29 ギルドか婚約か

 ナターシャが誰かに運ばれている……………………助けにいかないと、何されるか分からない。

 頭痛が徐々に収まってきた俺は立ちあがり、扉を開く。

 すると、入り口から少し離れたところに金髪の男が立っていた。


 「やぁ、エステル。失礼するよ」

 

 黒いローブを着た金髪男はそう言って、小さく手を上げる。

 ん? この男はエステルの知り合いなんだろうか?

 俺はその男の後ろに目を向ける。そこにいたのはウルフハウルの連中。

 その中には、


 「ナターシャ!」


 ナターシャと、彼女を横抱きにしているベルベティーン。

 なんでベルベティーンが…………。

 俺が駆け寄ろうとするも、金髪男が剣を抜き、立ちふさがる。

 

 コイツ……………………。


 俺はその剣を手で掴む。そして、折り曲げた。


 「ほぉ」


 金髪男は小さく呟く。

 そして、俺が前に進もうとした時、


 「これ以上進むと、彼女の首が吹き飛ぶかもね」

 「……………………どういうつもりだ。ていうか、あんた誰だ」


 俺が尋ねても、返事はない。その男は1回ちらりと見ただけ。彼はずっとエステルを見ていた。


 ナターシャの方を見ると、彼女の首にはタトゥーのようなものがあった。

 首が吹き飛ぶと言っていたが、あれのせいか。

 下手に出ると、やつらはやらかしかねない。どうしようか。

 

 すると、エステルたちも外へに出てきた。

 エステルは金髪男を見るなり、険しい顔を浮かべる。


 「…………殿下、なぜここに」


 え?

 この男が言っていた王子なのか?

 俺は思わずその男の方に顔を向ける。

 

 これが第2王子ファーガス・ディアン・ローレル。

 服装は質素だが、立ち振る舞いが王族をそれとなく感じる。

 それにしても、どこかで見たことがある顔だな。

 うーん、誰かに似ているような…………。


 いや、しかしなんでこんなところに王子がいるんだ。しかも、この王子なぜかベルベティーンやウルフハウルの連中と一緒にいる。

 どういう繋がりなんだ。


 すると、ファーガス王子はエステルに向かって歩いていく。


 「なぜって、君とちょっとお話がしたくてね」

 「失礼ながら、私は殿下にお話することはありません」

 「はて、そうかな?」


 そう言って、王子はナターシャの方に目を向ける。

 エステルの方は目を細め、彼を睨んだ。


 「なぜナターシャがそこにいて、眠っているのですか」

 「彼女は君と話ができるきっかけを作ってもらえそうでね…………少し眠ってもらったよ。彼女、結構能力があると聞いていたから、いやぁ、黒魔法を使ってしまったな」

 「なっ」


 コイツがナターシャをやったのか。


 「なぜそのようなことを!」


 声を荒げるエステル。

 俺は王子を睨む。

 

 黒魔法…………ナターシャの首にあるタトゥーみたいなやつは黒魔法ってわけか。

 ほとんどの人間がそうだと思うが、俺には黒魔法の知識なんてわずかしかない。関わることもないから、知らないのは当たり前だ。


 だが、あの黒魔法をどうにかしないといけない。


 前にメイヴが使ったⅤ級光魔法「ベントサンライト」。

 それは確かに黒魔法を解除できる魔法ではあるが、メイヴ曰く一部の魔法のみ。しかも、何度もかけないと解除はできないと言っていた。


 王子はなんともない様子で話を続ける。


 「僕には提案があるんだ」

 「…………」

 「それはね。エステル、君が僕との婚約をし直すこと」

 「それが…………ナターシャを解放していただける条件ですか」

 

 王子はエステルの問いに答える様子はなく、彼はギルドの建物を指さす。


 「もしくはギルドをなくせ、という提案かな」


 エステルは黙り込んだ。

 婚約をしなおせ? ギルドをなくせ? 


 ――――――――――――ふざけんな。


 ギルドはエステルが大切にしている場所、いやエステルだけじゃない。俺たち、ギルドのみんなが大切にしている場所だ。それをなくせって、相手が王子であっても言っていいことと悪いことがある。

 

 「マスター、こんな人の言うことなんてな————」

 「そのギルドの建物をなくせばいいんですね。燃やせば、なくしたことになりますか?」

 

 エステルの問いに王子はニコリと笑う。


 「分かりました。では燃やしましょう」

 「なっ」


 そう答えたエステルは炎魔法を使い、炎を作る。

 エステル、本気で言っているのか?


 「マスター、燃やすといったって…………」

 「スレイズ、私はね。おじいさまがお亡くなりなられる前、おじいさまと約束をしたの」

 

 俺はエステルの方を見る。彼女の青い瞳は潤んでいた。

 

 「死ぬまでこのギルドを守り続けるって。おじいさまには申し訳ないけれど、ギルドの建物はもう一度作りなおす」

 「でも…………」

 「建物なんてすぐに作り直せちゃうでしょ? 大丈夫よ、スレイズ」

 

 エステルが大切にしていた銀薔薇だってある。

 俺がそう言うと、エステルは。


 「銀薔薇はまた探せばいい。きっとどこかにあるはずだから。みんなで探しましょ」


 と言って、俺に笑みを見せた。その笑みは無理をしているのがすぐに分かった。

 アル先輩に頼ろうとしたが、彼女の姿はどこにもなく。近くにいたメイヴは首を横に振った。


 エステルも本当は燃やしたくない、かといって婚約もしたくもないのだろう。

 伝統のある建物を、エステルにとっては思い出の建物を壊すのは胸が痛い。しかし、エステルが婚約をすれば、ウルフハウルの連中とつるんでいる王子の手によって、シルバーローズ自体を解体する可能性だってある。


 それに最終判断はギルドのリーダーであるマスターだ。

 俺は、俺は…………エステルの意思を尊重しよう。

 

 地面に手を当て、そっと目を閉じる。

 ――――――――――――せめて、俺はこれだけでも。

 

 そして、ギルドの中にいた人たちを外に出すと、エステルは作り出した炎を建物へと移す。

 シルバーローズの建物はゴォゴォと燃え始める。近くの住民は何事かと集まり始めていた。

 しかし、ウルフハウルの連中が魔法を敷いているのか、俺たちの会話は聞こえていないようだった。

 

 「さぁ、ナターシャの黒魔法を解いて、こちらに寄越していただけますか」


 うつむく王子。彼はピクピクと肩を震わせていた。


 「クッハハハハハ!!」

 「!?」

 「本当に燃やすなんて、アハハ!!」

 

 王子は腹を抱え、笑い始めた。


 「僕はギルドをなくせ・・・と言ったんだ。別にギルドの建物を燃やせ、とはなんて誰も言っていない。僕が言った意味の『なくせ』は解体の意味だよ」

 「しかし、私が尋ねた時、殿下は…………」

 「いや、エステル。あの時、僕は笑っただけだよ。返事は何もしていない」

 

 王子は呆れたように、横に首を振る。

 

 「それに僕からは提案があると言っただけ、別にナターシャ彼女の解放について取引しようだなんて言っていない」

 「そんな…………」


 コイツ…………。


 「アハハ! エステル、君には最初から婚約の選択肢しかないのだよ!」


 王子は両手を広げ高笑い。ウルフハウルの連中もクスクスと笑っていた。


 全部、全部コイツの仕業だったってわけか。

 婚約のためだけに魔物を復活させ、シルバーローズを追い込もうとしていた。

 ナターシャに黒魔法かけた。


 俺は炎魔法を使い、拳を作る。

 そして、高笑いする王子の顔を思いっきり殴った。


 「お前みたいなクソ野郎、誰も婚約なんてしたくないだろうよ!」

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