28 油断

 「うーん! 美味しかった!」


 そう言うと、ナターシャはそっとティーカップを机に置いた。


 「おばあさん、ごちそうさまでした。紅茶だけでなくクッキーまでいただいちゃって、ありがとうございます」

 「…………え、ええ。それは良かった」


 どこかぎこちないおばあさん。しかし、ナターシャは珍しい紅茶のことで頭がいっぱいだった。

 おばあさんは息をはぁと吐くと、ナターシャと向かいの席に座った。


 「あんたの名前、ナターシャちゃんといったかね?」

 「はい。そうです」

 「悪いんだがね、もう一つ頼み事をしたいんだが、いいかい?」


 ナターシャは少し悩むと、小さく頷き、


 「はい! 大丈夫です!」


 と答えていた。

 

 「それで私は何をしたらいいですか?」

 「それがね…………運んでほしいものがあってね。ちょっと離れたところにあるのよ」


 「離れたところ…………ですか」

 「離れたところとっても、そこまでじゃないんだけれどね。話しながら行こうじゃないか。私について来てくれるかい。足は遅いけれどもね」


 そうして、ナターシャはおばあさんについていく。

 人通りの少ない、少し不気味な通りを入っていった。

 前を歩くおばあさんは背中を向けたまま、立ち止まった。


 「おばあさん、運んでほしいものはどこに…………」


 その時、サッサッという服の擦れる音が聞こえてきた。

 ナターシャが周囲を見渡すと、黒いローブを着た人たちがいた。

 1人だけでなく複数人おり、ナターシャは彼らによって包囲されていた。


 「おばあさん、この人たちどなた?  知り合い?」

 

 ナターシャが問うても、おばあさんが答える様子はない。

 しかし、おばあさんはゆっくりと振り向く。彼女の顔には笑みがあった。

 

 「おばあさん、何者か知らないけれど、私はそんなに弱くないよ」

 「そうかもねぇ。私、1人だった敵対はしたくないかもねぇ」


 ナターシャはゴクリと唾を飲むと、腰をぐっと低くし構える。

 すると、おばあさんは前に手を伸ばし、


 「やれ」


 と命令。

 おばあさんの声をともに、黒いローブのやつらはナターシャに向かって何かを唱え始めた。

 どの魔法か分からない……………………まさか黒魔法?


 そう考えたナターシャは一応のため、黒魔法対処ができるⅢ級の光魔法を唱えた。

 しかし、少しすると彼女は頭を抑え始める。

 激しい頭痛なのか、唸るナターシャ。

 

 「っく、あ゛!」

 

 さらに時間が経つと、ナターシャは頭ではなく首に両手を当てていた。耐えきれなくなり、彼女は座り込む。

 すると、彼女の首にはチョーカーのような黒いあざが徐々に出現。それを見たおばあさんは甲高い笑い声を上げた。

 

 「お、おばあさ、ん、何をっ…………」


 ナターシャは近づいてきたおばあさんを見上げる。ローブの下には見覚えのある桃色の髪と、紅の瞳があった。


 「さすがのあんたも黒魔法には勝てないようね」


 その声を聞くと、ナターシャは意識を失った。




 ★★★★★★★★




 俺は行きと同じように、屋根を経由してギルドへ帰った。

 ギルドの入り口にはあの2人が入ろうとしていた。途中で俺に気づき、こちらに向かってきた。

 ナターシャがいない…………獣族の子どもたちを帰してあげているのか?


