第133話 心を溶かす言葉
「一生懸命に苗木を運ぶ姿を見ていたら、妹と重ねてしまってな。つい手を出してしまった。悪い」
「い、いいえ。助かりました。ありがとうございます」
レイドはさっぱりとした気さくな人物だった。
初対面なのに、親切にしてくれて……。
人族って、みんなこうなのだろうか?
「ところで、暗い顔をしてたようだが。誰かとケンカでもしたのか?」
「お節介だったら聞き流してくれ」と、レイドは軽く笑う。そんなに分かりやすく顔に出ていたなんて。
「いえ、あの。授業の前に、向こうの動物の所に寄ってきたんですけど。そこで初めて、ミルクと卵が動物から採れる物だと知ってしまって……」
「ん? 何でそれで暗い顔になるんだ?」
レイドは不思議そうに首を傾げる。
「あの、笑わないでいてもらえると助かるんですけど。わたしはミルクも卵も、植物から採れる物だとずっと思っていたんです」
「植物から? それはまた面白いことを考えたな」
「だから、知らない内に動物を食べてしまっていたことに、ちょっとショックを受けていて……」
話を聞いたレイドは、ますます不思議そうな顔でルーリアを見つめる。
「動物を食べたことで? どうしてだ?」
「わたしは、お肉が……。生き物の生命を奪って食べることが、怖いんです」
レイドは一瞬キョトンとした顔をした後、「なるほどな」と呟いた。
「じゃあ、その口ぶりからすると、普段は植物系の物ばかり食べてるってことなんだな?」
「……はい」
それなら、とレイドは続けて言う。
「なんで植物は平気なんだ?」
「…………え」
「生き物の生命を奪ってっていうなら、植物だって生きてるだろ?」
「──!!……」
ルーリアは衝撃のあまり、足を止めて立ち竦む。レイドの言う通りだ。植物だって生きている。
「……姫様」
フェルドラルが側に来て、軽く背中を押してくれた。とぼとぼと、レイドの後を力なく付いて歩く。
すっかりしょぼくれた様子のルーリアを見て、レイドは『言い過ぎてしまったか』と、クシャッと髪を掻き上げた。
ここまで言ったのだから、と腹を
「あのな、食べなくても生きていける種族ならともかく、普通は食事をしなければ飢えて死んでしまうんだ。ルリが食べることが嫌いだって言うなら話は別だが、菓子学科に通うくらい好きなんだろ? 食べることに楽しさや喜びを感じてるなら、いちいち『動物が』とか『植物が』とか、分ける必要はないとオレは思うけどな」
レイドの言葉が正論すぎて、ルーリアは返す言葉が何も浮かんでこなかった。何か言わなければと思っても、声にならない。
口を開きかけては閉じて。
「食べることは、生きることだ。人の考えとか思想にまで口を挟むつもりはないが、ルリは何で生きることに罪悪感を持っているんだ? オレにはルリが、食べることを悪いことだと思っているように見える」
食べることを悪いことと。
心の中を言い当てるようなレイドの言葉が、胸の奥の深いところに突き刺さった。
ルーリアがずっと感じていた罪悪感。
自分は純粋に食事を必要とする種族とは違う。
食べなければ死んでしまうのかどうかも、よく分からない。魔力が枯渇すれば死んでしまうだろうけど、食事をすることで得られる魔力は、実はとても少ない。生きるために食べることが必要なのか、それが分からない。
「ルリはまだ小さいのに。そんなことばかり考えていたら、人生損するぞ。美味いものは美味い。それじゃ駄目なのか?」
レイドの口調は気さくなままだったが、言葉の重みが違った。ひと言ひと言が耳に、心に響いてくる。自分勝手なルーリアの料理を、それでもいいと言ってくれている。
「この農業っていうのは、植物だって動物だって、自分で育てて、そして食べるんだ。そんなんじゃ、やっていくのは難しいぞ?」
「……はい」
森に着いたルーリアはレイドから苗木を受け取り、それを陽当たりの良い場所に丁寧に植えた。この苗木も大きく育ったら、いずれは切られてしまう。
大切に育てたものを切るのか。
大切に育てたから切るのか。
ルーリアには分からない。
植えた苗木の前に座り、ぼーっと考えていると、レイドが何かを手に持ち、ルーリアの所までやって来た。
「前年の生徒が作った物を出してるそうだ。蒸し芋だが、これなら食べられるんだろ?」
差し出されたのは、ホカホカと湯気を上げている黄金色の蒸した芋だった。大きく立派に育った物だ。
「あ、ありがとうございます」
