第135話 これはさすがに許せない
「私はマリアーデですわ」
突然、胸に手を当てて名乗られ、ルーリアはぽかんとする。名前を尋ねたつもりはないけれど、無意識の内に右手を左胸に添えてしまっていたようだ。
名乗り返そうと思ったが、マリアーデはすでにルーリアの名前を呼んでいた。今はそれどころではないから流しておく。
「軍部の標的って、どういうことですか?」
「これをご覧なさい」
マリアーデはルーリアに手の平サイズの紙を突きつけた。
「──ッ!! こ、これは!!」
その紙にあったのは、壇上から転がり落ちて倒れた、あの瞬間のルーリアの姿であった。
見事なまでに、丸見えだ。
「こっ、この絵は、いったい!?」
わなわなと、声も身体も小刻みに震える。
「それは絵ではありませんわ。写真ですの」
「写真? 何ですか、それは?」
「まあ。その様なこともご存知ありませんの?」
写真とは、その瞬間の映像を紙などに写し取った物のことらしい。機械でも魔術具でも、そういうことが出来る物があるそうだ。
ルーリアを田舎者のように見ていたマリアーデだが、そこは親切に説明してくれた。割と良い人のようだ。
へぇ~。そんな便利な物が。
って、今はそれどころじゃなかった。
なぜ、あの時の写真が!?
マリアーデが言うには、今朝、軍部の情報学科の生徒が、この写真を学園のいろんな所でバラ撒いていたらしい。その理由はなんと、ルーリアの愛好会を作る仲間を募集するためだという。思いっきり
「こんな写真を撮られた貴女にも責任はあるのですから。これ以上、学園の風紀を乱さないためにも、早く彼らを止め──」
ルーリアはマリアーデの手を、両手でガッチリと握った。周りの変な反応は情報学科のせいだと。それさえ分かれば十分だ。
「マリアーデさん。貴重な情報、ありがとうございました!」
ひゅっと、マリアーデは息を呑んでいた。
きっと今、自分は怖い顔をしているのだろう。
「…………フェル」
「はい、姫様」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
フェルドラルは何も言わず、隣に控える。
「今から情報学科を潰しに行きます」
「んふ。かしこまりました」
口の端をフッと上げ、フェルドラルは楽しそうに軍部の区域の方角に目を向けた。
まずは……と、ルーリアとフェルドラルは学舎の外に出る。改めて、マリアーデから受け取った写真を見下ろした。
…………くっ。
何度見ても丸見えだ。
「フェル、この写真の紙は他の物とは違う独特な匂いがします。学園中にあるこの匂いの紙を、跡形もなく消し去ってもらえますか?」
今のルーリアには自制心なんて欠片もない。
今すぐ全ての写真を消し去りたい。
それだけだった。
「全て、で宜しいのですか? 他の者も似たような匂いの紙を使用しているかも知れませんが」
「フェルなら匂いだけでなく、この写真と他の紙を見分けるくらい出来ますよね?」
かなりの無茶ぶりだが、ルーリアの冷えきった目を見たフェルドラルは嬉しそうに笑みを浮かべ、
「姫様のお望みのままに」
フェルドラルは左腕を高く伸ばし風を掴んだ。
『
火の粉の形をした風が群れを作る。
蜘蛛の糸のように細い風が学園中に広がると、小さな風の火種が無数に伝っていった。
風火が見渡す限りに散ると、学園のあちこちから驚きの声が上がる。ルーリアが写っていた写真は塵のように細かく切り刻まれ、風と共に散って消えた。
「んふ。姫様、お手元にある写真以外は全て粉塵と化しましたわ。お次は如何いたしましょう?」
フェルドラルは久しぶりに魔法が使えて嬉しいのか、ちょっと楽しそうだった。しかし、ルーリアの怒りはまだ収まっていない。
「この騒ぎを引き起こした犯人を捕まえたいと思います。そのために情報学科を襲撃します」
「かしこまりました。ですが、どこまでなさるおつもりですか? 人を殺めたり、建物を吹き飛ばしたりするのは、さすがに神の心証も悪くなるかと」
おっと。フェルドラル?
