第127話 素直に喜べないかも


 合格発表が無事に終わったから、もう他人のふりも終わりだ。ルーリアとシャルティエは互いの合格を喜び合った。


「シャルティエ、合格おめでとう」

「ルリも、おめでとう。でも本当にビックリしたよ、あれ」

「わたしもです。シャルティエはロモアの種を知っていたんですか?」

「んーん。前にルリが花畑の記録を見せてくれたでしょ。あの時に知ったの」


 ルーリアが今回のシュークリーム作りで使った材料は、ユヒムの屋敷で一緒に菓子作りをしていた時に、シャルティエから教えてもらった店の物ばかりだ。シャルティエがミリクイードで採れたロモアの種を使ったのであれば、同じ物が出来上がるのは当然と言えた。


「……貴女たち、やはり知り合い同士でしたのね」


 自分たちに向けられた敵意のある声に、ルーリアとシャルティエが振り返る。見れば、グレイスに『異議あり』と言っていた金髪の女性が立っていた。

 近くで見ると意外と若い。10代半ばくらいだろうか。落ち着いた貴族のような服装をしていたから、もう少し年上かと思っていた。


「どんな手を使ったのか知りませんが、神様方の目を誤魔化せたからといって、あまり調子に乗らないで頂きたいですわね」


「ふんっ」と荒く言い放ち、カツカツと足音を響かせ、女性は会場から去って行った。


「……な、何でしょう、あれ」

「あー、気にしなくていいと思うよ。お父さんの時も、ああいう風に突っかかってくる人はいたって聞いてるし」


 知り合い同士で最優秀に選ばれると、何かズルをしたのではないかと周りから疑われてしまうのだろうか。ルーリアはちょっとだけシュンとなった。


「姫様。ああいった生意気な者でしたら、少々遊んでみても宜しいでしょうか?」


 女性が去って行った方を見つめ、フェルドラルが不思議なことを言い出す。


「え、遊ぶって……? 何をするつもりなんですか?」

「覚えたことをいろいろ試してみたいのです。森では小さな魔法以外、使用を禁止されていますので」


 フェルドラルはそう言って、綺麗な笑みを浮かべる。が、ルーリアには悪いことを企んでいる顔にしか見えなかった。要は人で試したいということだろう。


「だだ、ダメです! サラッと怖いこと言わないでください!」

「それは残念ですわ」

「絶っ対に、ダメですよ!」


 全く諦めていそうにない顔で微笑むから、念を押しておいた。これは目を離すと大変そうだ。油断しない方がいいだろう。


「試験が終わったから、これでまた一緒にお菓子作りが出来るね」

「わたしはそれが楽しみでした。お菓子作りのことで、シャルティエと話したいことが山ほどあります」

「分かる。私もだよ」


 ルーリアとシャルティエは未成年だから、今頃、家族の元に学園からの通知が届いていることだろう。


「二人一緒に最優秀に選ばれたことは、たぶん知らされていないと思う。せっかくだから、食事会でみんながそろってから驚かせたいな」

「分かりました。シャルティエが家に来るまでは、合格したこと以外は内緒にしておきますね」

「うん。じゃあ、ちょっと家に結果報告と、タルトを取りに行ってくるね」

「はい。また後で」


 ルーリアたちは学園を出て、それぞれ転移して家に帰った。ガインたちは朝から心配していたから、早く無事な顔を見せて安心させなければ。

 ちなみに、フェルドラルは弓に戻らなくても手を繋ぐだけで一緒に転移できることを、何度か試す内に発見した。



 ああ~っ! やぁっと終わった~~!!


 家に帰り着いたルーリアは、じわじわと込み上げてくる解放感に浸っていた。それに、シャルティエの新作のタルトが今から待ち遠しくて堪らない。

 店のテーブルで足をパタパタさせてウキウキしていると、苦い顔をしたユヒムが声を潜めて話しかけてきた。


「あの、ルーリアちゃん。今は静かにしていた方がいいかも、だよ」

「えっ、どうしてですか?」


 ユヒムとアーシェンは、ルーリアが帰ってくる少し前にここに来たそうだ。けれど、ちょっと様子がおかしい。ルーリアが話すまでもなく試験の結果は知っていたそうだけど、その表情は微妙に暗い。


「…………帰ったか」


 二階にいたらしいガインが階段を下りてきて、低い声を出す。なぜか怖い顔で眉間にシワを寄せているが……怒っているのだろうか? どうして?


 ガインはルーリアの目の前まで歩いてくると腕を組んでドッシリと構え、冷やかな目で見下ろした。凍りつくような恐ろしい目だ。


「ルーリア。お前、今日は何をしに学園へ行った?」

「…………へ?」


 思わぬ質問に、気の抜けた声が漏れる。

 今さら何の確認だというのだろう。


「そんなの、試験を受けに行ったに決まっているじゃないですか」

「何の、試験だ?」

「もちろん菓子学科の試験ですよ。他に何があると言うんですか?」


 不満顔でそう答えると、ガインはルーリアの目の前に一枚の紙を突きつけた。


「じゃあ、何で、その菓子学科の試験を受けに行ったお前の所に、一番に軍事学科からの合格通知が届くんだ! おかしいだろ!?」


 その言葉で目が点になる。


「………………は?」


 ガインの手から奪うように紙を受け取り、書かれている内容に目を走らせる。読むと、それはまぎれもなく軍事学科からの『合格通知』だった。


「え、えぇえぇぇーっ!?」

「えぇえぇぇーっは、こっちの台詞だ!」


 ちょっと神様、本気ですか!?

 ちゃんと見てらしたのですか!?

 軍事学科の選別に申し込みなんてしていないんですけど!?


 まさかあの時の犯人探しが、こんな形でガインにバレるなんて……!

 最低最悪の失敗だ。と、心の中で己の不運を嘆いたところで、ガシッとガインに頭を掴まれた。もはや懐かしさすら感じる。


「…………何か言いたいことはあるか?」

「…………いえ、何も」


 ルーリアはガインと向かい合うように座らされ、延々と説教をされた。涙目でちっちゃくなったのは言うまでもない。



「ガイン。もうそれくらいで宜しいのでは? 犯人を捕まえることが軍事学科の選別に関わると、姫様はご存知なかったのですから」


 長々と続く話をフェルドラルが止めようとするも、ガインはまだ言い足りない顔をする。

 ルーリアが悪人たちを許せないと思ったことについては構わないと言う。しかし、会場にいた大人──係の者に相談もせずに、ルーリアが単独で行動したことは良くないと諭す。

 それでもしルーリアが大ケガでもしたら、どうするつもりだったのかと。たくさんの注意の言葉がぶつけられたけれど、それと同じ数だけ心配する気持ちも込められているのだろう。


「こんなつもりではなかったでは済まされないから言っているんだぞ。聞いているのか、ルーリア?」


 とっくに燃え尽きて真っ白になったルーリアは、テーブルに顔を伏せて沈んでいた。ガインが呼びかけても反応はない。


「ま、まぁ、ガイン様。ルーリアちゃんは人のためと思って動いてしまったんですから。そろそろ許してあげてください」

「そうですよ。せっかく頑張ってきたんですから、それくらいにしてあげてください」


 それより『よく頑張った』とか『合格おめでとう』って言ってあげたんですか? と、アーシェンが詰め寄る。

 ガインは「ウッ」と短く声を漏らし、まだひと言も褒めても労ってもいなかったことに気付いた。今さら言ったところで、取ってつけたようで非常に気まずい。


「ルーリア、シャルティエはどうだったのですか?」


 菓子学科の方からも、ルーリアの合格通知は届いていたらしい。エルシアがシャルティエのことを尋ねても、ルーリアは無反応だった。それを見たガインは急に焦った顔になる。


「あー、まぁ、何だ。とりあえず、ルーリアも無事に合格できたことだし、ひとまず良かったな」


 ぎこちなく気を遣ったガインの台詞にも、ルーリアは顔を沈めたままだ。ピクリともしない。


「ほら、ガインが言い過ぎるから、ルーリアが拗ねてしまったではありませんか。せっかく頑張ってきたというのに。私は知りませんよ」

「……ぐっ」


 その時、店の床に魔法陣が広がり、タルトの箱を手にしたシャルティエが転移してきた。


「じゃーんっ! 新作のタルトをお持ちしましたぁ~~……って、あれ? どうしたの、ルーリア?」


 その声を聞いたルーリアはガバッと起き上がり、シャルティエの後ろに素早く回り込んだ。


「聞いてください、シャルティエ。ひどいんですよ。お父さんから精神的な攻撃を受けました。タルトでわたしの心の傷を癒してくださいっ!」


 自分を盾にするように、ササッと後ろに隠れたルーリアを、シャルティエはポカンと見つめる。


「え? 何があったの?」

「ルーリア。お前、全っ然反省してないだろ」


 首を傾げるシャルティエを挟んで、ルーリアがガインの手から逃げると、みんなから笑いが漏れた。


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