受け取ろうとして、自分の手が泥だらけなことに気がついた。
『
急いで水魔法で手を洗う。その様子を、レイドは感心したように見ていた。
「水魔法が使えるのは便利でいいな。農業に水は欠かせないからな」
「あ、植えた苗木にも水をあげた方がいいでしょうか?」
「そんなことも出来るのか?」
「はい。他の人たちも植え終わったようですし。全体的に掛けておきますね」
無詠唱魔法で苗木にだけ、雨のように水を降らせる。出来るだけ柔らかく、しっとり濡らすように。
「すごいな。まるで自然を操っているようだ」
「そんな、大袈裟です」
そこまで言われると、ちょっと照れてしまう。
「熱いから気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
受け取った蒸し芋は切れ目にバターが挟んであり、塩と香辛料が振られていた。紙に包んであるけど、熱々だ。熱で溶けたバターが、芋に艶やかにしみ込んでいく。
バターはミルクから作られていると聞いたことがあるのを思い出し、ルーリアは一瞬だけ動きが止まった。
ふうふうと息を吹きかけ、ヤケドをしないように注意して食べる。蒸し芋は甘みがあって、びっくりするくらいホクホクしていた。薄皮も軽く炙ってあったようで、パリッと香ばしく塩味がきいている。素朴で優しい味だ。
「…………美味しい」
素直な感想が口からこぼれた。
「美味いよな。……ルリはどうして料理を始めようと思ったんだ?」
どうして。今までちゃんと考えたことはなかった。初めて食べたお菓子が美味しかったから、自分も作ってみたいと思ったのが、切っかけだったと思う。そこから興味を持って、たくさんのレシピがあって面白いなって思って。それから……。
「……自分の作った物を人に喜んでもらえたのが、すごく嬉しくて」
こんな風に喜んでもらえるのなら、もっといろいろ作ってみたいなと思ったのだった。
「なるほどな。だったら小難しく考えずに、作りたいから作る。食べたいから食べる。喜んで欲しいから喜ばせる。で、いいんじゃないか?」
……喜んで欲しいから、喜ばせる。
「誰かのために作るのなら、ルリはたぶん、肉料理だって作れると思うぞ。人の喜ぶ顔が見たくて料理をすることは何も悪いことじゃないだろ?」
「……人の、喜ぶ顔」
ガインたちの喜ぶ顔が見たい。
エルシアは食事が必要かどうかよく分からないけど、作った物を美味しそうに食べてくれる。ガインもルーリアが料理をしていると、それを嬉しそうに眺めていた。作った物も『美味い』と言ってくれた。
「農業は確かに生き物の生命を奪う仕事かも知れない。だけど、その何倍も生命を繋ぐ仕事だと、オレは思っている」
「生命を、繋ぐ……?」
軽く頷き、レイドは言葉を続ける。
「食べなければ人は生きていけない。それを支えているって思えば、悪い仕事じゃないだろ、農業も。今日植えた樹だって、いつか誰かを守るための家になるかも知れない」
…………誰かを守るための……。
レイドは真剣だけど、とても優しい目をしていた。ルーリアは広い畑を見渡す。
さっきまでは、刈り取られるのを待つだけの生命に見えていた。それが今では、レイドの言葉で全く違うものに見えている。
生命を繋ぎ、守るために育てる畑。
それなら、自分の料理はそれを人に届けるための手伝いと言える。そう言ってもいいように思えてくる。
「……レイドさん、ありがとうございます。自分がどうして料理をしたいのか。少し、分かったような気がします」
いつの間にか、張り詰めていた気持ちは消えていた。肩の力が抜け、自然と言葉が出てくる。
「敬称は禁止だったろ。レイドでいいぞ」
「はい。ありがとうございます、レイド」
「授業が始まった時よりも、スッキリした顔になってるな。農業は続けられそうか?」
レイドは優しく微笑んでいた。
「はい。続けてみたいと思います」
「そうか。それは良かった。オレはほとんど一日中、畑にいると思う。困ったことがあったら、兄だと思って頼ってくれてもいいぞ」
「レイドは……お兄さんってよりは、お父さんに見えます」
しっかりしてて、すごく頼りになりそうだ。
どことなく雰囲気もガインに似ている。
「……ひどいな。これでもまだ若いんだが」
そう呟くと、レイドはルーリアの頭をクシャッとひと掴みして、飾らない笑顔を見せてくれた。
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