さすがにそこまでは望んでいない。
「そんなことはしませんよ。情報学科に『わたしのことは放っておいてください』と、お願いをしに行くだけです」
こういうのはきっと意思表示が大切なのだと思う。嫌なことは嫌だと、はっきり伝えなければ。
情報学科というくらいなのだから、その情報の大元を潰せばいいだろう。つまりは首謀者探しだ。
「なるほど。一番手っ取り早いのは武力行使ですが。魔法は使用しても宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。少しくらいなら痛い目をみてもらってもいいかと。一応、回復魔法も蜂蜜もありますし」
二度と同じことを繰り返さないように、しっかりと釘を刺しておかないと。こんな写真をバラ撒くなんて、絶対に許せない。
「しかし愚かですね。姫様のお怒りに触れるとは。情報学科が情報を持たずに行動した結果がどうなるのか、良い勉強になるのではないでしょうか。姫様に気安く手を出したことを後悔させて見せましょう」
フェルドラルは音もなく光る鎌を握り、美しくも妖しい笑みを浮かべた。
こうして見ると、やっぱりフェルドラルの本質は武器なのだと思う。攻撃することを心の底から楽しんでいるような。たまには暴れたいのかも?
「じゃあ、授業が始まる前に終わらせましょう」
「んふ。かしこまりました」
『
ルーリアとフェルドラルは魔法で姿を消すと、学園最奥の軍部の区域へと足を向けたのだった。
エルシアから習った風の移動魔法で、闘技場前へと降り立つ。まさかこんなことで使うことになるとは思ってもいなかった。フェルドラルも同じように、ふわりと着地する。
……ここが、軍部の区域。
目の前にあるのは、今まで見た中で一番大きな建造物だった。これが、軍部の闘技場。とにかく、めちゃくちゃ大きい!
闘技場は地上側が半二階、地下が一階の、円に近い楕円形の筒型になっていた。学園の中では一番大きな建物であり、床面積は大ホールの5倍以上はある。
いくら迷子が特技みたいなルーリアでも、この大きさの建造物を上空から見て迷うことはなかった。
「フェル、闘技場の周辺に魔法の反応はありますか?」
「ええ、随所にございます。部外者が入ってきた際に、それを感知するものかと。破壊しますか?」
「いえ、止めておきます。感知するだけではないかも知れませんから」
となると、どうしようかな。
「情報学科って、教室はどの辺りになりますか? 闘技場の中ですか?」
「確か、地下にあるはずですわ。潜入なさいますか?」
地下。風がないから苦手な場所だ。
「……そうですね、行ってみますか。情報学科に生徒が何人くらいいるか、フェルは知っていますか?」
「正確には存じませんが、軍部全体で4百ほどですから、それほど多いとは思えません。問題ない数かと」
「じゃあ、その辺りも探りながら行きますか」
「んふ。かしこまりました」
闘技場には出入り口がいくつもある。
狭い所だと、人とすれ違う時にぶつかってしまうかも知れない。せっかく魔法で姿を隠しているのに、人に触れてしまったら意味がなくなる。ルーリアとフェルドラルは、一番大きな正面の入り口に向かった。
入り口に近付いたところでフェルドラルが何かに気付き、片手を上げる。ルーリアは動きを止めた。
「どうしました?」
「どうやら検問のような機能が付いているようですわ」
フェルドラルが指差す方を見ると、四角い黒い物が入り口のあちこちに付いていた。
恐らく、機械か魔術具だろうとのこと。
ちょうど人が通るところを見ていたら、チカチカと光っていた。
「人が出入りすると反応する物のようですわ」
「あ、それなら。お母さんから習った魔法が使えるかも知れません」
「シロから、ですか?」
エルシアとフェルドラルは冬の間、競い合うようにルーリアに魔法を教え込んでいた。
相手がどんな魔法を教えたのか気になるようだ。
ちなみにフェルドラルは学園にいる間、ガインをクロ、エルシアをシロと呼んでいる。どこで誰に何を聞かれているか分からないから、念のためだ。
「これは昔、お父さんと神殿の門をこっそり通り抜ける時に使った魔法だそうですよ。国境でも大丈夫だったそうですから、ここでも通用すると思います」
「……そこだけ聞くと、シロクロコンビは犯罪者のようですわね」
ルーリアはさっそく魔法を重ね掛けした。
それは光と闇、水と風の複合魔法。
例えるなら、同じ幅の細くて長いリボンを隙間なく身体に巻いていく感じだ。幅のバラつきがあったり、覆った時に隙間が出来てしまうと失敗となる。それを四属性分、手早く済ませなければならない。
とても細かく
「ここまで細やかな魔法を、あの大雑把を地で行くシロが使ったというのですか」
フェルドラルが感心したように呟く。
「……フェルも家族会議にいたから聞いていたと思いますけど、それだけお母さんは好きでもない人と婚姻させられるのが嫌だったんだと思います。きっと、必死だったんですよ」
完成した魔法をまとったルーリアとフェルドラルは、人が通るタイミングに合わせ、入り口を無事に通り抜けた。
ここから先は声を出さずに連携を取らなければいけない。フェルドラルが地下を目指して歩き始める。ルーリアはそれに付いて行った。
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