32 先輩の正体

 「ナターシャ、体の調子はどう?」

 「もう大丈夫みたいです。マスターにはご迷惑をおかえしました」

 「迷惑をかけたなんて…………そんなことを言ったら、私の方が迷惑をかけたわ」

 

 空は青く、雲が一切ない快晴。

 俺たちはその空の下、あの銀薔薇の園でお茶を楽しんでいた。

 

 あの日から1週間以上経った今。

 一時期、意識が朦朧としていたナターシャだが、今では元気な体に戻っていた。

 燃やされたギルドももとに戻りつつあり、ギルドのみんなはクエストに励んでいた。

 また、銀薔薇の園も戻っていた。

 

 「それにしても、この園が元に戻りつつあるのも、スレイズのおかげね」

 「俺は大したことをしていませんよ、マスター」

 

 そう。

 俺はギルドが燃やされる前、一部の銀薔薇を守っていた。

 ギルドをなくしたことにならないと思われると考え、一部しか守らなかった。


 でも、それでも先代マスターの銀薔薇を守れてよかったと思う。

 

 今日の茶の席では俺と、ナターシャ、メイヴ、シュナ、エステル。

 そして――――――――――――。

 

 「アル先輩」

 「なんだにゃん?」

 

 アル先輩は何事もなくエステルの隣に座って、お菓子を食べていた。

 公爵令嬢のエステルと違って、正直気品がない。男子みたいに豪快に食べていた。

 

 「先輩が処理をすると言っていましたけど、どうなったんですか?」 

 「あぅ、あれのことあふぇおおと?」

 

 口いっぱいにお菓子を食べているせいか、ちゃんとしゃべれていないアル先輩。

 彼女はお茶を飲むと、話してくれた。

 

 「ファーガスは王位継承権剥奪が決まったにゃん。あれは……まぁ当然にゃん。あと、パトリシア? っていう女はきっと死刑だろうにゃん。他の連中はどうだろう? 黒魔法に関わっているから、たぶん終身刑になると思う」

 「なんで処理をすると言った人間が、疑問口調で話すんですか」

 

 「いや、ぶっちゃけ私が決めたわけじゃないし、私は報告しただけだから…………」

 

 徐々に「にゃん」語尾が消えていく。

 

 「アル先輩」

 「なんだにゃん?」

 「アル先輩、って何者ですか?」

 

 ずっと気になっていた。

 アル先輩はとんでもなく変人だが、時折それとは違う別の人格が垣間見える時がある。

 まるで、お貴族様みたいな感じの人格が。


 「何者って、アルはアルにゃん」

 「……………………実はどこかのお偉いさんだったりしません?」

 「フッ、そんなわけないにゃん」

 

 完璧な笑顔を見せる先輩。

 怪しい…………怪しすぎる。

 

 「ねぇ、マスター。アル先輩、普通の人じゃないですよね。そう思いませ————」

 

 と尋ねようとすると、なぜか顔をそむけるエステル。

 え? 

 なんで顔をそっぽに向けるの? 

 何か知ってそうなシュナの方にも向いてみる。やはり顔を背けられた。

 

 シュナもエステルも絶対アル先輩が何者か知ってる。確実に。

 シュナが知っているのなら、暗殺関係か? 

 まさか貴族御用達の暗殺者?


 俺はアル先輩の方に向き直る。


 「アル先輩、答えてください。あんた、何者ですか?」 

 

 真っすぐに彼女の瞳を見る。

 彼女も鋭い猫のような瞳で俺の目を見返してきた。

 すると、アル先輩はフヒっと笑う。


 「しょうがないにゃん。スレイズたちには教えてあげるにゃん」

 「え!? ほんと!?」


 やった! 教えてもらえる!

 でも、アル先輩がめっちゃ有名な暗殺者だったら。

 俺、殺されないよね? ね?


 「スレイズ、私たちを囲むように聴覚遮断魔法をかけてにゃん」

 「え?」

 「いいから、かけてにゃん。じゃないと教えてあげないにゃん」

 

 聴覚遮断魔法をかけてほしいってことは周りに聴かれたくない話をするということ。

 や、やはりアル先輩は暗殺関係者か。

 俺が聴覚遮断魔法をかけると、アル先輩は立ち上がった。

 

 ん?

 一体何をする気なんだ?

 俺が首を傾げていると、アル先輩は丁寧なお辞儀をしてきた。

 

 「お初にお目にかかります、スレイズ様」

 「へ?」

 「わたくし、ローレル王国第2王女、王位継承権第3位アルティーナ・フォア・ローレルと申します」

 「!!」

 「以後お見知りおきを」


 アル先輩が……………………王女様!?

 思わず俺は立ち上がる。隣のナターシャも立ち上がり、口をポカーンと開けていた。

 メイヴは…………いつも通りお茶を飲んでいやがった。


 あ、いや、手が震えているな。アイツも動揺してるな。


 「いやいや、アル先輩が王女様!? 冗談はよしてくださいよ」

 「冗談じゃないにゃん。私は本当の王女様にゃん! いぇーい!」

 

 さっきの雰囲気はどこへやら。

 アル先輩はそう言いながら、ピースをしていた。

 いぇーいって。

 いやいや、この人本当に王女っていう柄じゃないでしょうよ。

 

 「だって、アル先輩は『にゃん』とかふざけた語尾を使う人っすよ」

 「そうです。アル先輩はこの街一と言ってもいい、イカれた酒豪なんですよ!」

 「それに、王女様が冒険者ギルドにいるなんて…………」

 

 「スレイズ、ナターシャ、そこまでにしときなさいよ。後で本当に後悔するわよ」

 

 とシュナが言ってきたので、一旦落ち着くことに。

 でも、アル先輩が王女様って言われてもな。

 ……………………ピンとこねぇな。


 だって、徹夜でおっさんと酒飲み明かしている人だぞ? その後、平気でSクラスのクエストに向かう人だぞ?

 すると、静かにお茶を飲んでいたメイヴが、口を開いた。

 

 「アルティーナ王女殿下の名前はちょくちょく聞いたことがあったわね」 

 「そうだな」

 「でも、アルティーナ王女殿下って、一度も人前に出たことがなかったわよね」

 「!?」

 

 確かに思えば、他の王子様や王女様は人前に出たり、姿が新聞に載っていた。だから、顔もなんとなく知っていた。

 だが、アルティーナ王女殿下の姿は見たことがない。一度たりとも見たことがない。

 名前しか聞いたことがなかった。


 「スレイズ、アルは本当に王女殿下なの」

 「本当ですか、マスター」

 「ええ。アル——いえ、アルティーナ王女殿下がこのギルドにいるのはね、私が誘ったから」

 「そうだにゃん、誘われたにゃん」


 うんうんと頷くアル先輩。


 「アルティーナ王女殿下はね、ずっと1人だったらしいの」

 「…………」

 「私と出会うまでは友達なんて1人もいなかって、お話されてね。私、その状況をどうにかしないなと思って。殿下の姿はごく一部の関係者しか、知られていなかった。だから、ギルドに入っても問題ないだろうと考えて、誘ったの」


 「でも、人前に顔を出せば、ご友人はできたのでは?」


 王女様なら、学校に行ったりすればきっと大勢の友達ができただろうに。


 「そうだにゃん、私もそうだと思うにゃん」


 すると、アル先輩は顔を俯かせる。


 「でも、王女の私には王女の友人になりたい人たちが近づいてくる。あと、その頃は王位継承権順位変更期間だったから、私を1位にさせようとする者が近づいてくると思ったにゃん」

 「…………」


 「尊敬する兄上や姉上と争いたくなかった。めんどくさかった。王位継承権なんてどうでもよかったにゃん」

 「…………」

 「みんなの前に姿を見せなかったのはそんな理由にゃん」

 

 そう言ってニコリと笑うアル先輩。

 なるほど、そんな理由があったのか。

 しかし、俺はある疑問が浮かんだ。


 でも、なんでこの人、王位継承権を捨てていないんだ?

 と尋ねると、アル先輩は、

 

 「ファーガスやクソ妹に対抗するためにゃん」

 

 と返してきた。

 クソ妹って。

 そういや、王子様たちこの人たちは5人兄弟だったか。


 「今回、ファーガスが王位継承権剥奪されたから、後はクソ妹だけにゃん」

 

 妹潰す気満々じゃないか、この人。こわ。

 実の妹を潰すってこわ、と俺が呟くと、ナターシャが。

 

 「確か、ファーガス王子殿下とアルティーナ王女殿下は実兄妹だったはず」

 「え? じゃあなんで」

 「アルティーナ王女殿下は義兄であるブレイスウェル王子殿下や義姉のフェルミーナ王女殿下を慕っていらっしゃると聞いたことがあるの」


 「ファーガス殿下あのクソ王子とは仲が悪かったのか」

 「う、うん。あと、ブレイスウェル殿下の実妹、コーデリア王女とも仲が悪いみたい」

 「複雑な人間関係だな」

 

 アル先輩は俺たちの話を聞いていたのか、「ファーガスとコーデリアはクソ。マジでクソ」とか言いながら、中指を立てていた。

 本当に気品がないな…………エステルと友人だったとか信じられねぇ。


 「まぁ、自分が表に出ない分、兄上や姉上ができない裏仕事をしているわけだけど、まぁ楽しいにゃん!」

 「裏仕事が…………ですか?」

 「うん! 嫌いなやつを直接ボコボコにできるからにゃん!」

 

 ……………………この人、だいぶヤバい人だな。

 前から気づいてたけどさ。

 ああ、こんな人が王女様とか。


 ほんと夢が壊れる。

 せめて。

 せめて、フェルミーナ王女殿下アル先輩のお姉さんは普通の人でありますように。


 そう祈りながら、俺は紅茶を飲んだ。

 苦かった。

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