第113話 家族会議と大切な話


 ルーリアが隠し森の家に帰り着いた、その日の夕暮れ近く。


 エルシアの工房を含むルーリアの部屋、改め子供部屋にて。ルーリアとフェルドラルはベッドの上で向かい合って座っていた。


「……では、行きますよ、フェルドラル」

「はい、いつでもどうぞ。姫様」


 フェルドラルが可愛らしい目を閉じる。

 ルーリアは左手に薄く風をまとわせると、フェルドラルの身体にそーっと触れた。


 ほんのちょっと、触れた瞬間。

 フェルドラルの身体がピクッと動き、ルーリアの手にも風が当たったのが分かった。


「……どうですか? 痛いですか?」

「痛くはありません。ですが……少し、流れが強いかと思いますわ。これでは死んでしまうかも知れません」


 ルーリアは少しだけ風を弱めた。


「それなら、こう、とか?」

「……先ほどよりは弱いですが、やはり流れに捕まりますと、羽根を傷つけてしまう可能性が高いと思いますわ」


 うーん。思っていたより難しい。

 ルーリアは今後の採蜜に向け、ミツバチを安全に扱うための方法を探していた。フェルドラルには、前に約束したミツバチ役をしてもらっている。


 ミツバチで行う養蜂については、シャルティエから詳しい話を聞いていた。

 人族と同じようにするのもいいけど、それだとどうしてもルーリアの目指す蜂蜜作りとは違う物になってしまう。

 出来るだけミツバチにストレスを与えずに蜜を分けてもらう。それがルーリアの理想だった。


 ミツバチはとても繊細な生き物だから、何か良い方法はないだろうか? 風魔法がダメなら、それに他の魔法や魔術具をかけ合わせたらどうだろう?


「フェルドラル、眠りの魔法と時を止める魔術具を一緒に使ってみてもいいですか?」

「はい。お好きにどうぞ」


 ルーリアはエルシアの荷物置き場から魔術具を一つ取り出した。


小域睡眠モース・モウズ


 眠りの魔法が効いてフェルドラルの身体が傾く。そこへ、時の魔術具を起動させた。

 この魔術具は時間を完全に止めるのではなく、ものすごくゆっくりにする物だ。この状態なら、魔法の影響はほとんど受けないだろう。

 さっそく風をまとわせた手で触ってみると、髪に触れても少しもなびかなかった。


 ……うん。これなら大丈夫そう。


 良い方法が見つかったのが嬉しくて、ルーリアは笑顔で眠らせたフェルドラルの身体をペタペタと触って確かめていた。すると。


 ふと、扉の方から痛いくらいの視線を感じた。

 顔を上げると、そこには二人分の人影が。


「…………ルーリア、あなた……」

「…………何してんだ、お前……」


 そこには、果てしなくドン引きした顔のガインとエルシアが立っていた。ルーリアがちゃんと眠ったか、様子を見に来たのだろう。


「え……、何って……?」


 ガインたちは不審に満ちた目でルーリアを見ている。その目には見覚えがあった。変なことを言ったフェルドラルを見る時と同じ目だ。


「ち、違いますよっ!? これは、そのっ、練習で、」

「…………練習」

「…………さらに本番があるのか」


 なぜかガインたちの目が、さらに冷えた。


「えっと、あのっ、」

「ガイン、ルーリアはいつからこんなことに……」

「…………済まん、俺にも……」


 止めて! 本気で悩まないでぇっ!


 何やら嫌な方向に誤解されているようだ。

 真剣な顔をする二人にルーリアは慌てた。


「あのっ、お父さ……」

「ルーリア、ひとまずフェルドラルを起こして、下に来るよう伝えるように。大事な話がある」

「……ぅ……は、はい」

「あと、お前は今日はもう眠れ。明日、家族会議をするからな」


 か、家族会議!?

 何それ!? 何か怖いんですけど!?


 明日の予定を告げ、疑うような眼差しのまま、ガインたちは去って行った。


 うぅ……っ。明日、何があるんだろう?

 何を言われるのか怖いよぅ……。


『……小域睡眠解除モース・ティルス


 ルーリアはフェルドラルに掛けた魔法を解除し、ガインからの伝言を涙目で伝えた。



 ◇◇◇◇



 次の日。


 ルーリアは昨日宣言された通り、家族会議のために店のテーブルに着いていた。


 隣には、フェルドラル。

 その向かいにガイン、その隣にエルシアだ。


 やっぱり昨日のことを聞かれるのだろうか?

