第128話 頑張った後のお楽しみ
「……それで、シャルティエはどうだったんだ?」
ガインが問いかける。
「私も試験は無事に合格しました」
「まぁ、当然だろうな」
それはそうだ。と、その場にいた全員が頷く。
ルーリアが合格できているのに、シャルティエが不合格なんて有り得ない。
「それで……最優秀は?」
ユヒムが少し遠慮気味に尋ねる。
「もちろん、選ばれましたよ」
「「どっちが?」」
ユヒムとアーシェンの声が重なる。
二人はルーリアかシャルティエのどちらかが選ばれると思っていたようだ。シャルティエはともかく、自分が過大評価されていたことを知り、ルーリアはちょっと照れてしまった。
タルトの箱をテーブルに置いたシャルティエは、ルーリアの手首を掴んでグイッと高く持ち上げる。
「もちろん、二人で!」
「えっ、二人!?」
「最優秀って、選ばれるのは一人じゃなかったのかい?」
アーシェンたちが目を丸くすると、シャルティエはにっこり微笑んだ。
「今回は特別に、二人選ばれました。私とルーリアのシュークリームが全く同じ味だったんです。これには私も驚きましたけど」
「……同じ味。そんなことってあるの?」
「私もルーリアのシュークリームを食べていなかったら、同じことを言っていたと思います」
「同じ味かぁ。それはすごいね」
二人とも信じられないといった顔をしていたけれど、シャルティエはそこまで意外ではないと話す。なぜならルーリアは、シャルティエのレシピ以外の菓子の作り方をほとんど知らないからだ。
有名な菓子店でも、同じレシピで修行した職人同士は自然と味が似てくるらしい。
「だけど……そうなると、シュークリームの権利ってどうなるのかしら?」
アーシェンがぽつりと呟く。
「あ、もしかして。お二人ともルーリアのシュークリームの販売を狙ってました?」
「そりゃあ、ね」
「最初は冗談半分で話してたんだけど、昨日、初めて食べてみて分かったわ。あれは売れるでしょうね」
キラリと目を光らせ商人の顔をするアーシェンに、シャルティエは余裕のある顔を返す。
「お二人が本気でルーリアのシュークリームを販売するのなら、すぐに新しいお菓子として世界中に広がるでしょうね。私としては嬉しいですよ」
「えっ。シャルティエはそれでいいの?」
「それだと困るんじゃないのかい?」
ケテルナ商会とビナーズ商会が参入すれば、シュークリームの名前を広める良い切っかけになると話すシャルティエに、二人は驚いた。
正直に言ってしまえば、シャルティエのところは数店舗あるといっても小さな個人店だ。対して、ユヒムたちは世界中に店を持つ大企業。
同じ物で商売をするのであれば、どう足掻いてもシャルティエに勝ち目はないだろう。それなのに、シャルティエは笑顔だった。
「なにも困りませんよ。だって私、もうすでに新しいシュークリームを何種類も完成させていますから」
「新しいシュークリーム?」
どういうこと? と、ルーリアが尋ねる。
「簡単な話だよ。タルトと一緒で、シュークリームを完成させた後、中身を変えたりして種類を増やしていったの。だから何も問題ないよ」
「あ、そういえばシャルティエは、けっこう前に問題が解決したって言ってましたもんね」
あの頃すでにシュークリームが完成していたのであれば、シャルティエがその後、何もしないでいるはずがない。中身のクリームを変えたり、皮をいろいろ工夫したりと、たくさん試したに違いない。さすがシャルティエ。抜かりない。
「でも、よくあの記録だけでロモアの種のことが分かりましたね」
「あの時は、寝ても覚めてもシュークリームの香りのことばかり考えていたからね」
ルーリアの作る魔虫の蜂蜜の香りと、課題発表の時に食べたシュークリームの香りが似ていたことには、すぐに気付いたらしい。
シャルティエはこの辺りに咲く花を片っ端から調べていった。けれど植物には詳しくなかったから、なかなか見つからなくて完全にお手上げになっていたのだとか。
「そしたらルーリアの記録の中に、まだ試していない名前を見つけて……」
それが、ロモアだったそうだ。
「それで、あの日は慌てて帰ったんですね」
「うん、ずっと言えなくてごめんね」
「いいえ、大丈夫ですよ」
気にはなっていたけど、いつか話してくれると思って聞かずにいたのだ。
「しっかし、何、あのロモアって。めちゃくちゃな希少種じゃない。あの種一粒で、いったいいくらするか」
「えっ、ロモアってそんな花だったんですか!?」
話を聞けば、ロモアは『幸運の青い花』とか『ゼウスカルスの青い宝石』とか呼ばれ、一生に一度お目にかかれるかどうか、と言われている幻の花らしい。
ゼウスカルスとは、魔族領との境目にある山脈地帯の名前だそうだ。この森の辺りも含まれるらしい。初めて知った。
人が住むような平地や水辺にはまず生えないそうで、かなり限られた環境でしか育たない植物らしい。
