フェル、そこまでです」
「かしこまりました、姫様」
フェルドラルは冷めた視線を男に向けてから、刃先を口の中から引き抜いた。
男は崩れるように脱力し、涙目で青ざめた顔をしている。本気で傷つけるつもりがないと分かっていても、ハラハラしてしまった。
「もう一度聞きます。この集団のリーダーは誰ですか?」
フェルドラルからの同じ質問に、男は素直に答えた。
「……メガネ、です」
メガネ? えっ、それって人の名前?
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