閑話6・くせ者ぞろいの勇者パーティ―後
パーティの居心地は最悪。
勇者自身が協調性の欠片もないのだから、もうため息しか出ない。
この春からの1年間。学園に通っている間は、支援国の一つであるダイアランが、寝泊まりする寄宿舎と生活に必要な金品を用意してくれることになっている。
で、ここが、その用意された寄宿舎だ。
高層な建物が多いダイアグラムの中では珍しい、大きな一階建ての一軒家。王族が所有する別邸の一つらしい。そこに男女別の寝室と、今みんながいるリビングルームがある。リビングの奥には、小さな台所と男女別のシャワールームもあった。
寝室には個人用の机などもあるが、起きている間は、みんな自然とこの広いリビングに集まるようになっている。
リビングにはテーブルや椅子、ソファーなどがいくつもあるから、それぞれが好きな場所に座っている。と言っても、だいたいは定位置が決まっているが。
リューズベルトは外……というか、植え込みが見えるだけの窓の近くで、独りがけのソファーに足を組んで座っていることが多い。
人を寄せつけない気配を全開にして、不機嫌な顔で座っている姿は、勇者というより魔王と呼びたい。
ウォルクスとメガネは大窓近くの、陽当たりの良い大人数用のソファーに座ることが多い。魔物討伐のために全員でする打ち合わせなんかも、だいたいはここで行われる。
リュッカは絶対に日焼けしたくないと言い、大窓から離れた場所の長椅子を陣取っている。
ナキスルビアはそれら以外の空いている場所に適当に座る。同じ部屋にはいるものの、特に話すこともないから居心地が悪い。
学園では、リューズベルト、ウォルクス、ナキスルビアの三人が軍部に。そしてリュッカは
勇者パーティとしての優遇は学園でも有効なようで、特に何の問題もなく全員が入学できるようになっていた。
ナキスルビアは軍事学科の選別の時、つい犯人探しに参加してしまったけど、入学することはすでに決まっていたから、別に捕まえる必要もなかったのだと終わってから気がついた。
実際、あの時のリューズベルトとウォルクスは遠巻きに見ているだけだったし。
そういえば、あの時に会った女の子。
ルリ、と名乗っていたか。あんなに小さな子なのに、風魔法を上手く使いこなしていた。
あの子、可愛かったな……。
ナキスルビアは思い出して頬を緩める。
学園には戦うための技術を学ぶために通うと聞かされていたから、菓子学科なんていう、戦闘からかけ離れた学科があるとは思ってもいなかったのだ。
どうせなら自分もそっちに通いたかった。
ああいう子に『お姉ちゃん』て呼ばれてみたい。あんな妹が欲しかった。もしまた学園で会うことがあったなら、声をかけてみよう。
ナキスルビアは魔法剣士だが、戦いが好きな訳ではない。どちらかと言えば嫌いな方だ。
自然の中で可愛い物……小動物などに囲まれて穏やかに暮らしたいと思っている。
別に隠している訳ではないが、聞かれることもないからメンバーは誰もそのことを知らない。
残念なことに、過去の竜人たちは戦闘狂な逸話を残し過ぎた。ナキスルビアが同じ目で見られても仕方がないと言えよう。
学園の軍部は、むさ苦しい戦闘狂たちが集まる場所だという。そんな中で訓練をするよりは、のんびりと料理でもしていたかった。
「……菓子学科かぁ、いいなぁ」
誰にも聞こえないようにぽつりと呟き、ナキスルビアは何度目になるか分からないため息をついた。
◇◇◇◇
寄宿舎内にて、ある日のこと。
「ねぇねぇ、メガネ君~。どうして最近の勇者ちゃんてぇ、あんなに荒れてるのぉ?」
いつものように大人数用のソファーに腰かけていたメガネは、ウォルクスと話をするからと、リューズベルトに「どこかに行ってろ」と追い出されて奥のソファーに来た。
なんて言うか、リューズベルトは仲間への扱いが雑なのだが、メガネは気にしていない。
「メガネ言うな、焼くぞコラ」
挨拶代わりに軽口を返しながら、メガネはリュッカの近くに座った。リューズベルトが声の届かない位置にいることを確認し、少しだけ身を
ナキスルビアはつい、聞き耳を立てた。
「そりゃあ、原因はやっぱりエーシャがいなくなったからだろ」
「えぇ~、なんでぇ?」
「ここだけの話だけど、リューズベルトはエーシャのことが好きだったらしい」
「えぇえ~~、うっそぉ!」
……リュッカ。それ、内緒話の声量じゃないだろ。メガネを殺す気か。
幸いなことに、リューズベルトは全くメガネたちを気にしていない。各国から送られてきた魔物の討伐依頼書を見つめ、ウォルクスと真剣に話し合っている。根は真面目なのか。
「声でけーよ! マジしばくぞ、お前」
メガネは拳を握りしめ、リュッカに食ってかかる。リュッカはそんなメガネを笑顔で平手打ちした。「ありがとうございます!」と、メガネの威勢の良い声が聞こえてくる。何だ、このやり取りは。
「あはは、ごめぇ~ん。で? で?」
リュッカもメガネも、何事もなかった顔で話を続ける。いいのか、それで。
「エーシャはリューズベルトにとって、勇者になった頃からずっと側で支えてきてくれた大切な存在だったんだ。そのエーシャがいなくなって、ただでさえショックがでかいってのに……さらにアレだろ?」
「アレってぇ?」
メガネはもう一度、リューズベルトの様子を確認した。大丈夫だ、こっちを見る素振りはない。
「エーシャって、実は結婚してて子持ちだったらしい」
「えぇ~! あの人、いくつなのぉ?」
へぇ、エーシャには子供がいたのか。
それなら……家族の元に帰りたくなる気持ちも分かる。
ナキスルビアはエーシャがパーティから抜けた理由に納得した。けれど、どのタイミングで、いつ婚姻したのだろう?
