閑話6・くせ者ぞろいの勇者パーティ―前
「…………はぁ」
窓から外を眺め、ため息をつく。
憂鬱そうな顔をしているのは、ナキスルビア・ベインケル。魔法剣士で16歳。可憐というよりは美人という言葉の方がよく似合う竜人族の女性だ。
竜人とは、気まぐれに人型となった竜と人との間に生まれた種族だと言われている。
人型の種族の中ではエルフ並みに長命で、獣人の一種であり、その頂点に立つ存在でもある。
生まれながらに戦闘力の高い者が多く、大きな魔力を持つ者も多い。
ナキスルビアは竜人ではあるが、そこまで血が濃い訳ではない。竜人自体の数が少ないため、他の種族と婚姻することが多いのだ。ナキスルビアの母親も他種族である。
ただ、生まれてくる子供はもれなく竜人となるため、竜人族の血が絶えることはない。
ナキスルビアの生まれ故郷であるロードスフィアは、魔族領から見て北東の位置にある小さな島国だ。地上界で最も小さな国で、四方を海に囲まれ、別名『氷の国』とも呼ばれている。
氷竜と共に暮らし、余所者を寄せつけず、外界から閉ざされた閉鎖的な国柄である。
ナキスルビアはその国の『ベインケル』という、氷竜の血を引いている一族の子孫で、現在の勇者パーティの中では一番新しいメンバーとなる。
なぜ外界の者とほとんど交流のない国のナキスルビアが勇者パーティに入ることとなったのか。
その理由は、ひと言で言ってしまえば『身売り』であった。
年間の大半を雪と氷に覆われたロードスフィアには、これといった産業がない。金銭を稼ぐ手段がほとんどないのだ。
外交はなくとも、暮らすために商人から物を買うことはある。その商人から
そんな一族のシワ寄せで、金銭の代わりに商人に差し出されたのがナキスルビアだったという訳だ。
長年にわたる一族の借金の肩代わり。
これは今に始まったことではなく、代々繰り返されてきたベインケル家の慣例であった。ナキスルビアは、たまたまそれに選ばれてしまったに過ぎない。
その話を初めて聞かされた時、ナキスルビアは我が身を呪い、死をも覚悟した。
誇り高い竜人の一族において、末席とはいえ身売りなどと。屈辱以外の何ものでもない。
しかし、憤るナキスルビアを引き取りに来たのは卑しい商人ではなく、なぜかこの厄介な勇者パーティであった。
話を聞けば、商人から噂を聞きつけたエーシャというパーティメンバーが、私財を投げ打ち、ナキスルビアを買い受けたという。
自分を買ったのが若い人族の女性だと聞いたナキスルビアは心から安堵し、人知れず涙の粒を落とした。本音を言えば、怖かったのだ。
竜人の身売り金は、とてつもない額となる。
ナキスルビアのように未婚の若い女性で容姿も美しいとくれば、軽く億は超えていただろう。
ナキスルビアはエーシャに深く感謝し、一生尽くしても構わないとさえ思うようになっていた。
だがそのエーシャは、ナキスルビアがパーティに参加するのと同時に、入れ替わるようにいなくなってしまう。3、4か月ほど前にパーティを抜け、家族の元へと帰ってしまったのだ。
その時の台詞は、こうだった。
『少し前からパーティを抜けようかと考えていました。私が抜けた分のフォローは、ナキスルビアにお任せしますね。あとのことはお願いします』
騙された!!
別に騙されてはいないが、そう思った。
エーシャは共に戦う仲間としてナキスルビアを選んだのではなく、自分が抜けた時の後釜として買っただけだったのだ。
逆に、そんな大金を積んでまで抜けたかった勇者パーティとは? 違う意味でナキスルビアを不安が襲った。
生命を懸けて尽くす相手もいないのに……。
置き去りにされた形でパーティに残されたナキスルビアは、虚しい気持ちでいっぱいになった。
自分はいったい何のために、誰のために戦うことになるのだろう。
金で買われたのだから、その分しっかり働け。
買い主の手元に置かれ、そうはっきりと言われた方が、まだ存在する意味はあったように思える。
この勇者パーティのメンバーは、誰も何も言わない。魔物と戦えとも言わないし、付いて来いとも言わない。仕方がないから、自主的(?)に魔物討伐に加わってはいるが。
それにしても、このパーティ。
呼び名は勇者パーティではあるが、都合の良い厄介事の処理係ではないかとナキスルビアは思っている。
エーシャが後を任せていった勇者パーティの仕事とは、勇者支援国の要請を受け、主に魔物討伐に向かうことだったのだ。
勇者とは、本来なら要請などなくても、人々が困っていたら魔物を討伐する存在だったはずだ。時には魔王とも戦っていたと聞く。
しかしそこに各国の思惑が絡み、勇者を経済的に支援するようになってから話は複雑になっていったようだ。
早い話が、支援国同士で少しずつ金を出し合い、勇者を雇うような形になってしまっている。
最近では支援国側も、金を払っているのだから討伐してもらって当然、といった感じで、勇者を雇用兵扱いするところも出てきたのだとか。なんとも馬鹿らしい話だ。
だが、勇者はまだ15歳と年若い。
人族の国では未成年と呼ばれる歳だ。
だからこの春からは、パーティメンバー全員をダイアランにある学園に通わせ、いろいろと世の中のことを学ばせようという話になったらしい。言い出したのはエーシャだそうだ。
学園とは、いわゆる職業訓練所みたいなものなのだろうか?