 そう思って身構えていたけれど、家族会議はそれとは違う話から始まった。


「ルーリアにも話しておくが、昨日あれからフェルドラルに協力してもらい、結界の補強を済ませた。人でもそれ以外でも、人型の者は簡単には入れなくなったそうだ」

「結界の補強。あ、だからフェルドラルを……」

「ああ。だから、もしそれでも森に入って来るようなヤツがいたら、それはもう神か女神だとでも思ってくれ」

「え。こ、怖いことを言わないでください」


 エルシアとフェルドラル、二人がかりの結界ならまず大丈夫だろう、とガインは言う。

 もし森で知らない人を見かけたら、全力で逃げる。ルーリアはしっかりと胸に刻み込んだ。


「それと、課題発表の時に起こったことについて話をしようと思うんだが。……その前に、ルーリアに話しておかなければいけないことがある。とても大切な話だ」


 そう告げたガインの表情は妙に不安げで、緊張しているようにも躊躇っているようにも見えた。


「大切な、話……?」


 ガインは迷いを断ち切るように強く目を閉じ、そして覚悟を決めたように目を開くと、まっすぐにルーリアを見据えた。


「俺は今回のことで、今まで話していなかった、お前の血筋や置かれている現状を、きちんと話しておかなければならないと強く感じた」

「わたしの……血筋?」


 それって、ミンシェッド家のこと?


「お前は……ミンシェッドの血を確かに引いている。エルシアの子なのだから、それは間違いない。……だが、その存在は、ミンシェッドの者としては認められていない」

「…………え」


 存在が、認められていない?

 それは……どういう意味?


「……ルーリア。ミンシェッド家の中には、あなたの存在を知っている者は一人もいません。私とガインがずっと、あなたの存在を一族から隠してきたためです」


 ガインから言葉を引き継ぐように、エルシアが話を続ける。


「隠す? どうして?」

「ミンシェッド家にとっては、エルフの純血こそが守るべきものであり、唯一の存在価値なのです」

「…………純血。わたしは……ハーフですよ」

「ええ、そうです。ルーリアはハーフエルフです。私とガインの……大切な子です」


 エルシアは愛おしいものを包み込むように優しく、だけどどこか寂しさにも似た憂いを帯びた目でルーリアを見つめた。


「……もし、わたしの存在がミンシェッドの人たちに知られたら、どうなるんですか?」


 その一族の中で、純血であることだけが存在する意味を持つというのなら。


「……その存在が知られてしまったら、ガインとルーリアは……ミンシェッド家にとって都合の悪い存在として、きっとひどい扱いを受けてしまうでしょう。場合によっては、生命が狙われることも十分に考えられます」

「──!!」


 お父さんとわたしの生命が……!

 ルーリアは心の中に、重く黒い影のようなものがジワリと広がるのを感じた。


「それって、どういう意味ですか? 純血でなければ、わたしは生きていてはいけないんですか? どうしてお父さんまで生命を?」


 次々と口を衝くルーリアの質問に、ガインは表情を曇らせた。


「済まない、ルーリア。これは……全部、俺のせいなんだ」

「……お父さんの?」


 かすかに震える手を握りしめ、ルーリアはガインを見つめる。


「エルシアは昔、神殿の次期神官長として婚姻相手が決まっていた。……ミンシェッド家の次期当主とも言われていた。それを地上界に連れ出して潰したのが、俺なんだ。俺が生命を狙われる理由は十分にある」


 お父さんが、お母さんを地上界に……。


「私は望まない婚姻相手から逃れるためにガインを頼り、そして今に至りました。決してガインのせいではありません。全て、私のわがままから始まったことなのです。……ルーリア、責めるならガインではなく私にしてください」


 二人から向けられる視線の中にある感情は、ルーリアが今までに見たどれとも違うものだった。

 親である自分たちを責め、子であるルーリアを憐れむ。ガインはエルシアを庇い、エルシアはガインを庇う。互いに相手を恨まないで欲しいと、祈るようにルーリアを見つめている。

 その縋るような目に、ルーリアは戸惑いを隠せなかった。


「…………お父さんとお母さんの、今までの話を聞かせてください。神殿にいた時から、今までの話を」


 自分が、どう生まれたのかを……。

 ルーリアの声は、か細く消え入りそうだった。



 ガインとエルシアは神殿にいた当時の話をルーリアに聞かせた。個人の意思は尊重されず、理不尽なことも呑み込み、古い規律に縛られる毎日。


 そこから逃げ出し旅をして、ミリクイードにあったこの森に辿り着き、ルーリアが生まれて。

 邪竜と戦い先代の勇者と出会い、ルーリアが呪われたような体質になり、魔虫の蜂蜜屋を始めて。

 ミンシェッド家の目から逃れるために結界を作り、ルーリアはその中で何も知らずに守られて育って……。


 ガインとエルシアは、それらの話を一つずつ、振り返るように聞かせてくれた。

 ルーリアの想像からかけ離れた、知らない両親の過去の話。それはもう、立派な冒険物語とも呼べるものだった。


 たまに自分の名前が出てきても、知らない誰かの話を聞いているような。そんな他人事みたいなフワフワとした感覚になる。

 自分のことなのだと思えないこの感覚は、きっとそれだけ二人が懸命にルーリアを守り、あらゆる危険から遠ざけてきた証拠でもあるのだろう。


 でも、二人の話に出てくる言葉を繋ぎ合わせていくと、今まで抜け落ちていた記憶と曖昧に誤魔化してきた日常が、自分の中で綺麗に埋められていくのをルーリアは感じた。


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