エーシャは自分とそう変わりない歳に見えた。
恐らく20歳前後くらいだと思う。
小さい子供くらいなら、いてもおかしくはないだろうけど……ずっとパーティにいたのに、どうやって? 謎すぎる。
「エーシャの歳までは、ボクも知らないよ。前に魔物の討伐に向かう直前で、急にエーシャが抜けたことがあったのをリュッカは覚えてるか?」
「もちろん覚えてるわよぅ。あたし一人で回復と補助をしなきゃなんなくてぇ、めちゃ大変だったんだからぁ~」
リュッカは当時を思い出し、不満げな顔をする。いつもはエーシャが補助を担当していたらしい。
「あの後、リューズベルトとウォルクスが急に離脱した理由を聞いたら、エーシャは『子供の緊急事態だった』って答えていたんだ」
「ええ~? それって、おかしくなぁい?」
「何でさ?」
「だってあの人、いっつも魔虫の蜂蜜を持ってきてたじゃな~い。家にだってあるんだろぉし。病気やケガなら、それで十分でしょぉ?」
リュッカの言いたいことは分かる。
ナキスルビアも見たことがあるが、エーシャが持っていた魔虫の蜂蜜は、最高品質と呼ばれる万能回復薬だったのだ。
「それは……蜂蜜が飲めないくらい、その子がひどい状態にあったんじゃないか? 緊急って言ってたくらいだし」
「あ、そっかぁ。そういう場合もあるね~」
こういうことは、回復士のリュッカが先に気付くべきなんじゃ……。ちょっと不安になる。
自分も少しは回復魔法が使えるけど、いざという時のために回復薬は準備しておこう。
そういえば、このパーティは過保護なくらい薬に恵まれている。今でもたまに、エーシャがリューズベルトにいろいろと送ってきているらしいけど。それをみんなに分けているのだろうか? あのリューズベルトが?
ちょっと想像できない。
「まぁ、エーシャがパーティから抜けたのは急な話だったらしいけどさ。そんな状態だから、リューズベルトは今、かなり落ち込んでると思うんだよね」
「ふぅ~ん。勇者ちゃん、子持ち相手に失恋した上に逃げられちゃったんだぁ。ウケるぅ~」
リュッカはリューズベルトにニヤついた目を向け、小馬鹿にするようにクスクスと笑った。
この子はこの子で、自分がリューズベルトに嫌われていることを知っている。だから、こんな態度なのだろう。
「ところで~、メガネ君はぁ、どぉして勇者ちゃんがエーシャのことを好きだと思ったのぉ?」
「そりゃもちろん、エーシャのあの手料理をリューズベルトが食べきったからさ」
「ああ~。そういえば、そんなこともあったねぇ~」
話しながら、二人は遠い目をする。
何でもエーシャの料理は殺人級で、何を作っても毒物になるらしい。毒物といったら、劇物のおよそ10倍だ。何とも恐ろしい。
しかし本人はそのことに気付いておらず、メンバーが一丸となって、エーシャが料理することを阻止していたのだとか。
しかしある時、悲劇は起こってしまう。
エーシャの手料理が完成してしまったのだ。
何かと理由をつけては、食べることを拒否するメンバーたち。当然、エーシャはしょんぼりと落ち込んだ。そこで名乗りを上げたのが、リューズベルトだ。
「だったらオレがもらう」
そう言って、顔色を変えずに料理を食べきったという。その時、メンバー全員が『勇者だ!』と思ったらしい。大丈夫か、このパーティ。
だけど、意外だ。こうして聞いていると、身を挺してリューズベルトが仲間を庇ったようにも思える。エーシャも傷つかずに済んだ。いくらすぐに状態異常が治るといっても、普通、毒物は口に出来ないだろう。実は案外、良い奴なのかも。
……うーん。エーシャの代わり、かぁ。
エーシャは料理以外に、これといって欠点はなかったらしい。いろんな魔術具を使いこなし、魔法の腕は超一流。オマケに女神のように美しい人だった。そんなエーシャが抜けた穴埋めとして、ナキスルビアはパーティに入ってしまったのだ。
今のこのギスギスとした空気を自分だけで変えるのは無理だろう。それに最低でも1年は、このメンバーで共同生活を送らなければならない。そう考えただけで、ナキスルビアの心はどんよりと重くなった。
元は一族のせいだから、全てをエーシャのせいにする訳ではないけれど。それでも好きに叫んでいいのなら、ナキスルビアはこう叫びたかった。
エーシャ~~~~!!
そんな後始末、私には無理だあぁぁ~~!!
……はぁ。……そういえば、あのルリって子、ちょっとエーシャに似てたなぁ。
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