「…………はぁ」
ナキスルビアはもう一度ため息をつく。
故郷を遠く離れ、各地を転々として。
この先、自分はどうなってしまうのだろう。
ちゃんとした目標も持てず、全てを他人に決められる人生なんて……最悪だ。
そうは思っても、現実は現実として受け入れなければいけない。自分は金で買われた身なのだから。
とりあえず、この3、4か月で分かったことを自分なりにまとめようと、一緒に学園に通うことになるパーティメンバーに青い竜眼を向けた。
まず、リューズベルト・タウセル。
勇者、15歳。人族、男。聖竜持ち。
父親も勇者だったという、生粋の勇者。
サラリとした輝く金髪に、澄んだ青い瞳。
端正な作りの顔立ちで、身長は170センチより少し低いくらい。今は自分と同じくらいの背の高さだが、育ち盛りだからまだ伸びるだろう。見た目だけは爽やかな好青年だ。
しかし、ナキスルビアは知っていた。
この男は性格が悪い。
初めて会った時なんか、テーブルの上に足を投げ出して座っていたのだ。
『リューズベルト、こちらはナキスルビア・ベインケルさん。今日から入ることになった、新しいメンバーだよ』
『…………ぁあ?』
どこのゴロツキかと思った。
とにかくガラが悪い。こちらをジロリと一瞥……からの、チッと舌打ち。挨拶もなしに、その場を去ってくれた。第一印象は、最悪だった。
そして、この顔はあれだ。どこぞの国の王子様風とでも言えばいいのか。見た目がいいだけに性格の落差は激しいが、黙っていれば騙される女も多いことだろう。
もしリューズベルトが女遊びでも覚えてしまったら、被害に遭う女性が続出しそうだ。
と、そんな心配をしてはみたが、リューズベルトは男女関係なしに人嫌いだった。勇者がそんなことでいいのか。不安しかない。
仲間であっても必要最低限な会話しかしていないようだ。こんな状態で、今までどうやってパーティとして活動してきたのだろう? 本当に不思議だ。
ただ、リューズベルトは誰よりも強かった。
勇者という肩書きは飾りではなかったのだ。
人族最強と言われるだけの強さはある。
メンバーから聞いた話だと、エーシャがパーティから去る前は、そこまでリューズベルトの性格も荒れてはいなかったのだという。
けれどいなくなってからは見ての通り気難しくなり、人を寄せつけなくなっていったのだとか。
エーシャが心の支えだったのだろうか?
だとしたら、今は反抗期の真っ只中といったところなのかも知れない。厄介だ。
次に……と、ナキスルビアは少し離れた所にいる青年に目を向けた。
ウォルクス・ローレン、騎士、17歳。
ダイアランの上級貴族出身、人族、男。
金と銀の間のような色の短い髪に、濃紺色の瞳。身長は180センチくらいで、見るからに鍛えられた身体付きをしている。
正義感が強く、元気で明るい兄貴肌な人物だ。
たまに熱苦しい発言をする時があるけれど、周りによく気を配ってくれている。とても面倒見が良い。今このパーティが何とかやっていけてるのは、彼のお蔭だろう。
「……ウォルクス、筋トレは外でやれっつってんだろうが」
椅子に座って頬杖をついていたリューズベルトの視線の先で、ウォルクスが軽い運動を始める。
今日は天気が悪いので、全員が同じ部屋にいるのだ。睨みつけられても、ウォルクスは全く気にしていない。
「ははっ。リューズベルトから話しかけてくるなんて、珍しいな」
「やぁ~ん、勇者様、怖いぃ~」
「黙れ、くそ女」
間延びした甘ったるい声を出しているのは、リュッカ・クレアティス。
回復士、14歳。たぶん人族、女。
アクアベーテの修道院出身。
アクアベーテは魔族領の東側にある『水の都』と呼ばれている国だ。昔は精霊族が治めていたそうだが、今でもそうなのかは分からない。
国の大きさは地上界で8番目。
東の海には大小様々な島がある。
リュッカは、そこの修道院で育った孤児だそうだ。何でもその修道院からは必ず一人、勇者の元へ回復士が送られる決まりがあるらしい。これは支援国側で決めたものなんだとか。
クレアティスの名は、アクアベーテの修道院で、女子の孤児に付けられるものだそうだ。
髪の色は水色で、背中の中ほどまである。
瞳の色は、神秘的な淡い紫だ。
リュッカは言葉尻を延ばして話すクセがあり、その声を耳にしただけでリューズベルトを不快にさせるという、困った相性の悪さを持つ。
リュッカの口癖は「いつかお金持ちと結婚して楽な暮らしがしたい」だ。自分の欲望に正直である。
しかしながら、リュッカの幼い顔付きとそれに似合わない大きな胸は、相手を選ばないのであれば、そんな口癖も現実のものにしてしまいそうな、そんな説得力を持っていた。
身長は155センチくらいと小柄。
本人は背も胸も成長中だと言っていた。
そんなリュッカを、リューズベルトはいつも嫌悪感を剥き出しにした目で睨んでいる。
そしてそのリューズベルトとは対照的に、チラチラとリュッカの胸元を盗み見て、鼻の下を伸ばしているメガネ……。
エルバー・カーム、魔法使い、15歳。
たぶんミリクイード出身、男。童顔。
最初は人族かと思ったけど、少しエルフの血が混ざっているのか、わずかに耳が尖っていた。黙っていれば、整った顔の少年だ。
身長は160センチくらい。
くすんだ緑色の髪に茶色い瞳で、体力はあまりない。まぁ、魔法使いだから別にいいんだけど。
そして、メガネ。
ナキスルビアがこのパーティに参加した時には、すでに彼はリュッカからメガネと呼ばれていた。
頼みもしないのに、何かと説明しては突っ込みを入れる。そんな説明体質を兼ね備えたメガネだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます