第3章

33 大悪魔ナアマ

 暗い広間。

 そこにはそれは長い長い机が置かれてあり、集められた者が一定の間隔を開けて座っていた。

 一番奥に座る男。

 その場にいる全ての者が彼の様子を窺っていた。

 男がしゃべり始めると、その場の空気が一気に変わった。

 

 「今日、お前たちに集まってもらったのは他でもない。大悪魔ナアマを復活させるためだ」  

 「大悪魔ナアマですか? かなり前に消されたはずでは?」


 男の近くにいた者が尋ねる。みなが疑問に思ったことを代弁してくれていた。

 すると、男はニコリと笑う。

      

 「実をいうと、消されたのではなく封印されているらしいんだ」

 「なんですと?」「それは本当ですか?」


 「ああ。昔、ナアマ討伐クエストが地方ギルドで出ていた。誰も倒せないと思われたところに、ある子どもがたった1人で倒した。このことはお前たちを知っているだろう?」

 「ええ。聞いた時は天地がひっくりかえると思いましたよ」


 「でも、実際は違った。その子どもはどうも自身の体に大悪魔ナアマを封印したらしい」

 「なんと! 大悪魔ナアマは人間に封印されているというのですか!?」


 「そんなバカな」とみなはさらに声を上げる。動揺していた。悪魔を人間の肉体に封じるなど、前例にないためである。

 一方、男は冷静だった。いや、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 「確か、その子どもの名前は――――――――――――」




 ★★★★★★★★




 「メイヴ」

 「…………」


 うーん。反応なし。


 「メイヴさん」

 「…………」

 「メイヴさーん」

 「…………」

 「おい、メイヴ!」

 「!?」


 何度も声をかえても反応しなかったが、大声で呼んでようやく反応。

 突然名前を呼ばれ、メイヴは動揺していた。


 俺が声を掛けるまで、ぼっーとナターシャとシュナを見つめていたメイヴ。

 彼女はいつもと雰囲気が違った。

 なんか疲れている? と、ふと思ったのだ。


 「ど、どうした? 急に」

 「いや、大丈夫かなって?」

 「大丈夫って?」

 

 俺たち、シルバーバレットはAクラスクエストを受けていた。

 Aクラスなので大したことも起こらず、倒すことができた。

 モンスターの死体を見て、「すごーい」とか言ってはしゃいでる。子どもかよ。

 まぁ、普段なら、彼女たちと一緒に死体を確認しているメイヴだが。今日は違った。

 

 討伐しても突っ立ったまま。

 メイヴが普段よりもずっと疲れているように見えた。

 なんか雰囲気がいつも以上に暗いんだよな。

 

 「疲れていないか? お前、疲れとか表情に出ないタイプだし、大丈夫かなと思って。無理してないか?」

 「そんなことはないよ……………………私、疲れているように見える?」 

 「うん、まぁな」

 

 俺がそう答えると、メイヴは一時黙り込む。そして、小さくうなずくと、

 

 「もしかしたら、1日部屋から出てこれない日が来るかもしれない。その時は3人でクエストに行って」

 

 と言ってきた。

 1日部屋から出てこれない?

 それはもしや、いわゆる女の子の日とかいうやつか? 

 と尋ねると、メイヴは苦笑いで答えた。

 

 「別にそう言うのじゃないから。ていうか、スレイズもそういうこと知ってるんだね」

 「少しは知ってるよ、具体的なことは知らないがな。まぁ、でも無理はすんなよ」

 

 「……………………うん」

 

 


 ★★★★★★★★




 「ねぇ、聞いてスレイズ!」


 ある日のシルバーローズのギルドにて。


 「なんだよ、シュナ。そんな大声上げて。耳でも悪くなったのか」

 

 俺たち、シルバーバレット《4人》は昼飯を食べていた。

 

 「はぁ? この私が耳を悪くさせるはずがないじゃない! バカなこと言うんじゃないわ……………………ってまぁ、そんなことはどうでもいいのよ」

 

 突然立ち上がるシュナ。

 あーあ。お食事中なのに立ちやがって。落ち着きのないお子様か。

 と思いながら、俺がジト目で見ていると、シュナは人差し指をピンと立てた。


 「最近の私たち、ずっとクエスト受けっぱなしでしょ?」

 「ああ、そうだな」

 

 ここ最近は毎日ずっとクエストを1つ以上受けている。

 おかげであまりお金には困っていない。かといって、めちゃくちゃお金を持っているわけでもないが。

 

 「ずっと働きっぱなし。ナターシャが復活してから一日も休んでいないのよ。そんな私たちには、そろそろ休暇も必要だと思うのよ!」

 「……………………それって要は休みがほしいのか? じゃあ、明日はクエストを受けずに————」

 「それじゃあ、ダメ! 私はバカンスをしたいの! 観光地とかに!」

 

 バンと机を叩くシュナ。

 ナターシャはパフェを美味しそうに食べながら、「シュナちゃんの意見に賛成だよー」と言ってくる。


 「バカンスか。別に俺もいいと思うが、それって長期休暇になるよな」

 

 バカンスに行くなら、行ったことのない場所に行ってみたい。

 デルフィニューム地元からずっと離れた国の北部とか。


 「やっぱ、バカンスといえば、海よね! 海!」

 「うんうん、私もそう思うー」

 「なら、やっぱりあそこなのよ。海は!」

 「そうだね。海といえばあそこだねー」


 勝手に話を進めていくナターシャとシュナ。 

 2人は行きたい場所が一緒なのか、楽しそうだった。


 「あそこってどこだよ」


 俺が尋ねると、2人は顔を見合わせて、そして答えた。

 

 「「観光都市カルミア!」」




 ★★★★★★★★




 観光都市カルミア。

 ローレル王国の南東に位置する街である。

 山が多いとされるローレル王国だが、カルミアこの都市には珍しく海があった。

 

 そのため、自然とローレル王国の観光地に仕上がっていき、バカンスを楽しむ人がにぎわっているとか。

 カルミアの海はかなり綺麗で、国外からも訪れる人がいるらしい。


 「これは国外から来るわけだ」

 

 俺はカルミアの海を目の前にして、そう呟いていた。

 馬車を乗り継ぎ、やってきた観光都市カルミア。

 そこにようやく到着した俺たちは、滅多に味わえない潮風に当たっていた。

 

 まだ、昼間だ。時間はたっぷりある。

 よし。

 海で遊べるな。

 

 海で遊ばないかと提案すると、ナターシャとシュナは大賛成してくれた。

 しかし。


 「私はやめておくよ」

 

 メイヴはそう答えた。パッと見て、疲れているように見えた。

 ずっと馬車に乗っていたから疲れたのだろうか?

 すると、ナターシャが。

 

 「もしかして、あれの日?」

 

 と小さな声で尋ねた。メイヴは小さくコクリと頷く。

 

 「…………うん、そうみたい」

 「そっか。じゃあ、メイヴと一緒に部屋にいるよ。スレイズとシュナは2人で楽しんできて」

 「いいよ、ナターシャ。きっと大丈夫だから。ナターシャも遊んでおいで」

 「でも…………」


 心配そうな表情を浮かべるナターシャ。一方メイヴは優しく微笑んでいた。

 

 「何度対処してきてると思ってるの。大したことは起きないよ。行っておいで」


 そう言われ、ナターシャはうーんと悩んだが、何度も「行っておいで」というメイヴに押され。


 「……………………うん、分かった」


 と返事。


 「メイヴ、頑張ってね。何かあったら、すぐに私たちに連絡してね」


 頑張って、って。

 ほんと、女の子の日って大変だな…………。


 そうして、俺たちは夕方まで海で遊び、宿に戻った。

 帰ってくるなり、ナターシャは「ちょっとメイヴの様子見てくる」と言って、メイヴの部屋へ。

 

 数分してナターシャがロビーに戻ってきた。


 「どうだった?」

 「大丈夫そうだった。あの感じだと、いつも通りだったよ」

 「そうか」


 いつも通りなら、問題はなさそうだな。

 

 しかし、俺は後で知ることになる。

 その日のメイヴがいつも通りじゃなかったことを。




 ★★★★★★★★




 次の日の朝。

 起きるとそこには彼女がいた。


 ナターシャ?

 いや、ナターシャじゃない。

 ナターシャであれば、別に困ってない。


 普通におはよ、と言って起きるさ。

 でも、そうじゃない。

 いつもの感じで、起きることなんてできない。

 

 俺の体の上に乗っかっていたのは――――――――――――そう、メイヴ。

 あのメイヴだ。

 

 「メ、メイヴさん?」

 「…………」

 「メイヴ、どうした?」

 「我はメイヴではないぞ」

 「は?」

 

 赤い瞳、話し方、雰囲気。そして、右目周辺に描かれたタトゥー。

 全てが普段のメイヴとは違う。

 外見は確かにメイヴだが、自分の直観がメイヴでないと言っていた。


 一体、コイツは誰だ? なんで俺の部屋にいるんだ?


 「貴様、メイヴこやつのパーティに最近入った、スレイズという者じゃな」

 「はぁ…………そうだけど。あんた誰だよ。勝手にメイヴの姿をしやがって」

 「我は大悪魔ナアマ。貴様、我の名を知らぬか」

 

 はぁ?

 大悪魔ナアマ? 

 ……………………うーん、聞いたことがあるような。ないような。

 てか、なんでそんなやつがメイヴの体に?

 

 すると、そいつは俺に顔を近づけ、頬に手を当てる。

 ちょ、ちょっと?

 何をしようと――――――。

 

 「坊や、我と一緒に遊ぼうではないか?」

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