 「あ、スレイズ。あんた、どこほっつき歩いて…………」


 シュナは抱いているベルさんを見ると、ハッと息を飲み、駆け寄る。メイヴも後からついてきていた。

 

 「ベルさん、一体どうしたの?」

 「お前、アル先輩から聞いていないのか?」


 「アル先輩? …………ああ、語尾に『にゃん』ってつける先輩? 私たちまだギルド内にはまだ入っていないから」

 「そうなのか」

 「とりあえずベルさんの手当が優先だわ。スレイズ、シュナ、早く中に入りましょ」

 

 そう促され、俺たちはギルドの建物内へ。

 ベルさんはシュナとメイヴに任し、俺は状況を確認するために彼女の元へ向かうことに。

 俺は彼女がいると思われる広間に向かったのだが。

 そこでは、


 「アハハ!!」

 

 という笑い声が響いていた。その声が聞こえる方には猫耳フードの服を着た少女とおっさんたちが。

 あの人…………呑気に飲んでる。


 「アル先輩、何してんすか」

 「お! スレイズくん、戻ってきたかにゃん!」

 「はい、戻ってきたんすけれど…………さっきの頼み事は…………」


 「ああ! やったにゃーん! 大丈夫にゃーん! やつらは1つの部屋に押し込めたにゃん」

 「え?」


 押し込めた? 

 連中を部屋にほったらかしで、この人は飲んでいるのか?

 

 「何呑気に飲んでるんすか。監視しとかないと、やつらまた何をするか…………」

 「そんなに心配しなくても大丈夫にゃーんよ。部屋は中から開かないよう魔法をかけたし、やつらはスヤスヤと眠ってるから、出ることはないと思うにゃーん」


 …………なら、大丈夫…………なのか。

 俺は納得するように小さく頷く。

 まぁ、ギルマスのパーティにいる人だ。信頼していいだろう。


 「あの、マスターは…………」

 「もうすぐ来ると思うにゃん。今日は家の方で用事があったみたいだけれど、状況が状況だからねぇー。あ、ほら」

 

 入り口にはエステルの姿。彼女はいつになく焦った顔を浮かべていた。


 「スレイズ、アルから少し聞いたけれど、簡単にでいい。状況を説明してもらえる?」


 そして、俺はエステルに今までに起こったことを簡潔に説明する。

 すると、ベルさんの世話を任せていたシュナも集合。

 メイヴの方はまだベルさんを1人にするわけにはいかないため、1人で看病しているようだ。


 「シュナ、ナターシャはどこ行った?」

 「ナターシャ? さぁ…………」

 

 シュナはそんなぎこちない返事をする。

 らしくないな。パンっ、と答えてくれそうなんだが。

 

 「ナターシャは獣族の子どもたちを家に帰しに行ったんじゃないのか?」


 そう尋ねると、シュナは横に首を振った。


 「いええ、もう行ったわ。人数が人数だったし、3人全員で行ったのよ」

 「じゃあ、ナターシャは今どこに?」


 「詳しくは分からないけれど、帰る途中におばあさんと出会ったの。それでナターシャはおばあさんを手伝いに行ったわ」

 「そうか。なら、大丈夫…………」


 ――――――――――――いや、本当に大丈夫か?

 エリィサのことがあったように、身元が分かる人間じゃないと簡単に信用できない。

 エリィサとの交渉時の言葉、

 

 『ベルって女を兄貴に返す代わりに、ナターシャちゃんとエステルっていうギルドマスターを私に引き渡してちょうだい』

 

 も引っかかる。

 それに、このタイミングでおばあさんに声を掛けられた? 

 ……………………俺の心配のしすぎならいいんだが、一応ナターシャが大丈夫か確かめておきたい。


 だから、今すぐナターシャに会わないと。


 「っ!」


 俺が走り出そうとした瞬間、急激な頭痛が襲った。横から丸太でも、ぶつけられたような痛み。

 ……………………これはなんだ?

 俺は響く痛みに耐えれず、しゃがみ込む。


 「「スレイズっ!?」」


 その瞬間、あるものが見えた。

 

 ぼやりと映る誰かの顔。

 あれは……………………ナターシャか? 

 視界が徐々に広がり、ナターシャの全体が見えてくる。誰かに運ばれているようだった。

 

 おばあさんのような姿は一切ない。その代わり黒いローブを着たやつらが周囲にたくさんいた。


 一体、ナターシャはどこにいるんだ?

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