「何でルーリアは、そんな希少種で花畑を作ろうだなんて、とんでもないことを考えたの?」
「……だって、好きな香りだったから」
「好きだって気持ちだけで、幻の花で花畑を作っちゃうとか。ルーリアらしいというか何というか」
シャルティエは呆れたように笑いながら、ルーリアの手を取った。
「でもそのお蔭で、私は神様のレシピの保有者になれた。私にとっては、ルーリアが幸運の花だよ。本当にありがとう」
「わ、わたしだって。シャルティエのレシピのお蔭で、シュークリームを完成させることが出来ました。わたし一人の力では、とても無理でしたから。……本当にありがとう、シャルティエ」
ルーリアたちが微笑み合っていると、それを見ていたフェルドラルは、うっとりとした顔でセフェルの首を抱き絞めていた。
「フェ、フェル様! し、死ぬ、死んじゃうぅ~~!」
「ええ、死ぬほど尊いですね」
「…………にゃ、ふっ」
「あぁっ! セ、セフェルッ!?」
泡を吹いて、カクッと落ちるセフェル。
エルシアは慌てて、フェルドラルからセフェルを取り上げた。
「改めて。ルーリア、シャルティエ、試験の合格おめでとう」
「おめでとう、二人とも」
「よく頑張ったわね」
「本当にすごいよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「皆さん、ありがとうございます」
食事会の料理は、久しぶりに二人で調理台の前に立ち、ルーリアとシャルティエが作った。
やっぱり一人より誰かと一緒に料理している方が楽しい。
ユヒムとアーシェンがいろいろ食材を持ってきてくれたから、それを使ったのだけど。
その中の一つに、小ダルくらいの大きさのチーズの塊があった。ハードチーズという種類の物で、数年かけて作る物なんだとか。
という訳で、今日はチーズ尽くしの食事会となっている。
まずは蒸してホクホクになった芋などの野菜に、とろとろに溶かしたチーズをかける。これに塩と、ピリリとする香辛料をかけただけのシンプルな料理だ。
「んー。伸びるチーズが美味しいっ」
「熱いけど美味しいわね」
残念ながらルーリアとガインは猫舌だから、伸びるチーズは味わえなかった。人が食べていると美味しそうに見えるから、ちょっと悔しい。冷めても美味しいけど。
ルーリアがチーズパスタを作る背面で、シャルティエは酒のつまみだと言って、肉類を薄切りにしたチーズや葉物で巻いていた。ルーリアが見ても平気なように、綺麗に包んでくれたようだ。
「なるほど。こうすればルーリアの前で食べても平気なのか」
「で、でも怖いから、絶対にひと口で食べてくださいね」
感心するガインにルーリアは笑顔で答えていたが、フォークを持つ手はかすかに震えていた。まだ直接見るのは怖い。
他にも、小粒の豆とチーズを合わせてカリカリに焼いた物や、チーズオムレツ、グラタンなど、これでもかとチーズを堪能した。どれも美味しくて満足だ。
そして、お待ちかねのデザート。
シャルティエの新作のタルトを店に出すよりもひと足早く味わう。なんて贅沢なんだろう。
「わぁ、すごい!」
今回シャルティエが持ってきてくれたのは、なんと花で作ったタルトだった。食べられる花だそうで、お菓子というよりブーケのような華やかさだ。とにかく香りが良い。
「この花って、もしかして……」
「そ、ロモア探しの時に見つけたの。綺麗でしょ」
さすがシャルティエ。
花を見て食べられるかどうか考えるなんて。
菓子作りに懸ける情熱は誰にも負けないと豪語するだけはある。
「あと、こっちは果物のタルトだよ」
「こっちもすごい! 花みたい」
赤やピンクの果物が、花びらのようにカットされて盛り付けてある。豪華さでは花のタルトに負けていない。まずは花のタルトをいただく。
「んん~~。とっても甘くて美味しい」
花はパリパリに飴がけされていて、食感が面白い。その下は花びらを細かくして混ぜ込んだクリームになっていて、スッキリする香りとなめらかな甘さが絶妙だった。
もうすぐ日が沈む時間だと言われたルーリアは、急いでタルトを頬張る。果物のタルトは甘酸っぱくて、下の濃厚なクリームと合わせると絶品だった。
「……まだ……タルト、を食べ、たいの、に……」
残念ながら時間切れだった。
ルーリアはフォークを手にしたまま、テーブルで寝落ちしてしまう。
あとから聞いた話。
ルーリアはシャルティエのタルトを眠った状態で食べていたらしい。
眠っているところにタルトをそーっと近付けると、パクッと食いつくんだとか。人が眠っている間に、何をしてくれているのか。みんな、ひどい。
「とても幸せそうな寝顔だったよ」とは、シャルティエからの言葉だ。それはそうだろうけど。
ルーリアが眠った後に、ユヒム、アーシェン、シャルティエの三人で『シュークリーム同盟』という謎の組織が作られたそうだ。これはまた、別の話。
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